「大澤!修正まだか!」
「はい、ただいまー!」
チーフディレクターの厳しい声かけにデスクの前でパソコンと対峙しながら智香は声だけは元気に張り上げる。
心と体はもう、へとへとだった。
大型台風の影響で九州から来てくれるはずだった掃除のプロの出演が中止となり、気象情報をまじえたVTR中心の番組に変更が決まったのがほんの数時間前。そして夜が明けて太陽が昇ってくる頃にはもう番組が始まる。
「チェックお願しまーす!!」
チーフに声をかけてデスクの上に台本を置くと、智香は逃げるように早朝のコンビニに駆け込んだ。
店員から受け取った紙カップにセルフで熱いコーヒーを注ぐと、少しだけ心は落ち着いた。甘く香ばしい匂いで少しだけ肩の力が抜ける。
いつまでこうしていられるんだろう。
ふと、テレビディレクターの仕事を引退した先輩の綾乃のことを思い出しながら、智香はテレビ局を出て外の冷たい空気を胸に吸い込んだ。
その澄んだ朝の空気の中で、やがて鳴るであろう呼び出しの電話を待ちながら、智香は一人で考えていた。
「ほんと、いつまでこうしていられるんだろう。」
体調を崩して辞めていった仲間もいたし、そうでなくても体力に不安を感じて辞めたものもいた。違う道に希望を見出して転職していったものも。
智香は子どもの頃、メディアの仕事をかっこいいと思っていた。毎日会社に行って、何をやっているかよくわからない父と母の姿を見ていたから、これをやっているんだ、というのが目に見えるテレビ番組の仕事は、他人に見てもらえるいい仕事なのだと思っていた。
これを作っているんだ、と。
でも。果たして、自信をもってそう言えるだろうか。
私、これを作っているんだ、って。
そのわずか5分後には上司からの電話が鳴り、智香は台本を修正するために局内に戻った。
イレギュラーな事態をどうにかこうにか乗り越えて収録を終えた午後。
とりあえず自宅に帰りたい、と思いながらテレビ局をあとにしようとしたときだった。
「智香ちゃん?」
エントランスから入ってきたのはコン・ブリオのオーナーシェフだった。
「石崎シェフ!どうしたんですか?」
「番組の収録に呼んでもらってね。木曜夜のグルメ番組」
「ああ、あれ!お忙しいところありがとうございます!スタジオまで案内しますね」
担当の番組ではなくとも大事なゲストであり、智香がディレクターに昇級してからもお世話になったことがあり、先輩の旦那様となれば、知らない顔はできない。
「綾乃さんは今日は?」
「今日はうちの用事で家にいてもらってるんだ。店も休業日だし」
エレベーターを待ちながら、そんなやりとりをすると、かつて同じ職場で慌ただしく動いていた先輩が、今は本当にここにいない、別のところにいるのだと実感する。
「お店が休みなのにすみません。人気シェフって大変ですね。」
番組は助かりますけど、と付け足しながら、智香は申し訳ない表情で少しだけ笑う。聞けば、哲也はこの後、番組に出演した後は仕込みのために店舗に直行するのだという。
その智香の言葉に、哲也は言った。
「大変なのはみんな同じだよ。踏ん張りどころは人それぞれ。内容とか関係なしにね。うちのスタッフも必死なんだ」
その言葉の意味を考えながら、智香は、到着したエレベーターの「開」のボタンを押して、哲也を見送ろうとしたときだった。
「智香ちゃん、明日、コン・ブリオにおいで」
「え?」
智香は驚いて哲也の顔を見た。
「だいたい徹夜明けの収録翌日は休暇じゃなかったっけ?ランチでも、ディナーでもいいよ。うちで栄養あるものを食べたほうがいい。時間帯によっては賄いかもしれないけど、うちの賄いは栄養満点だし。好きなタイミングで。」
どうして、という表情をしたであろう智香を見るなり、哲也は笑って言った。
「同志だからね」
きみも、綾乃も、うちのスタッフも、と。
「同志」
噛みしめるように智香はその言葉をつぶやいてみて、どこか幸せそうなシェフの横顔を見ていた。
