「ぐぇっ」
私の口から、うら若き女性と思えない呻き声が漏れる。
(満員電車ってこんなに圧されるんだ……)
最近転職をしたばかりの私、櫻庭 玲奈 25歳は通勤の満員電車が悩みの種。
身長が平均より少ーし低いから、かなりしんどい。
「次はーー」
駅員の声が聞こえてしばらくすると、電車が止まった。
ドドッと人が入って来て、さらに圧された私は気を失いそうで。
(……あれ)
ふいに、呼吸が楽になる。
見上げると前にいた恰幅のいいおじさんが、背の高いスーツの男性に変わっていた。
(いつもの人だ)
ほんの一週間ほど前から、さりげなく私の前に来てくれる。
背が高いので、彼が私の前に来ると顔周りにスペースができて呼吸がしやすくてありがたい。
前髪は真ん中で分けていて、爽やかな雰囲気で。
下から見上げた角度でもイケメンだとわかる。
(背高いな……180以上ありそう)
長い両手で私を周囲の圧からガードしつつも、私にギリギリで触れない紳士。
すっぽりと守られている感覚にときめいてしまう。
(私、高身長フェチなんだよね……)
会社の最寄駅で降りるまで、ほんのりと幸せを噛み締めていた。
◇◇◇
朝、いつも通り満員の電車に揺られている私。
次の停車駅が近づいて来たから、何となくホームを見やると。
「え!?」
普段よりさらに大勢の人が並んでいるのが見えて、私は目を見開く。
何かイベントでもあるのかもしれない。
(今でももうぎゅうぎゅうなのに、あの人数が乗れるわけない……!)
私は今のうちに少しでもスペースのある真ん中辺りに移動しようと体を翻す。
それすらも難しくて、なんとかドアから背を向けた直後。
電車が止まり、開いたドアから並んでいた人達がどっと入って来た。
「あ」
圧された勢いで何かにつまずき、私の体は重力に従って前方に倒れていく。
私は反射的に目を瞑った。
「わっ!?」
上体に軽い衝撃を受け、瞼を開くと、目の前にあるのは白いワイシャツと紺色のネクタイ。
「すみません!」
謝罪のために顔を上げると、いつもの彼だった。
(圧されたとは言え、自分から彼の胸に飛び込んでる! こんなの痴女って訴えられても文句言えないよぉ)
申し訳ないので体を離したいのだけれど、混みすぎていて辛うじて爪先だけ地面についている状態。
なので、彼によりかかるしかなくって。
「オレは大丈夫だから、気にしないで」
私にだけ聞こえるような、小さな声。
私が全体重かけてるのにびくともしない安定感と安心感。
いつものようにさりげなく、カバンで私のお尻辺りをガードしてくれている。
(どうしよう……私、この人のこと好きになっちゃった……)
赤く染まった顔を見られたくなくて、私は会社の最寄駅に着くまでずっと俯いていた。
◇◇◇
「ふわぁ……」
晴れた休日の昼下がりだと言うのに、私は大あくびをした。
「ちょっとエナ! なーにあくびしてるの。写真撮って!」
実家の母が急に上京し、都内の観光名所を連れ回されている最中なのだ。
久しぶりに母に会えてうれしいけれど、折角の休日なのに早朝から叩き起こされたのがツラい。
「もう、エナって呼ばないでってば」
私の名前は玲奈なのだけど、小2くらいの頃の私は舌っ足らずで「エナ」としか言えなくて、未だに家族はその頃のあだ名で呼ぶのだ。
子どもっぽいから、そろそろやめてほしいのに。
母の写真をスマホで撮ると、母は「そろそろ新幹線の時間だから帰るわ」と言った。
母を見送った後、ふぅと溜め息を吐く。
なんだか最近冴えないことばかり。
(あの時も、ちゃんと謝れなかったしなぁ……)
ずっとよりかかってしまったことをあの人に謝罪しようと頭の中でシミュレーションしていたのに。
実際は電車のドアが開くや否や、大量の降車客に押し出されてしまい、顔を上げた時にはもう電車は発車していた。
(そういえばこの駅、あの人が乗って来る駅だっけ)
気付いた途端、急にドキドキしてしまう。
(これってストーカーっぽい? いやいや、偶然来たわけだし……!)
私は心の中で言い訳をしながら首を振った。
すると、人混みの中に頭ひとつ飛び出した後ろ姿が目に映る。
(間違いない、あの人だ!)
