お見合い妻はエリート外科医の溺愛に気付かない




 そうして去年の夏、着慣れない紅の振袖を着て、都内の高級ホテルでお見合いをすることになった。
 しかしながら、約束の時間になっても、待てど暮らせど冬月一臣は姿を現わさない。
 一時間以上経った頃だろうか、万葉が父に連絡して立ち去ろうとしたところ……。

『すみません、遅くなりました……! 教授の娘の万葉さんですよね?』

 スーツのジャケットを腕にして、息を切らしながら駆けてきた長身痩躯の男性。
 少しだけ色素の薄いサラサラの髪に、切れ長の瞳は長い睫毛に覆われている。まるで海外の芸能人のようにハンサムな顔立ちで、女性らしい顔立ちだけれど雄々しさもある不思議な美青年だ。日本人離れした高い鼻梁の持ち主で、凛々しく引き結ばれた唇から漏れ出る色香のある声音。
 ドクン。

(もしかして、この人が冬月一臣さん……?)

 美青年がまるで豹のようなしなやかな足取りでこちらに向かってくると、大型犬のように縋るような眼差しを向けてくるものだから……。
 年頃の万葉の心臓は不覚にもキュンとときめいてしまった。
接近されると、ちょっとだけタバコの香りが漂ってきて、シトラスの香りが混じっていて嫌じゃない。
 
『僕が冬月一臣です! 土曜午前の当番だったんです。医局で仕事してたら急患が来て呼ばれて、それを見越して約束の時間を設定してたんだけど、もう一人急患が来て……教授から連絡先聞いてなかったって慌てて、午後当番の後輩に引き継いで、急いでタクシーで来てたら、歩道で倒れてるおばあさんを見つけて、救急車手配してたらこんな時間になってしまいました』

 一臣が一気に捲し立ててきたため、万葉は面食らった。
 一般男性から言われたら“言い訳がましい嘘”だと思っただろう。
 だけど、外科医だった父も似たようなことが多々あったので、一臣が嘘を吐いていないと分かった。もちろん、父の場合は愛人に会うための嘘もあったかもしれないけれど……。

『だけど、俺のこと、待っててくれたんだ……じゃなくて、僕のこと、待っててくれたんですね。教授から医者の仕事に理解がある娘だって聞いてたけど、本当だったみたいだ』

 年下の万葉に対して無理して敬語を使おうとして失敗していて……遅刻の理由だって人助けだし悪い人ではなさそうだと漠然と思った。