「……帰らないの」
低くて、どこか冷ややかな、だけどひどく澄んだ声だった。
莉緒が驚いて顔を上げると、そこにはスクールバッグを肩にかけた相葉瑠唯が立っていた。
いつも教室の特等席で、窓の外ばかりを眺めている男の子。女子たちがどれだけアプローチしても、そっけない態度でかわしてしまう、クラスで一番遠い存在。
「あ……」
莉緒は慌てて、いつもの『完璧な笑顔』を顔に張り付けようとした。
「うん、ちょっと忘れ物しちゃって。相葉くんこそ、傘持ってないの?」
努めて明るく、人当たりのいい声を出す。いつもの、みんなが好きな「川上莉緒」の対応。
しかし、瑠唯はそんな莉緒の笑顔をじっと見つめたまま、表情を一つも変えなかった。その切れ切れの涼しい瞳に見つめられると、まるで自分の嘘がすべて見透かされているような気がして、莉緒の胸がちくりと痛む。
「……別に。ただ、雨が止むのを待ってるだけ」
瑠唯は莉緒から視線を外すと、少し離れたベンチの端に腰掛けた。
莉緒は息をのむ。二人の間に、ただ激しい雨の音だけが満ちていく。
普段なら、気まずさを埋めるために莉緒から何か話題を振るところだった。だけど、今日だけはどうしても、いつものように気を遣う元気が湧いてこない。
莉緒は静かに視線を足元に落とし、自分のローファーの先を見つめた。
雨は、一向に弱まる気配がない。
アスファルトに叩きつけられて弾ける雨粒が、霧のように細かく煙っている。
「……無理して笑わなきゃいいのに」
ぽつり、と。
雨音に紛れるような小さな声で、瑠唯が呟いた。
「え?」
莉緒が聞き返すと、瑠唯は横顔を向けたまま、静かに言葉を続けた。
「いつも笑ってるから。しんどくないのかと思って」
その言葉は、莉緒の心の柔らかいところに、すとんと真っ直ぐ落ちてきた。
みんなが「可愛い莉緒」「いつも元気な莉緒」を求める中で、そんな風に飾らない言葉を投げかけてくれた人は、今まで一人もいなかった。
莉緒は目を見張ったまま、瑠唯の綺麗な横顔を見つめる。
瑠唯はただ、面倒くさそうに頬杖をついて、雨の向こうを眺めていた。その目はどこか遠く、寂しげな色を帯びていて――。
低くて、どこか冷ややかな、だけどひどく澄んだ声だった。
莉緒が驚いて顔を上げると、そこにはスクールバッグを肩にかけた相葉瑠唯が立っていた。
いつも教室の特等席で、窓の外ばかりを眺めている男の子。女子たちがどれだけアプローチしても、そっけない態度でかわしてしまう、クラスで一番遠い存在。
「あ……」
莉緒は慌てて、いつもの『完璧な笑顔』を顔に張り付けようとした。
「うん、ちょっと忘れ物しちゃって。相葉くんこそ、傘持ってないの?」
努めて明るく、人当たりのいい声を出す。いつもの、みんなが好きな「川上莉緒」の対応。
しかし、瑠唯はそんな莉緒の笑顔をじっと見つめたまま、表情を一つも変えなかった。その切れ切れの涼しい瞳に見つめられると、まるで自分の嘘がすべて見透かされているような気がして、莉緒の胸がちくりと痛む。
「……別に。ただ、雨が止むのを待ってるだけ」
瑠唯は莉緒から視線を外すと、少し離れたベンチの端に腰掛けた。
莉緒は息をのむ。二人の間に、ただ激しい雨の音だけが満ちていく。
普段なら、気まずさを埋めるために莉緒から何か話題を振るところだった。だけど、今日だけはどうしても、いつものように気を遣う元気が湧いてこない。
莉緒は静かに視線を足元に落とし、自分のローファーの先を見つめた。
雨は、一向に弱まる気配がない。
アスファルトに叩きつけられて弾ける雨粒が、霧のように細かく煙っている。
「……無理して笑わなきゃいいのに」
ぽつり、と。
雨音に紛れるような小さな声で、瑠唯が呟いた。
「え?」
莉緒が聞き返すと、瑠唯は横顔を向けたまま、静かに言葉を続けた。
「いつも笑ってるから。しんどくないのかと思って」
その言葉は、莉緒の心の柔らかいところに、すとんと真っ直ぐ落ちてきた。
みんなが「可愛い莉緒」「いつも元気な莉緒」を求める中で、そんな風に飾らない言葉を投げかけてくれた人は、今まで一人もいなかった。
莉緒は目を見張ったまま、瑠唯の綺麗な横顔を見つめる。
瑠唯はただ、面倒くさそうに頬杖をついて、雨の向こうを眺めていた。その目はどこか遠く、寂しげな色を帯びていて――。