私は思わず柱の影に隠れた。
彼の友人らしき男性の声が大きくて、聞こうとしてないのに会話が聞こえてしまって。
「それにしても大樹、ガチで身長伸びたよなーモテるだろ!」
(大樹さんって名前なんだ。すごい、ぴったり!)
思いがけず名前を知って喜びが沸き上がる。
しかし、次の瞬間。
「身長目当ての子は嫌いなんでね」
彼ーー大樹さんの言葉を聞いて、はしゃいでいた気持ちがしぼむ。
(私もそうだ……)
もう頼れない。
明日からは、別の車両に乗ることに決めた。
◇◇◇
翌朝。
私はいつもと違う車両に乗り込んだ。
大樹さんの最寄駅に着いた時、私がいつも乗る車両に乗り込む姿が見えて。
(これでいいの……)
◇◇◇
「今日も疲れたな……」
独り言を呟きながら、駅のホームに立つ。
帰りの電車でも、今日のように定時で上がれた時は彼に遭遇することがあった。
私はホームに入って来た電車の中をざっと見る。
大樹さんはいつも頭ひとつ飛び出しているから、すぐわかるのだ。
(よし、いないな)
確認をしてからいつもの位置から乗り込む。
朝ほどではないけれど、かなり混んでいる。
すかさず、空いた壁際の隅に行く。
(この位置なら降りやすいし、壁に背中を向けてるから痴漢に遇う心配もないもんね)
暫くして、次の停車駅に近づき、電車が減速。
ドアが開き、大勢の人達が乗って来たのを私は隅でじっとしてやり過ごす。
ふと、目の前を見るとワイシャツと紺のネクタイ。
(えっ大樹さん?)
思わず顔を上げた私の目に映ったのは、大樹さんーーと同じくらいの背丈&年齢のサラリーマンだった。
(背の高さや体格は似てるけど……なんだか嫌な感じがする)
私はできるだけ体を離そうと、肩にかけたカバンを胸の前に持って来てから、背中を壁にぴったりとつけた。
すると、その男性は私をじっとりとした目で見下ろす。
「怯えてんの? ちっちゃくてかわいいね。ねぇ、連絡先交換しようよ」
(電車の中でナンパ!?)
私は驚きと恐怖で固まってしまった。
痴漢をされたわけじゃないから、周りに助けを求めることもできない。
断ったら逆上されそうで怖い……。
何も言えずに黙っていると。
男はニヤニヤしながら、その高い身長で私を覆い隠すように、隅に詰めて来た。
「いや……っ!」
大樹さん以外に触れられたくない!
私は思わず悲鳴を漏らした。
その直後。
頭上から声が響く。
「痴漢め! 離れろ!」
「いでぇ!」
それは大樹さんの声だった。
私は驚いて顔を上げる。
大樹さんがナンパ男の肩を強く掴んでいた。
「な、なんで!?」
「どうしました!?」
異変に気付いた駅員がやって来て、大樹さんが事情を話す。
すると駅員は「最近、同じ苦情が何件も来てます」と言ってナンパ男を連行していった。
駅員とナンパ男がいなくなると電車内はすぐに静けさを取り戻した。
私は大樹さんに向かって頭を下げる。
「た、助けてくださってありがとうございました!」
「いいよ。それより、オレが来た時『なんで』って驚いていたのはどうして?」
「あ、同じ車両にいらっしゃると思わなくて……」
「ああ、今日は座ってたんだ」
大樹さんは言いながら、座っていた席を指さす。
そういうことかー!
それなら気付かないはずだわ。
「朝もいつもの車両にいなかったし、オレのこと避けてる?」
いきなり図星を刺された私は、言葉に詰まる。
この態度じゃバレバレだ。
私は観念して口を開く。
「見知らぬ人なのに、いつまでも頼っちゃいけないなって……」
しどろもどろになりながら言う私を見て、大樹さんは柔らかく微笑む。
「見知らぬ人じゃないよ、エナ」
「えっ!? そのあだ名、なんで知って……」
家族や小さい頃の同級生しか知らないあだ名。
どうして知ってるの……?
(ってことは小学生の時のクラスメイト? でも、大樹って名前の子いなかった……)
「オレは鷺沢大樹。エナの同級生のーー鷺沢広樹の兄」
「鷺沢広樹の!?」
広樹のことは覚えている。
でも仲が良かったわけじゃない。
広樹は意地悪な性格で、いつも自分より小柄な子をいじめていたから、嫌いだった。
「もしかして、広樹がいじめていたあの小柄な子……!?」
私の問いに大樹さんは頷いた。
「あの頃のオレは君より小さくて、弟の広樹にいじめられてたんだ。兄なのにしっかりしろって言われる中、君だけが笑わず、優しくしてくれたからずっと感謝してた」
「そうだったんですね……」
まさか、こどもの頃に出会っていたなんて。
私は驚きを隠せない。
「通勤電車で初めて遭遇した日、一目で君だとわかった。変わらず可愛いから」
「!?」
可愛いって言った!?
