未完成のティラミス

台風シーズンが過ぎ去って、紅葉を楽しんだのもつかの間。都内の特別な果物屋だけでなく、その辺のスーパーマーケットにもクリスマスに向けてイチゴが出回るようになった頃。

早くもバレンタイン企画についての打ち合わせで、智香はコン・ブリオを訪れることになっていた。
先日のお詫びもしたくて、わずかではあるが手土産を持参して、ドアの前に立った瞬間、笹井マネージャーがいつもと変わらない笑顔でドアを開けてくれて、お待ちしておりましたと言う。

「いつぞやはすみません、なかなかお詫びに来れずで。」

そう言って紙袋からお菓子の入った箱を取り出す。

「こちらこそ忘れ物に気づかずで失礼しました。内田君が頑張ったようですが」
「あ、そうなんです。それで、大事な準備の時間に圭太君が抜けることになってご迷惑をおかけしてしまって」
「それは全く問題ないです。結果はどうあれ、これは頑張った内田君にあげてください」

笹井マネージャーが、どこか含みのある笑顔、言ってしまえばにやにやした顔を見せて、渡したはずのお菓子の箱を智香に押し付ける。
智香が一番お礼を言いたい人が誰なのかを、笹井マネージャーはよくわかっているのだ。

ワインセラーのところに、と案内されると、一人ワインボトルを確認してはメモを取る内田圭太がいた。
しゃがんだり、立ち上がったり、頭をかいたり、時折険しい顔を見せたかと思うとまた違うワインのボトルを手に取る。在庫をチェックしているのかもしれないし、ソムリエの勉強をしていると言っていたから、今夜のディナーコースで提案するワインを探しているのかもしれない。

どのタイミングで声をかけようかと智香が迷っていると、何かの拍子に圭太が振り向いた。

「わあ!智香さん!こんにちは!来ていたんですね!」

智香にいつから自分の姿を見られていたのか、と思っているのか少し動揺した様子だ。それはあの大雨の日に自分の忘れ物を届けに来てくれた、凛々しい男の顔とは違う、いつものコン・ブリオの最年少スタッフの見慣れた顔だった。

「この後、打ち合わせなんですよね!石崎シェフを呼んできますので…」
「これ!」

席に案内しようとする圭太に、智香がお菓子の箱を差し出した。

「この間、ごめんなさい。そして本当にありがとう。あんな大事なものを忘れるなんて、私はほんと未熟。でも努力していくので、これからもお力添え、よろしくお願いします!このお菓子はみなさんで食べてね」

そう言って、圭太にお菓子の箱を半ば押し付けるように渡すと、智香は事務室の方に小走りで向かった。
ミスをしたことは消えない。でもごめんなさいとありがとうを言えた。あとはまた前向きにやっていくしかない。未完成なまま、走るのみだ。