海賊退治専門屋

 ザイコスキーと過ごす毎日は、奇妙なことの連続だった。

 いつの間にか彼と普通に手をつないで歩くようになり、
 さらにはひょいとお姫様抱っこまでされるようになっていたのだ。

 最初はパニックで気にしていなかったものの、
 さすがにそこまでされると
「俺、本当に女の子扱いされてないか……?」
 と、男としての複雑な気持ちが芽生え始めていた。

​「姉さん」

 俺は最近、
 変わり果てた姉のことを意識して普段通りに呼ぶようにしていた。

 けれど海賊たちは、
 俺の姉をひどく怖がっていた。
「近づくと危険かもしれない」
と遠巻きに避けてしまい、
 誰も名前すら呼ぼうとしない。

​ 姉さんは、
 俺の呼びかけに黙ってうなずいた。
 最近はうまく話せないことを自分でも分かっているのか、
 言葉の代わりに身振り手振りでのジェスチャーが増えている。
 その健気な姿に、胸がちくりと痛んだ。

​ ――そのときだった。

 突如として、
 船の上に張り詰めた緊張が走る。

​「来たぞーーっ! 海賊専門の退治屋だ!!」

 見張りの海賊が悲鳴のような声を上げ、
船内がハチの巣をつついたような騒ぎになる。

​「まずいわ。
ヤンマちゃん、
早く逃げて!」

 ザイコスキーが顔色を変えて俺の肩を掴んだ。

「何が起きてるの!?」

「海賊専門の退治屋よ!
説明している時間はないわ、
とにかく奥へ――」

​ ザイコスキーの言葉は、
 衝撃的な報告によって遮られた。

「船長、逃げ場がありません!
舵が効かない!」

「そんなはずないでしょ!?」

「外を見てください!
水が、海が凍っています!」

​ 慌てて窓から外へ目を向ける。
 そこには、
 波打つ途中で完全に静止し、
 白く濁った巨大な氷原へと姿を変えた海があった。

​「海をまるごと氷にする能力
……まずい相手ね」

 ザイコスキーが忌々しげに舌を打った、その瞬間だった。

 どこからか、
 鈴を転がすような、
 どこか気品のある冷徹な声が響いた。

​「――『アイスブロック』」

​ ピキピキピキッ、
 と凄まじい速度で凍結音が室内を駆け抜ける。

 一瞬だった。
 ザイコスキー船長も、
 周囲にいた海賊たちも、
 驚愕の表情を浮かべたままガチガチの氷塊の中に閉じ込められてしまったのだ。

​ あまりの出来事に息を呑む。
 なぜか、助かったのは俺と姉さんの二人だけだった。

​「あら、危ないところでしたわね」

​ 声のした方へ振り返ると、
 そこには姉さんよりも少し大人びた雰囲気を持つ、
 綺麗な女の子が立っていた。

「君は……誰?」

「失礼ね。
私は海賊専門の退治屋、
イエロと申しますわ」

「海賊専門の、退治屋……?」

「ええ。この界隈ではとても有名なお仕事ですのよ?」

「……知らない」

​ 俺の返答に、
 イエロは軽く肩をすくめてみせた。
「とにかく、
ここから避難しますわよ。
この船もじきに沈みますわ」

「どうやって逃げるの?」

「決まっていますわ。
私が作った氷の上を歩くのです」

​「えっ……ある、歩くの!?」

 俺は血の気が引くのを感じた。
 実は、俺は重度の深海恐怖症なのだ。
 船の上にいるだけでも生きた心地がしないのに、
 氷一枚を隔てたすぐ下が真っ黒な深海だと思うだけで、
 足がすくんで動かなくなる。
 凍っていると言われても、
 不安で仕方がなかった。
​ ガタガタと震える俺を見て、
 イエロがふっと不敵に微笑む。

「まあ。怖いなら、
あたくしがおんぶして差し上げましょうか?」

​「っ、結構です! 自分で歩くよ!」

 さすがに初対面の女の子におんぶされるのは、
 男のプライドが完全に粉砕される。

​ 俺は覚悟を決め、
 姉さんの手を引いて恐る恐る氷の上へと一歩を踏み出した。
 時折、足元からピキッとひび割れるような音がするたびに心臓が止まりそうになったが、
 姉さんのジェスチャーに励まされながら、
 なんとか命からがら陸地へとたどり着くことができた。

​「では、あたくしはギルドへ任務報告ですわね」

 陸に上がった途端、
 イエロが何でもないことのように言った。
「任務?」

「当然ですわ。
海賊退治はあたくしのお仕事ですもの。
彼らはきっちり引き渡しますわよ」

​ こうして、退治屋のイエロ、
 異形となった姉さん、
 そして俺という奇妙な三人旅が始まり、街へと向かうことになった。

​ ザイコスキーたちの海賊船からは一時的に抜け出せた。
 だけど、この新しく出会ったイエロという少女が味方なのかどうかも分からない。

これから俺たちをどんな運命が待ち受けているのか、
まだ知る由もなかった。