レディ・クロックの夏休み〜働き者の令嬢は、婚約破棄により「お休み」いたします?!〜

 ガタゴト。馬車に揺られて。
 アナベル、イーサン、イーサンの父デービッド、そしてナルシスは仕事場から街へ向かう最中だ。目的はデービットの愛妻、レティシアへ贈る誕生日プレゼント選び。
「毎年悩むんだよ。どんな物を贈っても喜ぶから……」
 眉を顰めるデービッドは、深刻に悩んでいる。婚約を結ぶ前から、彼はレティシアにはプレゼントを贈ったが、時に周囲に絶句される物ですら、彼女は笑顔で受け取ってきた。
『私を想って贈ってくれるのだから嬉しいわ!』
 輝かしい笑顔で言われれば、冷や汗でびしょびしょに濡れてきた服も報われる。だが最愛の人に、正しく必要とされるものを贈りたい。
 デービッド・キャンベルの、長年の大きな悩み。絶対に解決しない問題だ。
「父さんから惚気を聞かされるとは思わなかったな……」 
 しかしそれは本人にとって、で。話を聞かされる若者らには、甘い惚気と変わりない。
 照れ臭そうにイーサンが呟く横で、アナベルもほんのり頬を赤く染めていた。夫妻は日頃から大変仲が良いことは重々知っていたが、愛情表現はレティシアの方が強かった。日頃あまり語らないデービッドから、直接彼女への想いを聞くと不思議とイケナイ話を聞いている気分になる。
 アナベルとイーサンは、すでにレティシアの誕生日プレゼントは用意している。夏休み前に二人で街を巡った際に、一緒に見て回ったのだ。イーサンはヘアブラシを、アナベルは御用達のヘアケアオイルを贈る。
「買うものは決まっているんだ。後はデザインを一緒に見て欲しくてね。夫には言わない趣味とか好みがあるだろうから」
 彼曰く、レティシアは自分だけが欲しいものは、見るだけで満足して買わない癖がある。大体家か使用人、友達関連の、他人のためのものを買って満足してしまうのだ。
「『自分のしたいこと押し付けて勝手に楽しんでるわ!』と言ってはいるけど」
 もっと散財し尽くして貰いたい。そんな想いもあり、その為に散々金を稼いでいるのに。
 デービッドの発言に、若い2人は感心していると、デービッドは息子に厳しい目線を向ける。
 
「お前も片脚突っ込んでいるからな」
「はい?」
 デービッドはアナベルに目を向けた。
「アナベルも気にせず、イーサンにおねだりなさい」
「え、あ! そうだよアナベルも、全然言っていいからね」
「いえ! 私は特に、ありませんから」
 アナベルは手を振った。特別ハマっているものも、好きなものもない。必要な物以外は無くても生きていけるし、毎日美味しいものを食べさせて貰っているだけで十二分に幸せだ。
 強いて言うなら。もしまた好きな作家の劇や新作が出たら嗜みたい程度。
 そんな欲を隠してアナベルが必死に否定する様に、イーサンはひっそり下唇を噛む。今後何かを贈りたくても断られる恐れが出てきたからだ。全てを、不要な物まで用意したい訳では無いがこれまで絶対に喜びそうだと思いながらも見送ってきたアレコレがある。隣で過ごせる権利を得たのだから、彼女の喜ぶ笑顔を見たい。
(けど困らせたくないし)
 贈り続ければ、アナベルは優しく受け取ってくれるだろう。嫌なものもいつしか当たり前に受け入れてしまう。それは良好な関係では無い。むむむ。
「将来父さんと一緒に頭抱えような」
 父親に肩を叩かれ、イーサンは不安に口角を震わせる。
 丁度馬車は目的地である、レティシアが愛してやまないブランド店に到着した。
 四人を迎えた店員に品物の要望を伝える。
「髪飾りと帽子を送りたくてね。それに彼女と私の瞳の色の宝石を添えたくて」
 レティシアから届く近況報告の中でも、アナベルがイーサンの瞳の色のブローチを買ったことについては、手を離しても自立して立つほど厚い手紙がデービッドの元に届いた。美しく、感動したのかがよく分かるほど、綴られる言葉も一層素敵に綴られていた。
 文面から夏の暑さを諸共しない妻の姿が浮かんだ。デービッドはふと、最近そういった物は贈っていない。彼女が感動を何度も伝えてくる代物。これは贈る品にはぴったりだと、デービッドは思い至ったのだ。
