ひまわりが咲く場所で(続)

翌朝。

瑠唯は誰にも見られないよう、脅迫状を引き出しへしまった。

「瑠唯先生、おはようございます。」

医師たちが挨拶をする。

「ああ。」

返事は短い。

いつもと変わらない冷徹な瑠唯だった。

誰も、彼が脅迫されていることなど知らない。



昼休み。

梨衣は患者への対応を終え、ナースステーションへ戻ってきた。

すると、瑠唯が近づいてくる。

「今日の勤務は何時までだ。」

「午後六時です。」

「終わったら、正面玄関で待っていろ。」

「え?」

「送る。」

「でも……。」

「これは指示だ。」

「……はい。」

梨衣は苦笑しながらうなずいた。

(やっぱり先生、少し過保護な気がする。)

そんなことを思いながら仕事へ戻っていった。

その後ろ姿を見送る瑠唯の表情は変わらない。

しかし心の中では、別のことを考えていた。

(脅迫の相手が俺に変わったなら、それでいい。)

(梨衣に危害が及ばなければ、それで十分だ。)



夕方。

勤務を終えた梨衣が正面玄関へ向かうと、瑠唯はすでに待っていた。

「行くぞ。」

「はい。」

二人が病院を出て歩き始めた、その時だった。

「先生!」

若い看護師が瑠唯を呼び止める。

「救急外来で先生を呼んでいます!」

瑠唯は一瞬だけ梨衣を見る。

「……ここで待っていろ。五分で戻る。」

「分かりました。」

瑠唯は救急外来へ走っていった。

梨衣は玄関前のベンチで待つ。

その時、スマートフォンが震えた。

知らない番号からのメッセージだった。

『一人になったね。』

梨衣の心臓が大きく鳴る。

恐る恐る周りを見回す。

人通りはある。

けれど、その中に帽子を深くかぶった男が立っていた。

男は梨衣と目が合うと、ゆっくりと笑った。

そして、一歩ずつこちらへ歩き始める。

梨衣は思わず後ずさる。

「来ないで……。」

男との距離が縮まる。

あと数メートル——。

その瞬間。

「梨衣。」

低く冷たい声が響いた。

瑠唯だった。

男は足を止める。

瑠唯は梨衣の前に立ち、男をまっすぐ見据えた。

「警察が来る前に消えろ。」

その声には怒鳴るような強さはない。

それでも、男は瑠唯の視線を受けると表情を曇らせた。

「……また会おう。」

そう言い残し、人混みの中へ消えていく。

瑠唯は追いかけようとはしなかった。

まず確認したのは、梨衣の様子だった。

「けがは。」

「……ありません。」

「そうか。」

短く答えると、瑠唯は静かに息をつく。

その姿を見た梨衣は、小さく笑った。

「瑠唯先生。」

「なんだ。」

「ありがとうございます。」

瑠唯は少しだけ目を細めた。

「礼はいらない。」

その言葉は相変わらずぶっきらぼうだった。

けれど梨衣は気づいていなかった。

瑠唯が、誰にも分からないほど小さく安堵の息をついていたことに。