おはよう、そしてこんにちは。
普段よりも遅く、10時半に起きたアナベルとイーサン。
お寝坊な2人は、今ようやく朝ごはんを食べている。
劇の話を聞いていたアイザックたちが、2人が仲良くなったきっかけの絵本に出てくる食事をモーニングプレートで用意してくれた。これぞ仕事人。夢を見せながら、主人の願いも叶える手腕に舌を巻く。
お陰で睡眠時間は6時間ーー日頃8時間近く寝ている2人にとって当然足りていないーーのうっすらと隈が浮かぶアナベルたちの、昨晩から収まらない興奮はますます元気が溢れる。
珍獣と遭遇した冒険者のような表情を浮かべるポーラは、食後の温かなハーブティーを淹れている。ふわりと蜂蜜の香りが漂う、ノンカフェインの紅茶。美しい水色を口に含めば、柔らかな蜜と花の甘い香りの中に柑橘系の爽やかさが鼻から肺へと抜け、体を満たす。
いかに劇が素晴らしいものかを熱く語れば、眉間にシワを寄せながらポーラは聞いているかいないか分からない頷きを繰り返す。
「でしたら近くの図書館に、原作者の翻訳前の本がございますよ?行ってみればいいのではないですか?」
「そうだ、そうだよアナベル!図書館に行こう!」
すっかり失念していたと、イーサンは勢いよく立ち上がった。
この調子ではどうせ課題なんて集中できない。ならとことん浸り、脳を存分に溶かすのも一興だ。
ポーラの提案に、ファンの若人らは再び熱が上がる。
「えぇ、そうしましょう」
こうしてもう1日、物語の世界に耽ることになった。
サイドハウス・ノアから歩いて40分ほど、林道を歩いた先に、真っ白な漆喰の壁と木材で建てられた図書館がある。領主管轄の図書館は、あらゆる種族と言語の書物が保管されているのが特徴だ。
また、大噴火によりほとんど消失されたと言われている第二次大陸移動前の書籍も一部保管、保全されている。状態が良いものは閲覧が可能だが、借りることはできない大陸でも最重要書籍だ。そのため国一の蔵書量を誇る王立図書館にも負けていない。と、付き添うポーラが道すがら、2人に観光雑誌に載る紹介文を聞かせたのだ。この図書館は、幼少期屋敷にこもりがちのイーサンの暇つぶし用の本を用意するのにも役に立ってくれた。今は時間がある時に、ポーラがよく通っている。有り余る活力の発散にも、この道はいい運動になるそうだ。屋敷の管理を一任されて、やる仕事も多いはずだが。この老メイドは、相当長生きするに違いない。
木漏れ日が散る道を歩くのは気持ちが良い。土と日差しの熱の香りに包まれながら、3人はのんびりと散歩しながら、図書館へ向かう。
「この本だわ」
司書に教えてもらった棚から、アナベルは1冊を引っ張り出す。
紺を煮詰めた深い色合いの布に、凹凸でタイトルや絵が押されている装丁だ。西方の国の言葉で綴られているが、本を開けば見覚えのある挿絵が現れた。
間違いない。これが原本だ。
一目でその作品だと分からないような装丁にされているあたり、作者の性格が滲んでいる。アナベルは思わずくすりと笑った。
辞書も相棒に読解を進める。国の言葉で綴られた、また大陸語での物語は脳に刻まれている。1単語、1文を思い返し、辞書と単語を擦り合わせれば思いの外読むことができた。辞書と単語を擦り合わせながら、イーサンと翻訳との差異について議論を交わす。
ポーラが持ってきてくれた、西方の国々の旅行雑誌や、巻末記載の参考書籍にも目を通す。
彼の世界を創る元を探す冒険家になった気分だ。大好きな作品に沼れる、アナベルにとっては非常に興味深い時間を過ごすことができた。
「確か…全て同じ翻訳家さんが担っているんだよね」
「えぇ。先生が『彼女が生きているうちは、他は認めない』と。ただその方も、お名前以外は公表はされていないみたいなの」
出身、年齢、容姿など詳細不詳の作者であるが、数少ない情報の中でもファンにとっては有名な話だ。
