夏休みも二十六日目だ。
今夜は、レティシアが保養地区で暮らしていた頃に所属していた、保養地区婦 人会の元会長からの招待を受けてパーティーへと出席する。
お気に入りのブローチも目立つよう、ドレスの胸元に付けたアナベル。毎晩の奮闘の結果、どうにか恋愛指南書に書かれていたテクニックも覚えた彼女は今夜こそ、自らイーサンとの仲をアピールしようと意気込んでいた。
パーティーはカジュアルスタイルで、主催者である伯爵夫人の関係者のみが招待される夜会だ。細やかな招待客には女性が多く、夏の鮮やかさを表したように豪華な衣装やメイクで会場は華やかだ。
と、アナベルが周囲を観察できたのも一瞬。
即座に招待客や主催者である淑女たちに囲まれてしまった。
「ようやく会えましたわ」
「今夜を待ち望んでいましたのよ?」
「さあさあ、こちらでお話ししましょう?たっぷりと、ね」
レティシアからアナベル語りを聞かされ、風の噂でベルナルド家でのアナベルの献身を耳にした彼女たちは本人から話を聞けることをとても楽しみにしていた。
あっという間にイーサンと引き離され、アナベルは輪の中心に立たされる。
さっとレティシアが寄り添ったため、話題を引き出し、時に話の展開を変えながら、アナベルが会話に混じりやすいよう場を整えていく。彼女の隣で、アナベルも積極的に話に加わる。これから付き合っていく彼女たちをよく知りたいからだ。
素直に話を聞き、反応を示すアナベルの態度に好感を持った婦人たちとの会話はますます弾み、盛り上がりを見せていた。
さて、輪から外されたイーサンとデービッド。二人の様子を伺いながら、取り残された男性招待客と、夏を祝うのであった。
二時間後。一旦婦人たちの興味を満たしたアナベルは解放された。イーサンを探せば、離れた場所で来場客と話をしている。会話を遮ってしまうのは気が引け、また少し落ち着こうとアナベルは廊下に出て、会場から少し離れた椅子に腰をかける。
ほんの少し、五分だけ休憩だ。
すると後ろから会話が耳に入ってきた。どちらも野太い男性の声。
「いや噂は本当だったな。まさか幽霊子息が婚約とは」
「相手はあのベルナルド家次男の元婚約者だろ? 予定びっしりミス・クロック。物好きな」
紳士たちはアナベルの存在に気がついていない。彼らの関心のままに展開される話題に、アナベルはいっそ安心した。むしろこれが普通である。イーサンとの婚約を好意的に受け入れてくれるのは嬉しいが、アナベルについてまで評価が高いのがいただけない。レティシアやイーサンが言うほど大した人間でないのだ。
「他にも条件の良い令嬢や未亡人はいただろうに」
「それこそビジュー嬢とって話が出てたからな」
「ならうちも話を持っていけば良かったなぁ」
ははははは。野太い声が少し反響する。彼らは笑いながら歩き去った。
(え?)
アナベルの脳内で、紳士たちの会話が反芻される。
(イーサンに婚約の話があったってこと?)
イーサンから聞いたことは一度もない。思えば、かつて婚約者や恋人はいないのかと聞いたことはあったが、アプローチされたことがあるかまでは聞いたことがなかった。しかしそんな話が上がってもおかしくはない。むしろ普通のこと。
ビジュー。アナベルは記憶を辿る。レティシアの友人である夫人の一人娘、数日後に茶話会で会うことになっている令嬢と同じ名前だ。
ぐるぐると視界は歪む。
「アナベルー? アナベル?」
小さな声で自分を呼ぶ声が聞こえ、アナベルは勢いよく立ち上がるとイーサンの元へと足早に歩み寄る。
「ごめんなさい。少し休んでいたわ」
「すごい圧だったからね。大丈夫? もう少し休むかい?」
「いえ、問題ないわ。戻りましょう」
イーサンの腕を引き、ホールに戻る。
今度こそイーサンとの仲をアピールしなければ。それが必要なことだ。彼のためにも、今後のためにも。
(集中しなさい、アナベル・バーンズ)
先程の会話が忘れられない。
粗相はしていないか。場違いな発言で困らせていないか。表情は崩れていないか。
自分が気になる。じっとりと汗が流れていく感覚が気持ち悪い。
それでも自分は今は逃げてはいけない。
私はアナベル・バーンズ。イーサン・キャンベルの婚約者。
周囲の様子は変わりない。喉の動く音も、扇のはためきも、浮かべている笑みも先程と同じ。
(大丈夫よ。大丈夫、大丈夫、大丈夫)
何度も己に言い聞かせながら、アナベルは華やかな時間を過ごすのであった。