私は大樹さんの顔を見る。
「初恋で、ずっと忘れられなかったんだ」
そう言って私を見つめる大樹さんから、甘さが滲んでいて。
大樹さんが私のことを……?
すごくうれしい、のに。
正直に過去のことを話してくれた大樹さんに、私もちゃんと言わなきゃ。
「私、先日の日曜に偶然大樹さんとお友達の会話を聞いてしまい……大樹さんの嫌いな、高身長男性フェチ女なんです……」
「そうなの? でもさっきのナンパ男もオレと同じくらいだったけど」
「そういえば……」
ナンパ男、大樹さんと背の高さとか体格は変わらなかった。
顔の造形もイケメンと呼ばれる部類だろう。
けれど、大樹さんと全然違った。
私のことなんて見てなくて、ただ"女"という属性だけを見て気持ちが悪かった。
それに、自分の高身長で威圧感を出して私が怖がるのを楽しんでいたところとか、大樹さんと真逆。
大樹さんは、自分の高身長を生かして、背が低い私が苦しくないようにさりげなくスペースを作ってくれていた。
「……私はあなたのさりげない優しさに惹かれた」
私の口から想いが零れた直後。
電車が停まる。
大樹さんの降りる駅だ。
ドアが開き、大樹さんが電車を降りた。
(折角想いが通じ合ったのに、お別れなんて淋しい……)
大樹さんは振り返り、両腕を開く。
「おいで、玲奈」
私はーーその腕の中に飛び込んだ。
勢いよく飛び込んだのに、大樹さんはぐらつくことなく受け止めてくれて。
「ずっと、こうしてぎゅってされたかったの……」
私が呟くと、大樹さんは長い両腕に力を入れて強く抱きしめる。
「まいったな、もう離したくない」
私は大樹さんの腕の中で、幸せな呟きを聞いた。
私の口から、うら若き女性と思えない呻き声が漏れる。
(満員電車ってこんなに圧されるんだ……)
最近転職をしたばかりの私、櫻庭 玲奈 25歳は通勤の満員電車が悩みの種。
身長が平均より少ーし低いから、かなりしんどい。
「次はーー」
駅員の声が聞こえてしばらくすると、電車が止まった。
ドドッと人が入って来て、さらに圧された私は気を失いそうで。
(……あれ)
ふいに、呼吸が楽になる。
見上げると前にいた恰幅のいいおじさんが、背の高いスーツの男性に変わっていた。
(いつもの人だ)
ほんの一週間ほど前から、さりげなく私の前に来てくれる。
背が高いので、彼が私の前に来ると顔周りにスペースができて呼吸がしやすくてありがたい。
前髪は真ん中で分けていて、爽やかな雰囲気で。
下から見上げた角度でもイケメンだとわかる。
(背高いな……180以上ありそう)
長い両手で私を周囲の圧からガードしつつも、私にギリギリで触れない紳士。
すっぽりと守られている感覚にときめいてしまう。
(私、高身長フェチなんだよね……)
会社の最寄駅で降りるまで、ほんのりと幸せを噛み締めていた。
◇◇◇
朝、いつも通り満員の電車に揺られている私。
次の停車駅が近づいて来たから、何となくホームを見やると。
「え!?」
普段よりさらに大勢の人が並んでいるのが見えて、私は目を見開く。
何かイベントでもあるのかもしれない。
(今でももうぎゅうぎゅうなのに、あの人数が乗れるわけない……!)