「アナベルのアイデアを貰ってしまうのだけど…。いいかな?」
「とても素敵です。すごく喜ばれると思います。絶対に」
「それなら父さんも身につけた方がもっと喜ぶよ。お揃いの髪飾りを胸飾りに使う、とか」
「素晴らしいアイデアね」
「二人が推すなら間違いない。よし、それでいこう」
 店員に流行りのものから定番まで一式並べてもらい、レティシアに似合うデザインを選ぶ。
 好み、話題性、使うシーン、使い勝手など。ナルシスの意見も取り入れながら、検証し選び抜く。デービッドが選んだのは様々な夏の花束に大きなリボンのモチーフ髪飾りと、真っ白なつばの広い帽子。
「母さんの好きな花をモチーフにしているのでしょうか」
 レティシアは可愛らしいデザインも大好きだ。しかし年を取るにつれ、周囲を気にして買うのをためらってしまうと話していたからだ。
 今回は可愛らしさを重視しつつ、品の良いデザインを選ぶ。
「どのモチーフを身に付けてても似合うのにね」
 四十歳を越しても若々しい妻を思い浮かべるデービッド。吊り上がり気味の目元を気にしてメイクや髪型、持ち物に工夫を凝らしてきた。長年の努力の甲斐あって、可愛らしいデザインもシックなデザインも着こなせるセンスを持ち合わせているのだから周りを気にせず楽しめば良い。デービッドはしみじみと呟く。
 その言葉に、隣に座るアナベルとイーサンは再び顔を赤く染めた。
 最後にブローチに刻む言葉や宝石を選ぶ。刻印や宝石の取り付けで完成には少し時間がかかるが、翌月末に控えるレティシアの誕生日には、十分間に合う。
「ありがとう。おかげで素晴らしいプレゼントを贈れるよ」
 顔を綻ばせるデービット。ふとイーサンの笑顔と重なって見えた。
「カフェで休みを取ろうか」
 無事に誕生日プレゼントを選んだ一行は、ナルシスの案内で休憩できる店へ移動する。デービッド行きつけの店であり、アンティーク調の家具でまとめられ、蓄音機からクラシック音楽が流れる。コーヒーやスイーツを嗜み、各々優雅に過ごす紳士淑女の姿。外の暑さも忘れる空間だ。
 四人は夏季限定の飲み物やスイーツでゆっくりとした時間を過ごす。
「アナベルは祖父君から手紙が届いたりしているかい?」
 急にアナベルはヘンリーの行方をデービッドに問われる。アナベルは「いえ……一切」と戸惑いながら返答する。
「そうか」
 聞いてきた割デービッドは残念そうでない。アナベルは心の中で首を捻る。一体何があると言うのか。しかしデービッドはそれ以上は語らなかった。
 久しぶりに聞こえる王城からの鐘は十六時を告げた。
 持ち帰り用のお菓子などを購入し、迎えの馬車でまずは王都の屋敷へ。使用人たちにー王都屋敷の使用人とはアナベルは久しぶりに顔を合わせた。彼らからたっぷりと婚約について言葉を贈られたーお菓子を渡して、今度こそ保養地区へ。デービッドとナルシスも、今夜はアナベルたちと共にサイドハウス・ノアで過ごすのだ。

✴︎

 高い建物が消え、森林へ。次第に木々が鬱蒼と繁り、木々が溜め込む水が辺りを冷やす。月光が差し込む薄暗い森の中を馬車は軽快な音を立て、暗闇を走り去る。
 サイドハウス・ノアに着く頃にはとっぷり日が暮れていた。
 遅い帰りに心配していたレティシアは、アナベルとイーサンの姿にほっと息をついた。そして子供たちの後ろに夫の姿を認めた途端、弾け飛んだビー玉のようにデービッドの元へと駆け寄った。
「来るなら連絡くれれば良いのに! 明日の夜だと思ってたわ。ナルシスもお疲れ様」
「ありがとうございます。レティシア様」
「驚かせたくてね。これお土産」
「もう! 意地悪な人ね。お夕食足らなくても知らないんだから」
 ナルシスと料理人たちの抜かりない連携で、きちんとデービッドの分も用意された夕食。夏休みに入ってから、初めて四人での食事は話題が尽きなかった。レティシアはこまめにデービッドに手紙を送っていたため、彼はこれまでの夏休み中の予定は全て把握していた。
 が、詳細までは知らせていなかったようだ。
ーー聞きたければサイドハウス・ノアに早く来なさい!
