またあなたに会えるなら、この花が咲く庭で。

彼は分かっていた。

避けられない未来を。

そして、選んだ。

◇ ◇ ◇

わたくしは薔薇の蕾。

ダイヤの原石。

都会の女に。

そしていつか、メラニーのような貴婦人に!


でも、何かが足りませんの。


「まあ、お父様!どうして私はお出迎えに行ってはなりませんの?」

はあー。

「何度も説明しただろう。彼は『下宿人』として来る。お前は男爵家の令嬢として振る舞いなさい」

すん。

「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
女中さんが静かに頭を下げた。

「お嬢様」

目元には優しいシワ。

「本日はご到着初日でございます」
「旦那様も礼儀作法に則り、そのように申されたのでしょう」

「そうですわね…」

⸻私が許可をした時まで会ってならん⸻

そうですわ!

「お嬢様!廊下は走ってはならないと旦那様から」

お父様はお仕事に行きましたわ。

夕刻まで時間はたっぷりあります。


クローゼットを開く。

お洋服を一着。

また一着。

まあ、きれいなお洋服でいっぱいですわ。


でも、どれにいたしましょう。


田舎から来るお上りさん。


ヨーロッパの高級なお洋服は…。

刺激が強すぎますわね。

ふふ。これにいたしましょう。


◇ ◇ ◇


いよいよですわ。


スカートがふんわり。

淡い黄色の半袖のワンピース。

お上りさんでも、気後れしませんわね。


きっとこんなふうになるのです。

◇ ◇ ◇

スッ、スッ。


⸻魅惑的な足音だ⸻


カチャ。

お上りさんは、わたくしの肌の腕に見惚れる。

顔を赤らめて。

「そ、その。寒くはありませんか?」

「…不思議と、寒くありませんの」


◇ ◇ ◇


ロマンスですわ。


3月はまだ冷えますね。

電気ストーブで腕を温めておきましょう。

赤い光線が出るクラシカルな電気ストーブ。

お父様がヨーロッパで買って来てくださいましたの。



声が聞こえますわ。



「お待ちしておりました。旦那様からお話は伺っております」


いらっしゃいましたわ!


2階はわたくしたち男爵一家の空間。

お父様が常々申しておりました。

お上りさんは1階の玄関横のお部屋のはず。




お部屋に入りましたわ。


さあ、参りましょう!


男爵家令嬢は、慎ましく歩かなくてはなりません。

しかし静か過ぎると、いないのと同じですわ。

お芝居が過ぎるのもよくありませんわね。


ふふ。



⸻ブルッ!

ここがお上りさんのお部屋の前です。

カーペットランナーは歩いてません。
どうしてお気付きにならないのでしょう。

「はっ、」

くしゃみはいけません!

お父様に見つかってしまいます。


⸻いったんお部屋に戻りましょう。


赤い光線が暖かいですわ。

桃色のニット生地のボレロも着ましょう。

体はまだ震えています。

はー。寒かったですわ。


コンコン。

「はい」

「お嬢様、旦那様が食堂へ、とのことでございます」

「はい。すぐ参ります」

「かしかこまりました。失礼いたします」

は、はくしょん!!

ここで鼻水を出し切りましょう。

鼻水を垂らした令嬢は、ロマンチックではありませんもの。

◇ ◇ ◇

「ここへ座りなさい」

お父様が指したのはいつもと違う席。

どうしてでしょう。

お父様もお母様もいつもと違いますわ。

コンコン。

「どうぞ」

「失礼いたします」

あら?

お客様ですの?

「旦那様、お連れいたしました」

「お通しして」

「失礼いたします」

あら?

メガネのお若い男性?

お父様のお知り合い?

「どうぞおかけください」


まあ!わたくしの前にお座りになりましたわ!

私にご縁のある方かしら。

思い出せませんわ。


「ようこそお越しくださいました。道中お疲れではありませんか?」

「問題ございません。以後お世話になります」

「ご不便なことがございましたら、どうぞご遠慮なくお申し付けください」

ま!わたくしの番ですわ!

くしゃみが!

「ど、どうぞよろしくお願いします」

……

くしゅん。

……

「よろしくお願いいたします」

はあ。


「読書をされていたのですか?」

「はい。荷解きをしていましたら、つい読書に夢中になってしまいまして」

「はっはっ、そうでしたか」

え?

荷解き?

もしかして。

この方が。

お上りさん!?

わたくしの魅惑の足音に気が付かなかったのは、読書をしていたから?

料理が運ばれてきましたわ。

あら?

いつもより少し良いお食事ですわ。


メガネのお上りさん。


私の目は誤魔化せませんの。

なかなか良いお洋服をお召しですわね。

田舎の裕福なご家庭なのでしょう。


「はっ!」


いけません!

また、くしゃみが!


お父様とお上りさんはお話をされていました。


まあ、お母様が心配そうにわたくしを。

◇ ◇ ◇

はあ。

無事、お食事が終わりましたわ。

「本日はお疲れでしょう。ごゆっくりおやすみください」

お父様の前ですのに、緊張されていませんのね。

「失礼いたしました。」

ずいぶん礼儀作法がお上手。


そうです!

男爵家のご令嬢がいるのです。

ご自宅でたくさん練習なさったのでしょう。

ふふ。

「風邪でも引いたのですか?」

まあ!お母様が。

「え、ええ。もしかしたらそうかもしれません」

「そう。では、今日は暖かくして休んでね」

「はい」

うっ!

また、くしゃみが!

早くお部屋に帰りましょう。