またあなたに会えるなら、この花が咲く庭で。

来てしまった。
麻布の男爵邸。

服装は言われた通り、学ランと学生帽。
いつもの通学と同じ服装だ。

手土産はいらんと言われて、その通りにした。

しかし、こっちの身にもなれ。

麻布の男爵様と御曹司様に手ぶらで行ったなんて、実家の手紙に書けん。

よし、行くぞ!

コン、コン。

この真鍮のノッカー、2、3回でいいんなよな。

はあ、もっと御曹司様に聞いておくべきだったなあ。

「はい」

扉が開いてしまった。

「お待ちしておりました!あなたがお上りさんのお友達ですのね!わたくしはこの家の娘です。どうぞ、よろしくお願いしますわ」

……?

「ど、どうぞよろしくお願いいたします」

この家の娘?

男爵の娘!?

「旦那様からお話は伺っております。後ほどお茶とお茶菓子をお持ちいたします」
「どうぞお構いなく」

なぜ、ご令嬢が出迎えにいる。

「部屋はこっちだ」
「あ、ああ」

玄関近くの部屋か。

……。

もしかして、ご令嬢はまだご覧になっているのか?


部屋の扉が閉まった。

はあー。

ん?座布団が2枚?

「上座も下座もいらんから、好きな場所に座れ。学ランも学生帽も好きな場所に置け」

「……ああ、わかったよ」

「あの方が、噂の男爵様のご令嬢か」
「ああ」
「しかしどうして俺の出迎えに来られたんだ」
「興味を持たれたのだ。俺の学友が来るとお聞きになって」

やつが机にメガネを置いた。

「そうだ。どうしてわざわざ付けて出迎えた。いつも読書と勉強以外、かけてないだろう」

「……」

「……すまん、野暮だった。しかしお前を『お上りさん』呼びするご令嬢がいらっしゃるとはな」

笑わない。

それもそうだ。

「なぜご存知ないのだ」
「男爵様はお伝えしたそうだが、最後まで話を聞いていなかった、とおっしゃられていた」
「…いいのか」
「…ああ」

コンコン
「失礼いたします、お茶とお茶菓子をお持ちいたしました」
「どうぞ」

さすが男爵邸の茶だ。
俺の下宿先の茶と色も香りも違う。

「うん!美味い!こんな美味い茶を飲んだのは久しぶりだ。…御曹司様のご学友ともなると、茶の味も変わるのか」
「御曹司ではない。祖父の代からの分家だ」
「俺たち庶民からしたら、十分御曹司様だよ。ほら、もう一杯飲め」

茶菓子に手を伸ばす前に。

「さて、大本営発表、お前はどう思う。戦果戦果と勇ましく書いているが、俺の田舎は相変わらず徴兵が絶えんそうだし、品不足も変わらない」
「⸻隠蔽と誇張」

相変わらず、涼しい顔をしたやつだ。

「勝っていればする必要あるまい」
「そうだ」
「お前はどこまで確信しているんだ」

御曹司だからじゃない。

お前なら。

「…俺も断言できない。証拠がないからだ。⸻ただ」
「ただ、なんだ」
「俺たちが真実を知る日は、そう遠くないはず」
「……いつだ」
「…年内、俺の予想だ」

「茶菓子、もらうぞ」

甘い。
砂糖入りの和菓子だ。

「…男爵様は俺のために、こんな高価な品を」
「あの方は、そういうお方だ」
「確か貿易関連のお仕事をされているという話だな」
「ああ」

⸻そうか

◇ ◇ ◇

「じゃあ、そろそろ帰るとするよ」

まったく、あいつは。

「…せっかくの色男が台無しだぞ」
「これでいいんだ」