お見合い妻はエリート外科医の溺愛に気付かない




 今日の彼は、髪が少しだけぼさついていて、無精髭も生えている。
 それにしたって……ヨレヨレの白衣の下に着ている紺のスクラブのVネックから覗く鎖骨が雄々しくて……。どことなく色香を孕んでいて……。

(なんだろう、髪も髭もぼさぼさだけど……色気がすごい……)
 
 万葉は妙にドキドキしてしまった。

「万葉さんは覚えてないかもしれないけど、僕がポリクリ時代に出会ってるんだ。ちょうど母さんが病気になってね。制度の話なんかは習っちゃいたけど、まだ学生で使い方よくわかんないし、金もないし、実習といっぱいいっぱいになって、今みたいにひげ剃る余裕もなくてさ……」

 一臣が目を輝かせながら続ける。

「そんな中……腹を空かせて倒れ込んでたら、万葉さんが声をかけてくれてね。ちょうど教授に弁当を届けに来てたみたいで」

 万葉の中で四年前の記憶が蘇る。
 医学部のキャンパスの大きな木の下で倒れ込んでいる髭の男の人がいた。

『大丈夫ですか? 誰か呼びましょうか?』

『いや、お腹を空かせているだけなので……』

『だったら、私が作ったお弁当で良ければ』

 万葉は過去を思い出してハッとする。

(今よりも山男みたいな雰囲気だったから、同一人物だって気づいてなかった)

「その……それとも、もしかして、川上の話を聞いて、僕のことが嫌になった?」

 一臣が縋るような眼差しを向けてくる。
 万葉は首を横に振った。

「いいえ、あの女性の虚言だと分かったので……大丈夫です」

「やっぱり、あいつの噂のせいだったのか……結婚式以来、万葉さん、なんだかいつも寂しそうにしてたけど……結婚式の日、同僚たちを注意してたんだけど、貴女に迷惑をかけてしまって……ごめんね」

 病院前の玄関だというのに、一臣が万葉のことを抱きしめてくる。
 万葉は思わず周囲を見渡してしまった。
 守衛さんと目が合った気がしたけど……患者さんはいないから大丈夫だと自分に言い聞かせる。

「……なんか僕、結婚式でやらかしたかなって……なんで嫌われたのかなって、ずっと悩んでたんだ……だけど、やっぱりこんなだらしない俺の言うことじゃ信じてもらえないよね。そもそも貴女とは不釣合いだった……」

 そうして、そっと離れた。