私は今のうちに少しでもスペースのある真ん中辺りに移動しようと体を翻す。
それすらも難しくて、なんとかドアから背を向けた直後。
電車が止まり、開いたドアから並んでいた人達がどっと入って来た。
「あ」
圧された勢いで何かにつまずき、私の体は重力に従って前方に倒れていく。
私は反射的に目を瞑った。
「わっ!?」
上体に軽い衝撃を受け、瞼を開くと、目の前にあるのは白いワイシャツと紺色のネクタイ。
「すみません!」
謝罪のために顔を上げると、いつもの彼だった。
(圧されたとは言え、自分から彼の胸に飛び込んでる! こんなの痴女って訴えられても文句言えないよぉ)
申し訳ないので体を離したいのだけれど、混みすぎていて辛うじて爪先だけ地面についている状態。
なので、彼によりかかるしかなくって。
「オレは大丈夫だから、気にしないで」
私にだけ聞こえるような、小さな声。
私が全体重かけてるのにびくともしない安定感と安心感。
いつものようにさりげなく、カバンで私のお尻辺りをガードしてくれている。
(どうしよう……私、この人のこと好きになっちゃった……)
赤く染まった顔を見られたくなくて、私は会社の最寄駅に着くまでずっと俯いていた。
◇◇◇
「ふわぁ……」
晴れた休日の昼下がりだと言うのに、私は大あくびをした。
「ちょっとエナ! なーにあくびしてるの。写真撮って!」
実家の母が急に上京し、都内の観光名所を連れ回されている最中なのだ。
久しぶりに母に会えてうれしいけれど、折角の休日なのに早朝から叩き起こされたのがツラい。
「もう、エナって呼ばないでってば」
私の名前は玲奈なのだけど、小2くらいの頃の私は舌っ足らずで「エナ」としか言えなくて、未だに家族はその頃のあだ名で呼ぶのだ。
子どもっぽいから、そろそろやめてほしいのに。
母の写真をスマホで撮ると、母は「そろそろ新幹線の時間だから帰るわ」と言った。
母を見送った後、ふぅと溜め息を吐く。
なんだか最近冴えないことばかり。
(あの時も、ちゃんと謝れなかったしなぁ……)
ずっとよりかかってしまったことをあの人に謝罪しようと頭の中でシミュレーションしていたのに。
実際は電車のドアが開くや否や、大量の降車客に押し出されてしまい、顔を上げた時にはもう電車は発車していた。
(そういえばこの駅、あの人が乗って来る駅だっけ)
気付いた途端、急にドキドキしてしまう。
(これってストーカーっぽい? いやいや、偶然来たわけだし……!)
私は心の中で言い訳をしながら首を振った。
すると、人混みの中に頭ひとつ飛び出した後ろ姿が目に映る。
(間違いない、あの人だ!)
私は思わず柱の影に隠れた。
彼の友人らしき男性の声が大きくて、聞こうとしてないのに会話が聞こえてしまって。
「それにしても大樹、ガチで身長伸びたよなーモテるだろ!」
(大樹さんって名前なんだ。すごい、ぴったり!)
思いがけず名前を知って喜びが沸き上がる。
しかし、次の瞬間。
「身長目当ての子は嫌いなんでね」
彼ーー大樹さんの言葉を聞いて、はしゃいでいた気持ちがしぼむ。
(私もそうだ……)
もう頼れない。
明日からは、別の車両に乗ることに決めた。
◇◇◇
翌朝。
私はいつもと違う車両に乗り込んだ。
大樹さんの最寄駅に着いた時、私がいつも乗る車両に乗り込む姿が見えて。
(これでいいの……)
◇◇◇
「今日も疲れたな……」
独り言を呟きながら、駅のホームに立つ。
帰りの電車でも、今日のように定時で上がれた時は彼に遭遇することがあった。
私はホームに入って来た電車の中をざっと見る。
大樹さんはいつも頭ひとつ飛び出しているから、すぐわかるのだ。
(よし、いないな)
確認をしてからいつもの位置から乗り込む。
朝ほどではないけれど、かなり混んでいる。
すかさず、空いた壁際の隅に行く。
(この位置なら降りやすいし、壁に背中を向けてるから痴漢に遇う心配もないもんね)
暫くして、次の停車駅に近づき、電車が減速。
ドアが開き、大勢の人達が乗って来たのを私は隅でじっとしてやり過ごす。
ふと、目の前を見るとワイシャツと紺のネクタイ。
(えっ大樹さん?)
思わず顔を上げた私の目に映ったのは、大樹さんーーと同じくらいの背丈&年齢のサラリーマンだった。
(背の高さや体格は似てるけど……なんだか嫌な感じがする)
私はできるだけ体を離そうと、肩にかけたカバンを胸の前に持って来てから、背中を壁にぴったりとつけた。
すると、その男性は私をじっとりとした目で見下ろす。
「怯えてんの? ちっちゃくてかわいいね。ねぇ、連絡先交換しようよ」
(電車の中でナンパ!?)
