ひまわりが咲く場所で(続)


by梨衣
深夜2時。静まり返った病棟の廊下で、梨衣は一人、明日の回診用の資料を抱えて歩いていた。
初めての夜勤の緊張と疲労で、足元が少しふらつく。

「あ……」

バランスを崩し、抱えていた書類がバサバサと床に散らばった。情けなさと疲れで涙が出そうになりながら、梨衣が慌ててしゃがみ込んだその時、目の前にすっと白いコートの裾が現れた。

「だから言っただろ。無理するなって」

呆れたような、けれど低い心地のいい声。見上げると、瑠唯が書類を拾い集めてくれていた。

「相葉先生……すみません、私またドジして」

「謝る暇があったら手を動かせ」

ぶっきらぼうに言いながらも、瑠唯は散らばった用紙をすべて綺麗に揃え、梨衣に手渡した。その時、ふいに瑠唯の手が梨衣の額に触れた。大きくて、少しひんやりとした熱い手が、梨衣の肌にぴったりと重なる。

「え……っ?」

梨衣の心臓が、跳ねるようにドクンと音を立てた。あまりの距離の近さに、息が止まりそうになる。

「……やっぱりな。お前、少し熱があるぞ」

瑠唯の切れ切れの涼しい瞳が、至近距離で梨衣をじっと見つめていた。その瞳には、いつもの厳しい指導医のものではなく、一人の女性を心から心配するような、深い熱が宿っているように見えた。

「いえ、これはただのぼせちゃっただけで……!」

顔が急激に熱くなるのを感じて、梨衣は慌てて目を逸らした。しかし、瑠唯は梨衣の手首をそっと掴み、そのまま自分のほうへと引き寄せた。

「嘘つくな。顔が真っ赤だぞ。……これ以上、俺に心配かけるな」
「心配、してくれるんですか……?」

梨衣が恐る恐る尋ねると、瑠唯は一瞬だけ目を見開いた後、きまずそうに顔を背けた。掴まれた手首から、彼のドクドクと速い脈拍が伝わってくるような気がして、梨衣の胸はさらに高鳴っていく。

「……指導医なんだから当然だろ。ほら、医局のベッドが空いてるから、朝までそこで休め。これは命令だ」

瑠唯は梨衣の荷物を代わりに持つと、ぶっきらぼうに歩き出した。少し耳の尖端が赤くなっている彼の後ろ姿を見つめながら、梨衣は手首に残る温もりを愛おしく思い、胸の奥がきゅっと甘く締め付けられるのを感じていた。

記憶はなくても、二人の心の距離は、確実にあの夏よりも近くへと動き始めていた。