悪役令嬢と言われていますが、誤解を解くのを諦めてしまいました。

また、このお茶会の日がやってきた。
今にも倒れそうな身体を気力だけで支えながら、セシリアはゆっくりと席へ着く。
焼きたての焼き菓子から漂う、バターの濃厚な香り。それだけで胃がきりきりと痛み、込み上げる吐き気を必死に飲み込む。
――顔に出してはいけない。
公爵令嬢として、人前で弱みを見せることだけは許されなかった。

「ごきげんよう。」
「まぁ、セシリア様。昨夜もよくお眠りになれなかったのかしら? ずいぶんとお疲れなご様子で、心配ですわ。」

口では心配そうに言いながら、その目は笑っていた。
クスクス、と令嬢たちが口元を隠して笑う。

「また機嫌が悪そうね。」
「性格が顔に出ているのよ。」

――夜遊び好きの公爵令嬢。

いつの間にか、そんな噂が王都中に広まっていた。
それに加えて、幼い頃は気に入らないことがあればすぐに癇癪を起こす、わがままな令嬢だったという話まで蒸し返されている。
確かに、あの頃の自分は未熟だった。
けれど今は――そんな振る舞いをする余裕すらない。
反論したところで、誰も信じはしない。
セシリアは何も言わず席へ着くと、震える指先でティーカップを持ち上げた。
香り高いはずの紅茶は、何の味もしなかった。
そのとき、庭園がふっとざわめく。

「レオン様だわ!」

令嬢たちの黄色い歓声が一斉に響き渡る。
現れたのは、この国の王太子、レオン・ヴァルハルト。
そして――セシリアの婚約者だった。
令嬢たちに穏やかな笑みを向けながら歩いていたレオンの視線が、セシリアで止まる。
彼はそのまま真っすぐ彼女のもとへ歩み寄った。

「セシリア。久しぶりに会ったな。」
「お久しぶりにございます、レオン様。」

礼は尽くす。
それだけで精一杯だった。
青白い顔のまま、ほとんど表情を変えない婚約者を見て、レオンは小さく息をつく。

「セシリア。夜に街へ出掛けているそうだな。」
レオンの声は責めるというより、どこか疲れた響きを帯びていた。

「私は、お前が王太子妃として誰からも認められる存在になってほしいと思っている。」

その言葉に、セシリアは胸が締めつけられる。

「今のような噂が広がれば、お前自身が傷つく。だからこそ、軽率な行動は慎んでほしい。」

「……申し訳ありません。ですが、決して夜遊びなどはしておりません。どうか、ご心配なさらないでくださいませ。」

「ならば、なぜそんな噂が立つ?」

問いかけに、セシリアは答えられなかった。

答えられるはずがない。

夜ごと城下へ向かう理由を知れば、彼はきっと止めてしまう。

だから、何も言えない。

沈黙を肯定と受け取ったレオンは、小さく息を吐く。

「……残念だ。」

その一言だけ残し、彼は踵を返した。

去っていく背中を見送りながら、セシリアは静かに息を吐く。
胸の奥が苦しい。
身体の痛みよりも、信じてもらえないことのほうが、ずっと苦しかった。