未完成のティラミス

恋をすると変わる。

石崎シェフの言葉を思い出しながら、智香は自分の最近の日々を振り返っていた。
最後に誰かをいいなと思ったのっていつだっただろうか、と。

音声担当の男の子がかっこよかったから、何人かで食事に行ったことがあったけど、ゲームオタクで全然話は合わなかったし、ADの先輩だった1つ年上の男の人からは食事に誘ってもらって、彼からの好意も感じたけれど、やたら先輩ぶって仕事の延長みたいで、恋心なんて芽生えなかった。

そんなこんなでたとえ職場で寝食をともにしていても、素顔を見せるのが恥ずかしくないくらいの関係でも、誰かに手料理を作ってあげたい、と思う気持ちが芽生える予感はみじんもない。

だからこそ、働き盛りのディレクターだった先輩、綾乃が結婚して旦那さん(石崎シェフ)に料理を用意して待っている、というのも信じられない。そのくらいテレビ番組を作るという現場は慌ただしく過ぎ去っていくのだった。

自分にも、もしも相手がいてくれるとしたら、年上がいいだろうな、と漠然と智香は思った。1つか2つよりも、もうちょっと年上がいいかな。
でも、自分がもう28歳だから、35歳までだろうな。あんまり年上すぎると話題が合わない気がするし、頼りがいはあってほしいけど、支配されたくはない。
そうなると、32か33歳くらい。きちんと自分の仕事ができる人で、頼れて、甘やかしてくれて、おいしいごはんを作ってくれる人!

…そんなちょうどいい人がいるわけない、か。

自分の想像に自分でツッコミを入れて、智香はもはや達観したような顔つきになる。

「あの、もう一杯、いかがですか?」

コン・ブリオの真っ白い天井を仰いでいた智香に声をかけたのは、コン・ブリオで最も若いホールスタッフの圭太だった。

「うん、もう大丈夫。おなかいっぱい!ごちそうさま!」

智香は笑顔で圭太の申し出を断った。
早めに撮影を終えて、テレビ局に戻って編集を終えてしまいたかったのだ。

寿退社した先輩(綾乃のこと)の穴を埋めるようにディレクターに昇格した智香は、今までよりもずっと仕事に邁進している。責任も増えたけれど、自分で主体的に動けることも増えた。大変だけど楽しい。そんなありきたりな言葉がよく合う。ディレクターとしては半人前なため周囲に助けてもらうことも多いけれど、未完成という言葉は悪くない。完成まで、楽しみな気持ちを持ち続けられると思うから。

鼻歌を歌いながらノートパソコンを立ち上げる智香の斜め後ろで、一人の青年が肩を落としている。
さらにその青年の後ろで笹井マネージャーと石崎シェフが、温かくもどこか楽しそうに眺めているのだった。