お見合い妻はエリート外科医の溺愛に気付かない





 そうして、現在。
 万葉はタクシーから降りると、大学病院の正面玄関へと降り立った。

「一臣さん、今日は抄読会があるって言ってたのに、資料を忘れていくなんて……」

 数日前、久しぶりにマンションに帰ってきていた時に抄読会の準備をしていた。
 ダウンロードが出来ない過去の資料だからとコピーをとっていたようなのだが、それをまるまる忘れて行っていたのだ。取りに帰ってくるかと思いきや帰ってこない。
 万葉は子どもができるまではとOLを続けていたが、今日はたまたま休みだった。
 だから、せっかくだしと思って、資料を届けてやることにしたのだ。

(一臣さんが私のことを愛していないのは知っている)

 だけど……。
 結婚前にすごく優しくしてくれた一臣のことを、心の奥底からは嫌いになれなくて……。それどころか、本当は一臣のことを……。

(自分からなかなか初夜を迎えたくないくせに、会いたいだなんて矛盾してるわね)

 万葉は自嘲した。
 ピコン♪
 ちょうどスマホのSNSメール通知音が鳴った。
 急いで画面を見る。
 ――一臣だ。

『玄関にいるの? 万葉さんが来てくれてるの嬉しいけど、今は危険かもしれない』

 可愛い犬のマスコットの泣き顔のスタンプが一緒に送られてきている。

(危険って何が……?)

 少しだけ蒸し暑いが玄関の前で一臣を待とう。
 万葉が書類を胸に抱え直すと、他の患者の出入りの邪魔にならないように、端に退けた。ちょうど、職員通用口が近くにある。

(もしかしたら、一臣さん、ここから出てくるかな?)

 しばらく待ったがなかなか一臣は来ない。
 暑くて全身がじんわり汗ばんでくる。
考えていたら扉が開いて、誰かが踊り出てきた。

「あら? 一臣の奥様じゃないですか?」