ドワーフやエルフ、巨人なども話せる異種言語にも長けた翻訳家。彼の表現したい言葉を、巧みに他の言語へと変貌させる。その手腕にいたく感銘を受け、彼女の寿命が尽きるまでは、他の翻訳家には絶対仕事は任せることはしない、そう主張していた。強い発言が掲載され、雑誌社へは苦情の手紙が膨大に届いた、なんて嘘か本当かは不明である。
その翻訳家も、名はカイア。おそらく高齢だ、と真偽不明の情報しか出回っていない。
「色んな方がいるなぁ」
「そうね」
とはいえ。アナベルは「時計の令嬢」、イーサンも「幽霊子息」などと呼ばれている身。他の人を変わっているなどと言える立場ではない。
世界は広い。その歴史も永く、幾重にも重ねられて。今も面白おかしい生き物たちで、この星に言葉が紡がれている。
ふと、彼女が目を向けた先には、ポスターが貼られていた。保養地区と周辺地域の観光スポットの広告だ。
貴重な撮影機材での撮影、巨大な印刷機で印刷されたそれらの中で、1番心が引かれたのは、光り輝く花々が一面に咲き誇っている景色。ありきたりの表現であろうと、黄色と白の絨毯のようだ。
「きれい」
王都では基本、建造物が密に、整頓されている。公園や広場に草木が植えられていても、一体が花で満ちている景色は見ることが出来ない。
彼女の呟きに、イーサンもポーラもポスターへと目を向ける。隣の区で有名な、花畑。
「…見て、みたい?」
伺う言葉に、アナベルはゆっくりと首を縦に振る。
それはそうだ。誰だって、この絵を見れば誰でも思う。例え印刷された紙媒体が本物に敵わなくとも。この広告の中には、魅力が詰められている。魅せられてしまったら、望んでしまう。
「そうね。いつか見てみたいわ」
強く思っていても、叶えらないことの方が多い。アナベルは諦めたわけでないが、現実的ではない。
そんなすぐに行ける訳がない。
「なら見に行く?」
「え?」
普段よりも遅く、10時半に起きたアナベルとイーサン。
お寝坊な2人は、今ようやく朝ごはんを食べている。
劇の話を聞いていたアイザックたちが、2人が仲良くなったきっかけの絵本に出てくる食事をモーニングプレートで用意してくれた。これぞ仕事人。夢を見せながら、主人の願いも叶える手腕に舌を巻く。
お陰で睡眠時間は6時間ーー日頃8時間近く寝ている2人にとって当然足りていないーーのうっすらと隈が浮かぶアナベルたちの、昨晩から収まらない興奮はますます元気が溢れる。
珍獣と遭遇した冒険者のような表情を浮かべるポーラは、食後の温かなハーブティーを淹れている。ふわりと蜂蜜の香りが漂う、ノンカフェインの紅茶。美しい水色を口に含めば、柔らかな蜜と花の甘い香りの中に柑橘系の爽やかさが鼻から肺へと抜け、体を満たす。
いかに劇が素晴らしいものかを熱く語れば、眉間にシワを寄せながらポーラは聞いているかいないか分からない頷きを繰り返す。
「でしたら近くの図書館に、原作者の翻訳前の本がございますよ?行ってみればいいのではないですか?」
「そうだ、そうだよアナベル!図書館に行こう!」
すっかり失念していたと、イーサンは勢いよく立ち上がった。
この調子ではどうせ課題なんて集中できない。ならとことん浸り、脳を存分に溶かすのも一興だ。
ポーラの提案に、ファンの若人らは再び熱が上がる。
「えぇ、そうしましょう」
こうしてもう1日、物語の世界に耽ることになった。
サイドハウス・ノアから歩いて40分ほど、林道を歩いた先に、真っ白な漆喰の壁と木材で建てられた図書館がある。領主管轄の図書館は、あらゆる種族と言語の書物が保管されているのが特徴だ。