「はい、ただいまー!」
チーフディレクターの厳しい声かけにデスクの前でパソコンと対峙しながら智香は声だけは元気に張り上げる。
心と体はもう、へとへとだった。
大型台風の影響で九州から来てくれるはずだった掃除のプロの出演が中止となり、気象情報をまじえたVTR中心の番組に変更が決まったのがほんの数時間前。そして夜が明けて太陽が昇ってくる頃にはもう番組が始まる。
「チェックお願しまーす!!」
チーフに声をかけてデスクの上に台本を置くと、智香は逃げるように早朝のコンビニに駆け込んだ。
店員から受け取った紙カップにセルフで熱いコーヒーを注ぐと、少しだけ心は落ち着いた。甘く香ばしい匂いで少しだけ肩の力が抜ける。
いつまでこうしていられるんだろう。
ふと、テレビディレクターの仕事を引退した先輩の綾乃のことを思い出しながら、智香はテレビ局を出て外の冷たい空気を胸に吸い込んだ。
その澄んだ朝の空気の中で、やがて鳴るであろう呼び出しの電話を待ちながら、智香は一人で考えていた。
「ほんと、いつまでこうしていられるんだろう。」
体調を崩して辞めていった仲間もいたし、そうでなくても体力に不安を感じて辞めたものもいた。違う道に希望を見出して転職していったものも。
智香は子どもの頃、メディアの仕事をかっこいいと思っていた。毎日会社に行って、何をやっているかよくわからない父と母の姿を見ていたから、これをやっているんだ、というのが目に見えるテレビ番組の仕事は、他人に見てもらえるいい仕事なのだと思っていた。
これを作っているんだ、と。
でも。果たして、自信をもってそう言えるだろうか。
私、これを作っているんだ、って。
そのわずか5分後には上司からの電話が鳴り、智香は台本を修正するために局内に戻った。
イレギュラーな事態をどうにかこうにか乗り越えて収録を終えた午後。
とりあえず自宅に帰りたい、と思いながらテレビ局をあとにしようとしたときだった。
「智香ちゃん?」
エントランスから入ってきたのはコン・ブリオのオーナーシェフだった。
「石崎シェフ!どうしたんですか?」
「番組の収録に呼んでもらってね。木曜夜のグルメ番組」
「ああ、あれ!お忙しいところありがとうございます!スタジオまで案内しますね」
担当の番組ではなくとも大事なゲストであり、智香がディレクターに昇級してからもお世話になったことがあり、先輩の旦那様となれば、知らない顔はできない。
「綾乃さんは今日は?」
「今日はうちの用事で家にいてもらってるんだ。店も休業日だし」
エレベーターを待ちながら、そんなやりとりをすると、かつて同じ職場で慌ただしく動いていた先輩が、今は本当にここにいない、別のところにいるのだと実感する。
「お店が休みなのにすみません。人気シェフって大変ですね。」
番組は助かりますけど、と付け足しながら、智香は申し訳ない表情で少しだけ笑う。聞けば、哲也はこの後、番組に出演した後は仕込みのために店舗に直行するのだという。
その智香の言葉に、哲也は言った。
「大変なのはみんな同じだよ。踏ん張りどころは人それぞれ。内容とか関係なしにね。うちのスタッフも必死なんだ」
その言葉の意味を考えながら、智香は、到着したエレベーターの「開」のボタンを押して、哲也を見送ろうとしたときだった。
「智香ちゃん、明日、コン・ブリオにおいで」
「え?」
智香は驚いて哲也の顔を見た。
「だいたい徹夜明けの収録翌日は休暇じゃなかったっけ?ランチでも、ディナーでもいいよ。うちで栄養あるものを食べたほうがいい。時間帯によっては賄いかもしれないけど、うちの賄いは栄養満点だし。好きなタイミングで。」
どうして、という表情をしたであろう智香を見るなり、哲也は笑って言った。
「同志だからね」
きみも、綾乃も、うちのスタッフも、と。
「同志」
噛みしめるように智香はその言葉をつぶやいてみて、どこか幸せそうなシェフの横顔を見ていた。



