あっという間に夏休み20日目を迎え、早朝に目が覚めたアナベルは、バルコニーから景色を眺めながら項垂れていた。
結局、対処すべき事項は一切成し遂げていない。そもそも進展してすらいない。いろんな意見を聞いて回っているが方向が定まらず、少しでも知識をつけたくても睡魔に勝てず寝落ちてしまう。現在、何から手をつけていいかも分からなくなりつつある。
(私ってこんなだったかしら?)
昔の方がもっと理解していた。いや分からなくとも、とにかく動けていた。すべき事に正面から向かい、時間はかかっても期待に応えてきたはずだ。なのに今は、問題解決の行動を取れず漠然と悩むだけ。毎日楽しんでいる事実を、少し茶色く焼けた肌が証明している。
どうして。なぜこうなった。
うめき声を漏らしても、身体から空気が抜けるばかりでますます隙間が広がっていく感覚に、アナベルは唇を噛んだ。
思い返せば、昔は悔しいことや不服なことがあると、相手の袖を掴み、ヤケクソになって左右に振っていた。とは言っても家族や気が知れた友人にだけだが。ここ数年は幼稚な行動も取らずに過ごしている。忘れていた。まぁ歳を取るにつれ、反発することも少なくなった証拠に違いない。
「私も歳をとったわね」
呟いてみるも形容のし難い、夏のじとりと暑さが停滞しているような感覚が、アナベルを落ち着かせなくさせる。腑に落ちない。ため息をつくも、冬と違い息が白くゆらめく訳ではない。音のみがただ消えていく。
「とにかく…ちょっと遊び気分を抑えないとね」
抜けた気分では問題に立ち向かえない。今日の予定はイーサンが勿体ぶって教えてくれないが、恐らく渾身のイベントを用意しているに違いない。そんな予定にワクワクする期待を見て見ぬふりをして、アナベルは部屋の中に戻り、恋愛指南書を手に取る。ようやく本が読める。付け焼き刃になろうと何か解決の糸口にはなるはずだ。
アナベルは意気揚々と書物を開く。だが数ページで首を傾げる羽目になり、道のりの長さに、整った眉を自信なさげに下げるのであった。
指南書に悪戦苦闘しながら飲み込んでいると、部屋の扉がノックされた。時計を確認すれば9時になる3分前を針は指している。あっという間に2時間経っていた。アナベルは指南書を閉じ、慌ててベッドの中に潜り込む。小さく音を立てて扉が開き、人が入ってくる気配がする。
(…………?)
なぜか声をかけられない。何か物を置く音がかすかに聞こえる。
すっと扉が閉まる音がするとカチリ、時計がちょうどちょうど9時を指した。
「おはようございます、おひいさま」
ようやく声がかかった。アナベルは身体を起こす。いつもと変わらないポーラと、彼女の横にはトルソーが置かれていた。何も身につけていない、木製の人型。難しい書物を読んでついに視神経から変になったのか。瞬きを繰り返し改めて凝視しても、トルソーはトルソーであった。
「おはよう?」
「はい、おはようございます。それでは」
ポーラは咳払いをし、短く言葉を紡ぐ。眩い光がトルソーを包み込んだかと思うと、次の瞬間、夏休みの始めに買った華やかなドレスが現れた。
いつもは魔法を披露しないポーラが見せてくれるなんて。大変興味深いが、一体どうしたのだろう。ドレスも、今夜夜会へ出かける予定ではなかったはずだが。呆気に取られていると、彼女は1通の手紙をアナベルに手渡す。突然の出来事に全く理解できないまま、とりあえず封を切り中身を確かめる。封筒の中には2枚の劇の鑑賞券と、1枚のメッセージカード。
ーー今宵、夢の世界へお連れします。
妖精が描かれた可愛らしいカードに記されていたのは、たった一言。状況がまだ飲み込めないアナベルは券に目を通す。
「……えっ?え、えええ!!!」
アナベルは驚きのあまりベッドを跳ね、立ち上がる。鑑賞券は、最近話題になっている劇のタイトルが記載されている。人気のあまり券を取るのが難しく、貴族すら裏から手を回しても入手が困難な代物。
何より重要なポイントは、脚本家がアナベルが子供の頃から大好きな作家の"完全新作の物語"を劇にした、と言う点だ。
喉から手が出るほど欲しかったもの。何度も何度も券を眺めては、目の前の現実を確かめる。本物だ。間違いなく、入手できなかった、見たいと願いながらも諦めていた劇の鑑賞券。
「ポーラ……これって本物?」
「はい、正真正銘。鑑定士や劇関係者にも確認しておりますよ」
朝の身支度中のイーサンは、アナベルの悲鳴のような歓声が聞こえ、笑顔を浮かべた。
「さ、今日も1日楽しい夏休みだ」
結局、対処すべき事項は一切成し遂げていない。そもそも進展してすらいない。いろんな意見を聞いて回っているが方向が定まらず、少しでも知識をつけたくても睡魔に勝てず寝落ちてしまう。現在、何から手をつけていいかも分からなくなりつつある。
(私ってこんなだったかしら?)