また、大噴火によりほとんど消失されたと言われている第二次大陸移動前の書籍も一部保管、保全されている。状態が良いものは閲覧が可能だが、借りることはできない大陸でも最重要書籍だ。そのため国一の蔵書量を誇る王立図書館にも負けていない。と、付き添うポーラが道すがら、2人に観光雑誌に載る紹介文を聞かせたのだ。この図書館は、幼少期屋敷にこもりがちのイーサンの暇つぶし用の本を用意するのにも役に立ってくれた。今は時間がある時に、ポーラがよく通っている。有り余る活力の発散にも、この道はいい運動になるそうだ。屋敷の管理を一任されて、やる仕事も多いはずだが。この老メイドは、相当長生きするに違いない。
木漏れ日が散る道を歩くのは気持ちが良い。土と日差しの熱の香りに包まれながら、3人はのんびりと散歩しながら、図書館へ向かう。
「この本だわ」
司書に教えてもらった棚から、アナベルは1冊を引っ張り出す。
紺を煮詰めた深い色合いの布に、凹凸でタイトルや絵が押されている装丁だ。西方の国の言葉で綴られているが、本を開けば見覚えのある挿絵が現れた。
間違いない。これが原本だ。
一目でその作品だと分からないような装丁にされているあたり、作者の性格が滲んでいる。アナベルは思わずくすりと笑った。
辞書も相棒に読解を進める。国の言葉で綴られた、また大陸語での物語は脳に刻まれている。1単語、1文を思い返し、辞書と単語を擦り合わせれば思いの外読むことができた。辞書と単語を擦り合わせながら、イーサンと翻訳との差異について議論を交わす。
ポーラが持ってきてくれた、西方の国々の旅行雑誌や、巻末記載の参考書籍にも目を通す。
彼の世界を創る元を探す冒険家になった気分だ。大好きな作品に沼れる、アナベルにとっては非常に興味深い時間を過ごすことができた。
「確か…全て同じ翻訳家さんが担っているんだよね」
「えぇ。先生が『彼女が生きているうちは、他は認めない』と。ただその方も、お名前以外は公表はされていないみたいなの」
出身、年齢、容姿など詳細不詳の作者であるが、数少ない情報の中でもファンにとっては有名な話だ。
ドワーフやエルフ、巨人なども話せる異種言語にも長けた翻訳家。彼の表現したい言葉を、巧みに他の言語へと変貌させる。その手腕にいたく感銘を受け、彼女の寿命が尽きるまでは、他の翻訳家には絶対仕事は任せることはしない、そう主張していた。強い発言が掲載され、雑誌社へは苦情の手紙が膨大に届いた、なんて嘘か本当かは不明である。
その翻訳家も、名はカイア。おそらく高齢だ、と真偽不明の情報しか出回っていない。
「色んな方がいるなぁ」
「そうね」
とはいえ。アナベルは「時計の令嬢」、イーサンも「幽霊子息」などと呼ばれている身。他の人を変わっているなどと言える立場ではない。
世界は広い。その歴史も永く、幾重にも重ねられて。今も面白おかしい生き物たちで、この星に言葉が紡がれている。
ふと、彼女が目を向けた先には、ポスターが貼られていた。保養地区と周辺地域の観光スポットの広告だ。
貴重な撮影機材での撮影、巨大な印刷機で印刷されたそれらの中で、1番心が引かれたのは、光り輝く花々が一面に咲き誇っている景色。ありきたりの表現であろうと、黄色と白の絨毯のようだ。
「きれい」
王都では基本、建造物が密に、整頓されている。公園や広場に草木が植えられていても、一体が花で満ちている景色は見ることが出来ない。
彼女の呟きに、イーサンもポーラもポスターへと目を向ける。隣の区で有名な、花畑。
「…見て、みたい?」
伺う言葉に、アナベルはゆっくりと首を縦に振る。
それはそうだ。誰だって、この絵を見れば誰でも思う。例え印刷された紙媒体が本物に敵わなくとも。この広告の中には、魅力が詰められている。魅せられてしまったら、望んでしまう。
「そうね。いつか見てみたいわ」
強く思っていても、叶えらないことの方が多い。アナベルは諦めたわけでないが、現実的ではない。
そんなすぐに行ける訳がない。
「なら見に行く?」
「え?」