今夜は、レティシアが保養地区で暮らしていた頃に所属していた、保養地区婦 人会の元会長からの招待を受けてパーティーへと出席する。
お気に入りのブローチも目立つよう、ドレスの胸元に付けたアナベル。毎晩の奮闘の結果、どうにか恋愛指南書に書かれていたテクニックも覚えた彼女は今夜こそ、自らイーサンとの仲をアピールしようと意気込んでいた。
パーティーはカジュアルスタイルで、主催者である伯爵夫人の関係者のみが招待される夜会だ。細やかな招待客には女性が多く、夏の鮮やかさを表したように豪華な衣装やメイクで会場は華やかだ。
と、アナベルが周囲を観察できたのも一瞬。
即座に招待客や主催者である淑女たちに囲まれてしまった。
「ようやく会えましたわ」
「今夜を待ち望んでいましたのよ?」
「さあさあ、こちらでお話ししましょう?たっぷりと、ね」
レティシアからアナベル語りを聞かされ、風の噂でベルナルド家でのアナベルの献身を耳にした彼女たちは本人から話を聞けることをとても楽しみにしていた。
あっという間にイーサンと引き離され、アナベルは輪の中心に立たされる。
さっとレティシアが寄り添ったため、話題を引き出し、時に話の展開を変えながら、アナベルが会話に混じりやすいよう場を整えていく。彼女の隣で、アナベルも積極的に話に加わる。これから付き合っていく彼女たちをよく知りたいからだ。
素直に話を聞き、反応を示すアナベルの態度に好感を持った婦人たちとの会話はますます弾み、盛り上がりを見せていた。
さて、輪から外されたイーサンとデービッド。二人の様子を伺いながら、取り残された男性招待客と、夏を祝うのであった。
二時間後。一旦婦人たちの興味を満たしたアナベルは解放された。イーサンを探せば、離れた場所で来場客と話をしている。会話を遮ってしまうのは気が引け、また少し落ち着こうとアナベルは廊下に出て、会場から少し離れた椅子に腰をかける。
ほんの少し、五分だけ休憩だ。
すると後ろから会話が耳に入ってきた。どちらも野太い男性の声。
「いや噂は本当だったな。まさか幽霊子息が婚約とは」
「相手はあのベルナルド家次男の元婚約者だろ? 予定びっしりミス・クロック。物好きな」
紳士たちはアナベルの存在に気がついていない。彼らの関心のままに展開される話題に、アナベルはいっそ安心した。むしろこれが普通である。イーサンとの婚約を好意的に受け入れてくれるのは嬉しいが、アナベルについてまで評価が高いのがいただけない。レティシアやイーサンが言うほど大した人間でないのだ。
「他にも条件の良い令嬢や未亡人はいただろうに」
「それこそビジュー嬢とって話が出てたからな」
「ならうちも話を持っていけば良かったなぁ」
ははははは。野太い声が少し反響する。彼らは笑いながら歩き去った。
(え?)
アナベルの脳内で、紳士たちの会話が反芻される。
(イーサンに婚約の話があったってこと?)
イーサンから聞いたことは一度もない。思えば、かつて婚約者や恋人はいないのかと聞いたことはあったが、アプローチされたことがあるかまでは聞いたことがなかった。しかしそんな話が上がってもおかしくはない。むしろ普通のこと。
ビジュー。アナベルは記憶を辿る。レティシアの友人である夫人の一人娘、数日後に茶話会で会うことになっている令嬢と同じ名前だ。
ぐるぐると視界は歪む。
「アナベルー? アナベル?」
小さな声で自分を呼ぶ声が聞こえ、アナベルは勢いよく立ち上がるとイーサンの元へと足早に歩み寄る。
「ごめんなさい。少し休んでいたわ」
「すごい圧だったからね。大丈夫? もう少し休むかい?」
「いえ、問題ないわ。戻りましょう」
イーサンの腕を引き、ホールに戻る。
今度こそイーサンとの仲をアピールしなければ。それが必要なことだ。彼のためにも、今後のためにも。
(集中しなさい、アナベル・バーンズ)
先程の会話が忘れられない。
粗相はしていないか。場違いな発言で困らせていないか。表情は崩れていないか。
自分が気になる。じっとりと汗が流れていく感覚が気持ち悪い。
それでも自分は今は逃げてはいけない。
私はアナベル・バーンズ。イーサン・キャンベルの婚約者。
周囲の様子は変わりない。喉の動く音も、扇のはためきも、浮かべている笑みも先程と同じ。
(大丈夫よ。大丈夫、大丈夫、大丈夫)
何度も己に言い聞かせながら、アナベルは華やかな時間を過ごすのであった。

