クール弁護士の背中に恋をしたら、なぜか溺愛監視されています

 その日の退勤後、事務所を出ようとしたところで男性弁護士に声をかけられた。
「小宮さん、よかったら今夜――」
「あ、今日はちょっと……」
「食事だけでも」
「すみません。用事があって」
 ぺこりと頭を下げる。
唐揚げとビールをおともに伝説のロードムービー『トラック野郎二十四時』を見るのも立派な用事だ。
 去っていく男性の背中を見送る私に、周囲の女性たちから冷ややかな視線を向けられた。
 また断った。選り好みして。
 声をかけられるのを鼻にかけている。
 そんなふうに陰で言われていることは、私も知っている。
 それでも、こればかりは譲れない。
 背中には、その人の生き方が表れると思うからだ。
 ただ逞しければいいとかバランスがよければいいというわけではない。
 苦労を背負い、それでも凛として立ち、誰かのために誠実に働き、この人についていきたいと思わせてくれる背中でなければならないのだ。
 母子家庭で育った私は、仕事で忙しい母に代わり、祖母に面倒を見てもらっていた。
『あんたの父親は顔だけはよかったけど、どうしようもない怠け者でねえ。男は背中を見りゃわかるよ』
 それが、苦労の多かった祖母の口癖だった。
 だから私は、真面目に働き、誰かのために力を尽くす人に憧れて、大手法律事務所に就職した。
 読みは当たっていた。所属する弁護士たちは、みんな優秀で働き者だった。
 でも、どうしてなのか私の性癖には、誰ひとり刺さらなかった。
「あーあ、どこかにいないかなあ。理想の背中男子……」
 そんなことを考えながら歩いていると、車一台がやっと通れる路地から急にひとりの男性が目の前に現れた。
「オーライ、オーライ、ストップ!」
 小さなトラックを誘導して止めさせると、素早く駆け寄って荷台から、ビール樽を下ろしはじめる。
 白いタンクトップにくっきりと浮かぶその背中に私は目をくぎ付けにした。
(いた)
 私がずっと探し求めていた背中が、そこにあった。
 広い肩から、引き締まった腰へと続く美しく隆起した線。
 毅然と伸びた背筋から、真面目さと誠実さがあふれ出ている。
 なんて素敵なの。
 顔は見えない。けれど、そんなことはどうでもよかった。
 私はその場に立ち尽くし、うっとりと見惚れていた。
 軍手をはめた手で重い樽を抱え、額の汗を拭う仕草さえ、逞しくて男らしい。
でも、この人、どこかで見たことがあるような……。
「……坂下さん?」
 私の声に、男性が振り向いた。
 それは事務所で見る姿とはまるで違う坂下さんだった。
 眼鏡を外し、髪はオールバック。スーツを脱いだ体はタンクトップ一枚で、肩から腕にかけて鍛えられた筋肉が目立っていた。
「えええっ! どうして!? なんで!?」
 驚きを隠せない私を見て、坂下さんは気まずそうに顔をしかめた。
「実は、祖父が酒屋を経営していて。ときどき配達を手伝ってるんだ」
「酒屋さん!?」
「今日は新装開店する店への配達があったから。……悪かったな。こんな汗だくの格好みせて」
 坂下さんは首にかけていたタオルで汗を拭った。
 汗に濡れて光る首筋が眩しい。神々しすぎて、目が潰れそうだ。
 しかも、眼鏡を外して髪を上げているせいか、普段よりずっと精悍に見える。
 心臓が、壊れそうなほど激しく鳴っている。
「小宮? おい、小宮」
「えっ? あ、はい!」
 見惚れて言葉を失っている私をみて、坂下さんが怪訝そうに眉を寄せた。ああかっこいい。
「お仕事の邪魔をしてごめんなさい! 私、もう行きます!」
「あ、ちょっと待て」
「さようなら!」
 これ以上、直視できない。
 私は逃げるようにその場を駆け出した。
 家に帰ってからも、あの背中が頭から離れなかった。
 唐揚げを食べていても、ビールを飲んでいても、映画を見ていても、たくましい背中が目の前にちらつく。その夜は夢にまで出てきた。
 どうしよう。私、ヘンだ……。