Nice Bag for Your Back

 冷静に考えても、鞄が多すぎる。つまり宗吾は鞄フェチ。
 私の部屋は鞄置き場にでもなったのかな。その程度には鞄が増えていく。でも宗吾は鞄職人だし。作ってくれる分には嬉しい。それに普通にデートもしているし、今だってイタリアンでご飯中。でもそういうことじゃない。
 私が告られたのって、私が好きだから、なんだよね。私はその、どう考えても普通な動機に今、少々疑問を持っている。顔が良いから付き合うほど私は綺麗じゃないし、仕事も普通の会社員で。
「実花?」
 やば、ちょっとぼーっとしてた。
「ん? んー。鞄ちょっともらいすぎかなって」
「全然いいのに。受け取ってほしい。今日の鞄も似合ってた」
 久しぶりに目があってると感じる。
 過去形なのは、鞄はクロークに預けたから。宗吾は一緒にいると私の方をいつも見ているけれど、でも。話がうまく通じない。何度も行った宗吾の店には鞄がたくさん並んでるし、それはお店で売るためのものだから仕方がないとして、でもその二階にある宗吾の部屋も確かに私の部屋の比ではないくらい鞄で埋まってる。初めて上がった時、鞄屋さんの部屋ってこうなのかって驚いたんだけど、つまり常識が違うのかも?
「次はどんな鞄がほしい?」
「いや、もういっぱいいいっぱいだよ。毎日違う鞄を半月ローテできちゃうもん」
「実花はどんな鞄でも似合うけど、服にあう鞄ってのがあるからさ」
 そう、それはそうだろう。間違ってはいない。けどそうじゃないんだ。なんだかちょっと気分が暗くなる。この話の通じなさは、実のところもっと根本的なところなんだろう。
「服を買うたびに鞄が増えてく、みたいな? のはちょっと?」
 恐る恐る尋ねてみてもやっぱり何かが断線していて、宗吾は多分、私がさっき通りで見てたウィンドウに飾られた服に合う鞄について考えていて、そのことに少し、ため息が出た。
 つまり宗吾は私が好きなんじゃなくて、宗吾の鞄に似合う私が好きなんじゃないかってこと。でも自分の考えに確信が持てなかったから、こんな感じのちょっとお高いレストランを予約した。鞄抜きで話がしたかったから。でもやっぱり鞄に行き着く。
「ねぇ宗吾。私と鞄とどっちが大事?」
 思わず口についてでたのはそんなこと。
「えっと?」
 鞄は宗吾の仕事。でも仕事と私、を聞くのはバカげてることだと思う。それはだって、方向性がぜんぜん違う話だから。けど私が聞いてるのは違うんだ。そういうことじゃなくて、それはきっと同じことだと思う。
「宗吾が好きなのは私? それとも宗吾の鞄を着た私?」
 宗吾は目に困惑を浮かべる。
「えっと、僕の鞄、あんまり好きじゃなかった?」
「好きだよ。すごく好き。でも私は鞄がなくても宗吾が好きだから」
 宗吾は私といる時、私じゃなくて鞄を背負った私を見ている。最初はそれに気が付かなかった。だってそれはだいたい、姿としては私の全体像だから。
『鞄、よく似合ってる』
 宗吾が私を褒める第一はそれ。それに気がついて、宗吾が褒めるのがほとんどそれだけなことに気がついた。そりゃ美味しいお店をたくさん知ってるとか、ちょっとしたことで褒めてはくれるけれど、圧倒的には鞄だ。えっとつまり。
「鞄を持ってなくても、私が好き?」
「もちろん……」
「どんなところが?」
 私が宗吾が好きなところは優しくて、なんとなくな気遣いができて、それでやっぱりゴールデンレトリバーみたいに人懐っこいところ。そういう宗吾の全部が好き。その中の一つに宗吾のつくる鞄が好き。
「えっとそれは、優しい……?」
 私が宗吾に対して思っていることと何が違うんだろう。けれど私はその頃すっかり自信をなくしていた。宗吾は鞄が似合う私がすき。多分鞄がメインで、私のほうがおまけなんだろう。さまよう宗吾の瞳を眺めて、そう気がついてしまった。宗吾はきっと、鞄を探してるんだ。
 私は鞄を作る宗吾がすき。宗吾は私が背負う鞄が好き。主語がすっかり逆転していて、つまり私のほうが代替品。私はきっと、宗吾の鞄がとても似合う。でも私と同じくらい似合う人が現れたら? 私はただのマネキンで、私自身が絶対に彼に必要なわけじゃない。でもそう言っても宗吾にはわからないだろう。だって宗吾が好きな私にはもともと鞄が必須で、鞄込で私が好きなんだから。
「宗吾が好きなのは私じゃなくて鞄でしょ」
「なんでそんなことをいうの」
「だっていつも鞄のことばかり!」
「えっと……確かに鞄は好きだけど、鞄を着た君が好きなんだよ」
「鞄を持ってなければ好きじゃないってこと?」
「そうじゃない。実花も好きだ」
 も?
 その文字にしてみるとたった1文字が、私にとって決定的だった。
 やっぱり目が泳ぐ。だから宗吾は私が好きなんじゃなくて、好きなのは鞄が似合う私?
 それってマネキンみたいじゃん。
「別れましょう」
 そう言った時、とても宗吾は悲しそうに眉を潜めた。だからきっと、悲しかったんだろう。けど嫌だとは言わなかった。そのことがとても悲しくて、握った手のひらに爪が刺さった。その痛みでなんとか、涙がこぼれるのを耐えた。