背中合わせのラブレター

「あれ、桐生さん戻るの早くない?」

榎本さんのそんな言葉に答える余裕もなく自分のデスクに向かう。
畠中君は自分のデスクでノートでも見ていたが、私を見るとすぐに立ち上がった。

「桐生さん、すいません。もしかして急がせてしまいましたか」

おろおろしながら畠中君が私を見つめる。
今の私、怖い顔をしている?

「そうじゃないよ。早めに食べ終わったから戻ってきただけ」

平静を装って何とか答える。
社会人生活を十年以上やっているからこんなの朝飯前だ。

「僕がメールを送ったから焦らせてしまったのかと思いました」

畠中君がそう言ったところで私はやっと自分のデスクに視線を移した。
そこには黄色い一枚のメモ用紙が貼ってあった。

「手書きのメモも書いたんですけど、念のためメールでも送ってました」

なんだ、そうだったんだ。

畠中君の文字を見てホッとする。
これが早く見られるなら休憩時間が短くなるくらい、何でもない。
やっぱりどんな時でも畠中君の書く文字は美しくて艶かしい。
見ているだけで心が吸い込まれてしまう。

こんなに美しい文字を野放しになんてしたくない。

「ありがとう。すごく助かるけど、急ぎじゃない時は手書きのメモだけでいいよ」
「わ、わかりました」

畠中君がペコっと頭を下げる。その仕草も何だか可愛らしい。
いかにもチームリーダーらしく言ってみたけど、畠中君の手書きの字が欲しいのが本音だ。

畠中君のデスクに青いメモ用紙が置いてあるのが目に入った。
あのメモってもしかして前に私が書いて渡したメモ?

でも、後で見返すほど大事なことを書いた記憶はない。
畠中君も私の書いた文字が好きだったりして。

いやいや、そんなことあるはずないよね。
文字にフェチを感じる人はそう多くない。

だけど私の書いた文字を畠中君が読み返してくれただけで私の心臓はドキッと高鳴る。

何だろう、この感覚。
すごく久しぶりな気がする。
嬉しいのに痛くて、苦しくて、でもそれがまた欲しくなる。

畠中君がさっき書いたばかりのメモを見る。

やっぱり私はこの文字が欲しい。
この文字を私だけのものにしたい。
そして、こんな文字を書く畠中君のことがもっと知りたい。
十歳も歳が離れていても、職場の先輩と後輩でも、そう思っていいよね。

さ、まずは折り返しの電話をかけなくちゃ。

手書きの文字にはその人の人生が浮かび上がる。
そして文字には書いた人の想いがこもっている。

デジタルでやり取りする時代で交わされる、手書きのメモ。
一見無駄なことだけど、それって何だかラブレターみたい。

そんなこと思う私って変かな。
でもそれでもいいよね。

「桐生でございます。お電話出られず申し訳ございません」

畠中君が書いたメモ用紙をそっとポケットにしまう。
この文字は誰にも渡さない。

ポケットの中でメモを握った手をぎゅっと握り締めた。