「って毎回締め括られていたからね。今夜ようやく聞けて嬉しいよ」
「だってこう言う話は直接話した方が楽しいじゃない」
 むくれるレティシアをデービッドが宥めるも、彼女は眉を下げる。
「明後日の朝には中央に戻るのでしょう?」
 妻が唇を尖らせるため、デービッドは身体を揺らしーー彼が心から困った時に出る仕草だ。何回かアナベルも遭遇したことがあるーー妻に笑顔になってもらおうと言葉を尽くす。
「もう少しだから。あと四日だけ。そしたらゆっくり過ごせるから」
「ほんと? 急に予定が入らない?」
「入らない、入れない」
 夫妻の毎夏のやり取りに、イーサンやキャンベル家使用人たちは慣れ切ったもの。時折フォローを入れながらも、夫妻を優しく見守っている。
(夫妻は本当に熱烈ね)
 目の前で繰り広げられる熱に、アナベルはのぼせそうであった。脳信号がエラーを起こし食事が全て甘く感じる。
 ロベールについてイーサンに相談していた時、彼は度々愕然とした感情を滲ませていたが当然だ。浮気など非現実である。さぞかしイーサンは不可思議だったに違いない。
 ベルナルド侯爵夫妻は、お互いが独立していた。報告はするも干渉しない。一緒に動く時は公の場か、半年に一度にある一族のみの集まり。双方のテリトリーの境界を侵さない生活を送っていた。
 キャンベル家が炎なら、ベルナルド家は岩。
(夫婦像がこんなにも違うなんて)
 永い歴史、世界中で今でも多くの人々が頭を悩ませている訳である。
「あ、そうだ! ねぇアナベル。前に夏は私の友達と会ってるって話したでしょう?彼女から急に連絡が来て『数日中に会いたい』って。いいかしら?」
 ふいにレティシアが声を上げた。昼間、彼女の親友から速達が届き、是非数日中にアナベルやイーサン、彼女の娘であるビジューも含め会いたい、と書かれていたと言う。彼女たちとはいつもデービッドや彼女の夫も含め、夏休み終盤に会っていたのだが、今回は早く会いたいらしい。
 昔からレティシアの親友について、アナベルはその思い出話を聞いていた。2人で夜会を抜け出し馬車の中でお菓子を広げたり、お揃いのメイクで学校に通ったりととても仲の良い話を山ほど聞いてきた。娘のビジューについても、元気が有り余る素晴らしく明るい令嬢だと様々な武勇伝を聞いている。
「もちろんです。お会いできるのが楽しみです」
「やったわ! ようやくベアトリスにアナベルを紹介できる! 後で早速返信を書かないと」
 頬を膨らませていた空気もどこかに去り、ルンルンと音符を飛ばすレティシア。上機嫌に頬を赤く染めた様子は、ピクニックを楽しみにする少女のよう。先程から数十歳若返ったような明るさに、アナベルは目を細める。隣に座るデービッドは優しい眼差しであった。
(お父様とお母様はお元気かしら)
 思い返される両親の顔。今頃は仕事も終え、同じように夕食を摂っているだろうか。それとも食事を終え、二人でゆっくりと過ごしているだろうか。
実家で妹たちと過ごす家族に、思いを馳せるアナベルであった。