私は驚きと恐怖で固まってしまった。
痴漢をされたわけじゃないから、周りに助けを求めることもできない。
断ったら逆上されそうで怖い……。
何も言えずに黙っていると。
男はニヤニヤしながら、その高い身長で私を覆い隠すように、隅に詰めて来た。
「いや……っ!」
大樹さん以外に触れられたくない!
私は思わず悲鳴を漏らした。
その直後。
頭上から声が響く。
「痴漢め! 離れろ!」
「いでぇ!」
それは大樹さんの声だった。
私は驚いて顔を上げる。
大樹さんがナンパ男の肩を強く掴んでいた。
「な、なんで!?」
「どうしました!?」
異変に気付いた駅員がやって来て、大樹さんが事情を話す。
すると駅員は「最近、同じ苦情が何件も来てます」と言ってナンパ男を連行していった。
駅員とナンパ男がいなくなると電車内はすぐに静けさを取り戻した。
私は大樹さんに向かって頭を下げる。
「た、助けてくださってありがとうございました!」
「いいよ。それより、オレが来た時『なんで』って驚いていたのはどうして?」
「あ、同じ車両にいらっしゃると思わなくて……」
「ああ、今日は座ってたんだ」
大樹さんは言いながら、座っていた席を指さす。
そういうことかー!
それなら気付かないはずだわ。
「朝もいつもの車両にいなかったし、オレのこと避けてる?」
いきなり図星を刺された私は、言葉に詰まる。
この態度じゃバレバレだ。
私は観念して口を開く。
「見知らぬ人なのに、いつまでも頼っちゃいけないなって……」
しどろもどろになりながら言う私を見て、大樹さんは柔らかく微笑む。
「見知らぬ人じゃないよ、エナ」
「えっ!? そのあだ名、なんで知って……」
家族や小さい頃の同級生しか知らないあだ名。
どうして知ってるの……?
(ってことは小学生の時のクラスメイト? でも、大樹って名前の子いなかった……)
「オレは鷺沢大樹。エナの同級生のーー鷺沢広樹の兄」
「鷺沢広樹の!?」
広樹のことは覚えている。
でも仲が良かったわけじゃない。
広樹は意地悪な性格で、いつも自分より小柄な子をいじめていたから、嫌いだった。
「もしかして、広樹がいじめていたあの小柄な子……!?」
私の問いに大樹さんは頷いた。
「あの頃のオレは君より小さくて、弟の広樹にいじめられてたんだ。兄なのにしっかりしろって言われる中、君だけが笑わず、優しくしてくれたからずっと感謝してた」
「そうだったんですね……」
まさか、こどもの頃に出会っていたなんて。
私は驚きを隠せない。
「通勤電車で初めて遭遇した日、一目で君だとわかった。変わらず可愛いから」
「!?」
可愛いって言った!?
私は大樹さんの顔を見る。
「初恋で、ずっと忘れられなかったんだ」
そう言って私を見つめる大樹さんから、甘さが滲んでいて。
大樹さんが私のことを……?
すごくうれしい、のに。
正直に過去のことを話してくれた大樹さんに、私もちゃんと言わなきゃ。
「私、先日の日曜に偶然大樹さんとお友達の会話を聞いてしまい……大樹さんの嫌いな、高身長男性フェチ女なんです……」
「そうなの? でもさっきのナンパ男もオレと同じくらいだったけど」
「そういえば……」
ナンパ男、大樹さんと背の高さとか体格は変わらなかった。
顔の造形もイケメンと呼ばれる部類だろう。
けれど、大樹さんと全然違った。
私のことなんて見てなくて、ただ"女"という属性だけを見て気持ちが悪かった。
それに、自分の高身長で威圧感を出して私が怖がるのを楽しんでいたところとか、大樹さんと真逆。
大樹さんは、自分の高身長を生かして、背が低い私が苦しくないようにさりげなくスペースを作ってくれていた。
「……私はあなたのさりげない優しさに惹かれた」
私の口から想いが零れた直後。
電車が停まる。
大樹さんの降りる駅だ。
ドアが開き、大樹さんが電車を降りた。
(折角想いが通じ合ったのに、お別れなんて淋しい……)
大樹さんは振り返り、両腕を開く。
「おいで、玲奈」
私はーーその腕の中に飛び込んだ。
勢いよく飛び込んだのに、大樹さんはぐらつくことなく受け止めてくれて。
「ずっと、こうしてぎゅってされたかったの……」
私が呟くと、大樹さんは長い両腕に力を入れて強く抱きしめる。
「まいったな、もう離したくない」
私は大樹さんの腕の中で、幸せな呟きを聞いた。



