レディ・クロックの夏休み〜働き者の令嬢は、婚約破棄により「お休み」いたします?!〜

イーサンから提案された、キャンベル家での休暇。

「これ以上貴方たちの手を煩わせるのは嫌」

即座にアナベルは断った。遊びに誘ってもらったのは嬉しいが、夏休みの準備で忙しくしている期間に手間と迷惑をかけたくなかったのだ。

すると翌日、キャンベル夫妻からも、両親を通して改めて誘われたのだった。「1泊だけでも是非休みに来てほしい」「のんびり、かつ楽しめる休暇を一緒に過ごさないか」と。

「皆様がこれだけおっしゃってくださるんだ。今回は甘えさせてもらったらどうかな」

「きっと、有意義な時間を過ごせるんじゃないかしら」

キャンベル家に、2度も声をかけてもらったのだ。むしろ断る方が失礼にあたる。
アナベルは1泊2日の『キャンベル家でのお泊まり』を受けることにした。

実のところ、アナベルがイーサンからの誘いを断った1番の理由は、他の家への宿泊の経験がなかったからである。昔から『お泊まり』には密かに憧れていたが、忙しさにかまけて友人宅にも泊まったことはなく、ロベールと婚約をしていた時でさえ必ず屋敷に帰宅していた。
いざ決まれば、急に心細くなる。
粗相をしないか、迷惑をかけないか、そればかり考えてしまう。アナベルは不安をどうにか払拭しようにも落ち着けず、とにかくメイドに混じって荷物を準備し、意識を逸らすのであった。


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キャンベル侯爵家は、実に、実に変わった貴族だと有名だ。そこらの草原を呑気に跳ねる、ウサギとて知っているほど。

王都の近く、北西国境に領地を持つ大貴族。
苗字を持たぬ平民であった青年とその妻を、初代国王は引き立て侯爵の爵位を与えた。貴族のほとんどが、武功による恩賞で爵位と領地を与えられた中、大した戦果を上げた記録がないにも関わらず、領地と侯爵の地位を与えられた稀有な貴族。

しかし一族はせっかく与えられた権力や繁栄にも興味ない。
「ささやかな幸せが続けば良いねぇ」など貴族らしくない考えを持って生きている家族の絆は、義理であろうと非常に強固だ。
忠誠心と多様性に富んだ使用人を抱え、特に近年では料理人の質は他の追随を許さず、「修行させて欲しい」と頭を下げる者が後を絶たない。

仕事の幅も非常に広く、領地の経営・統治だけでなく、代々家族のそれぞれ好みで様々な事業を立ち上げている。今は玩具会社と製造業が主であり、旅行事業や美容業界、医療や流通の一部にも参入し、他にも夢を持つ人々の支援や出資、慈善活動も活発だ。また王が困った際には必ず声が掛かるほど、その頭脳と能力を買われている”国の万屋”だ。

武力は好まないが、領地で働く騎士は非常に優れており、頭脳と力が共に優れた騎士のみにか入団できない王立騎士団とも引けを取らないとの噂である。また隔世遺伝であるが魔法の才覚もあり、何人か魔術師として活躍した。

そんなキャンベル家族の彼らの活動拠点は、3箇所ある。
領地のメインハウス。王都のセカンドハウス。保養地区のサイドハウス。
侯爵となった当主はセカンドハウスで暮らして事業に精を出し、領地には当主の座を譲った先代たちが暮らして領地運営している。今は長期休暇の間にしか使われない、保養地区屋敷も大層広いことから、その財力は相当なものだと窺い知れる。

アナベルが泊まるのは、王都のセカンドハウス・ジュ。
現侯爵であるデービッドと、彼の妻レティシア、そして1人息子のイーサンが、使用人たちと大変賑やかに暮らしている。



一族の気質を受け継ぎ、侯爵夫妻の1人息子であるイーサンも、特別大らかな性格をしている。
横柄でも傲慢でも、威圧的でも、他人と競う概念もない。
基本大人びた印象を持たれるが、少しばかり認識が甘い時や、稀に天然な発言もする年相応の反応をみせることもある。
柔和な人柄はそれは堅実に、周囲の信頼を獲得した彼は、学内だけでなく異なる業種、幅広い年代と付き合いがある。『紳士の中の紳士』ーー1部からは、真っ黒な服とノッポでありながら存在の薄いことから”幽霊子息”なんて揶揄われてもいるがーと親しまれている。その友人達に描き方を教えてもらったと絵も上手で、手先が器用で物作りも非常に得意だ。

学園では生徒会の書記を務め、学外では母親の支援活動の手伝いや教会のボランティア、また父親の仕事の1つである美容事業で小さいがオリジナルのブランドを任されている。

家族に愛されてきた子供の最大の不幸は、体がひどく弱いこと。原因不明の虚弱体質は、幼い頃、彼を死の淵まで追い詰めた。
幸運にも生還を果たした子供は、その後色んな大切な気づきを得て、学び経験し、育っている。
今は父親の背も越し、滅多なことでは倒れなくなった。

『私は死神の手を取ったことがあるんだ。意外と普通の手だったよ』

なんて笑うのが次期キャンベル侯爵、アナベルの信頼する青年だ。




明日に備えて、早めに就寝したアナベルは思案する。
10歳から付き合いがあっても、友人家族がどんな休暇を過ごしているかまでは、思い出話の一端として少し知るばかり。
彼らの言う『のんびり、かつ楽しめる休暇』とは一体どんなものか。どんな休みが待っているのか。

想像しようにも、アナベルには経験がないために浮かびもしなかった。


ゴクリ。
アナベルはベッドの中で固唾を飲み込んだ。