びっくりした。
圭太は厨房内の冷蔵庫にワインを片付けると、誰にも見られていないことを確認して深呼吸をした。落ち着け、と自分に言い聞かせるように、息を大きく吸って吐く。まだ胸は少し騒がしい。
会えると思っていない人に会えたことだけでなく、その彼女がジャケットを着てアクセサリーをつけて、深紅の口紅を塗っている姿なんて初めて見たからだ。
あからさまに驚いた様子を出してしまった圭太に、智香の呆れたような表情が記憶に残る。すごく素敵です、と思ったのは本当だったが、なんだかとってつけたお世辞のようでもあった気がして、自己嫌悪に陥る。
かつて、同じような状況に遭遇したことがある。後にオーナーシェフの奥さんとなった女性ディレクター、綾乃さんが一人でやって来た夜のことだ。
やはりオーナーシェフに招待されてコン・ブリオを訪れた彼女の、普段と違う姿に驚いた覚えがある。
でも、その時と違う。
今日の智香を見たときの感情が、明らかに違ったのだ。耳元に光るジュエリーも、唇の赤さも、自分のためだけにそうして欲しい、と思った。きれいだったから。みんなに見て欲しいけれど、自分のために時間をかけて準備をして欲しい、それで待ち合わせ場所に少し遅れてやって来た僕に遅いと言いながらも笑って欲しい、と。
別のテーブルに持って行く料理を待ちつつ、厨房横から智香を見ていた。オーナーシェフと話すその横顔は、いつもの仕事中とは違うやわらかな笑顔だ。
石崎シェフへの信頼と安心、それから感謝と、喜び。そういうのが感じられた。それから今度は笹井マネージャーがワインを用意しつつ話しかけたときも、やはりそういう表情を智香はしていた。いつだったか、賄いランチを一緒に食べたときの顔にも共通する、満ち足りた顔。
とたんに圭太はつまらない気持ちになる。
そりゃあ、僕が半人前の仕事しかできていないことは事実だけど。
そう思いながら、自分だけが智香を満足な笑顔にしてあげられていないことに落ち込む。ただのホールスタッフの自分はおいしい料理を作ることも、ワインを選んであげることもできない。人には向き不向き、得意不得意があるのは確かだけれど。僕ができることって?
何かしないと。
もちろん目の前の仕事は精一杯こなすけれど。このままじゃだめだ。
そう思いながら、料理を口に運び、笑顔になる智香の横顔を見ながら圭太は思った。
圭太は厨房内の冷蔵庫にワインを片付けると、誰にも見られていないことを確認して深呼吸をした。落ち着け、と自分に言い聞かせるように、息を大きく吸って吐く。まだ胸は少し騒がしい。
会えると思っていない人に会えたことだけでなく、その彼女がジャケットを着てアクセサリーをつけて、深紅の口紅を塗っている姿なんて初めて見たからだ。
あからさまに驚いた様子を出してしまった圭太に、智香の呆れたような表情が記憶に残る。すごく素敵です、と思ったのは本当だったが、なんだかとってつけたお世辞のようでもあった気がして、自己嫌悪に陥る。
かつて、同じような状況に遭遇したことがある。後にオーナーシェフの奥さんとなった女性ディレクター、綾乃さんが一人でやって来た夜のことだ。
やはりオーナーシェフに招待されてコン・ブリオを訪れた彼女の、普段と違う姿に驚いた覚えがある。
でも、その時と違う。
今日の智香を見たときの感情が、明らかに違ったのだ。耳元に光るジュエリーも、唇の赤さも、自分のためだけにそうして欲しい、と思った。きれいだったから。みんなに見て欲しいけれど、自分のために時間をかけて準備をして欲しい、それで待ち合わせ場所に少し遅れてやって来た僕に遅いと言いながらも笑って欲しい、と。
別のテーブルに持って行く料理を待ちつつ、厨房横から智香を見ていた。オーナーシェフと話すその横顔は、いつもの仕事中とは違うやわらかな笑顔だ。
石崎シェフへの信頼と安心、それから感謝と、喜び。そういうのが感じられた。それから今度は笹井マネージャーがワインを用意しつつ話しかけたときも、やはりそういう表情を智香はしていた。いつだったか、賄いランチを一緒に食べたときの顔にも共通する、満ち足りた顔。
とたんに圭太はつまらない気持ちになる。
そりゃあ、僕が半人前の仕事しかできていないことは事実だけど。
そう思いながら、自分だけが智香を満足な笑顔にしてあげられていないことに落ち込む。ただのホールスタッフの自分はおいしい料理を作ることも、ワインを選んであげることもできない。人には向き不向き、得意不得意があるのは確かだけれど。僕ができることって?
何かしないと。
もちろん目の前の仕事は精一杯こなすけれど。このままじゃだめだ。
そう思いながら、料理を口に運び、笑顔になる智香の横顔を見ながら圭太は思った。