昔の方がもっと理解していた。いや分からなくとも、とにかく動けていた。すべき事に正面から向かい、時間はかかっても期待に応えてきたはずだ。なのに今は、問題解決の行動を取れず漠然と悩むだけ。毎日楽しんでいる事実を、少し茶色く焼けた肌が証明している。
どうして。なぜこうなった。
うめき声を漏らしても、身体から空気が抜けるばかりでますます隙間が広がっていく感覚に、アナベルは唇を噛んだ。
思い返せば、昔は悔しいことや不服なことがあると、相手の袖を掴み、ヤケクソになって左右に振っていた。とは言っても家族や気が知れた友人にだけだが。ここ数年は幼稚な行動も取らずに過ごしている。忘れていた。まぁ歳を取るにつれ、反発することも少なくなった証拠に違いない。
「私も歳をとったわね」
呟いてみるも形容のし難い、夏のじとりと暑さが停滞しているような感覚が、アナベルを落ち着かせなくさせる。腑に落ちない。ため息をつくも、冬と違い息が白くゆらめく訳ではない。音のみがただ消えていく。
「とにかく…ちょっと遊び気分を抑えないとね」
抜けた気分では問題に立ち向かえない。今日の予定はイーサンが勿体ぶって教えてくれないが、恐らく渾身のイベントを用意しているに違いない。そんな予定にワクワクする期待を見て見ぬふりをして、アナベルは部屋の中に戻り、恋愛指南書を手に取る。ようやく本が読める。付け焼き刃になろうと何か解決の糸口にはなるはずだ。
アナベルは意気揚々と書物を開く。だが数ページで首を傾げる羽目になり、道のりの長さに、整った眉を自信なさげに下げるのであった。
指南書に悪戦苦闘しながら飲み込んでいると、部屋の扉がノックされた。時計を確認すれば9時になる3分前を針は指している。あっという間に2時間経っていた。アナベルは指南書を閉じ、慌ててベッドの中に潜り込む。小さく音を立てて扉が開き、人が入ってくる気配がする。
(…………?)
なぜか声をかけられない。何か物を置く音がかすかに聞こえる。
すっと扉が閉まる音がするとカチリ、時計がちょうどちょうど9時を指した。
「おはようございます、おひいさま」
ようやく声がかかった。アナベルは身体を起こす。いつもと変わらないポーラと、彼女の横にはトルソーが置かれていた。何も身につけていない、木製の人型。難しい書物を読んでついに視神経から変になったのか。瞬きを繰り返し改めて凝視しても、トルソーはトルソーであった。
「おはよう?」
「はい、おはようございます。それでは」
ポーラは咳払いをし、短く言葉を紡ぐ。眩い光がトルソーを包み込んだかと思うと、次の瞬間、夏休みの始めに買った華やかなドレスが現れた。
いつもは魔法を披露しないポーラが見せてくれるなんて。大変興味深いが、一体どうしたのだろう。ドレスも、今夜夜会へ出かける予定ではなかったはずだが。呆気に取られていると、彼女は1通の手紙をアナベルに手渡す。突然の出来事に全く理解できないまま、とりあえず封を切り中身を確かめる。封筒の中には2枚の劇の鑑賞券と、1枚のメッセージカード。
ーー今宵、夢の世界へお連れします。
妖精が描かれた可愛らしいカードに記されていたのは、たった一言。状況がまだ飲み込めないアナベルは券に目を通す。
「……えっ?え、えええ!!!」
アナベルは驚きのあまりベッドを跳ね、立ち上がる。鑑賞券は、最近話題になっている劇のタイトルが記載されている。人気のあまり券を取るのが難しく、貴族すら裏から手を回しても入手が困難な代物。
何より重要なポイントは、脚本家がアナベルが子供の頃から大好きな作家の"完全新作の物語"を劇にした、と言う点だ。
喉から手が出るほど欲しかったもの。何度も何度も券を眺めては、目の前の現実を確かめる。本物だ。間違いなく、入手できなかった、見たいと願いながらも諦めていた劇の鑑賞券。
「ポーラ……これって本物?」
「はい、正真正銘。鑑定士や劇関係者にも確認しておりますよ」
朝の身支度中のイーサンは、アナベルの悲鳴のような歓声が聞こえ、笑顔を浮かべた。
「さ、今日も1日楽しい夏休みだ」

