突然だが、イーサン・キャンベルは、公の場で踊りを披露したことがない。
パーティーでは常に、1人でのんびり過ごしていたイーサン。
以前婚約者の存在を問われた際、今後1度でも誰かを伴えば、またはその手を取ればアナベルは自分との時間を避けると察した。想い人との時間も失いたくないイーサンは、必ず1人で出席していた。まあ元々、アナベル以外の令嬢を伴う気がなかったのもある。
彼の判断は間違っていなかったが、婚約者になれた今、未経験な状態は大きな不安へと変わった。
果たしてアナベルのパートナーとして、きちんと立ち回れるか。運動センスの皆無は痛感しているため、特に自信がないのだ。
昼食を挟み、今日の分の課題を終わらせた2人はダンスの練習のために広間へ移った。
練習には、レティシア夫人、またポーラとソフィア、執事見習いのレイモンドが付き添う。講師がいない身内だけの和気藹々とした時間だが、アナベルは離れたところで、1人佇んでいるイーサンの緊張が増していくのを感じていた。
2日前の練習は問題なく、いや完璧と言える出来栄えであった。
経験のあるアナベルがリードしていたが、それでもイーサンは音楽に合わせてステップを踏み、アナベルに合わせて即座に歩幅を変えるなど対応ができていた。初めてだと思えないほど2人の息はピッタリと合い、練習に付き添ったダンス講師やレティシアたちを感嘆させた。
『いやぁ素晴らしい…!初めて合わせたとは思えない。まさに阿吽の呼吸とはこの事ですな』
浮かべる穏やかな表情に騙されるとトラウマが増える、なんてイーサンが苦々しい声で教えられたアナベルは、思わずその言葉の裏を探ってしまう。隣に立つイーサンも、より細かにダンス教師の仕草を図り、相手の言葉の本心を探っていたほどだ。
だが、お世辞でなく心の底から賛辞であった。
より良くなるように所々アドバイスを貰い、調整を繰り返す。最後は『追加授業すら必要ない』とお墨付きをもらったほどだ。
それでもイーサンの顔は晴れない。今も足元を見ながら1人、不安そうにステップを確認している。
アナベルにも痛いほど覚えがある。いくら太鼓判をもらっても、本番を終えるまで落ち着けない気持ち、不安。ましてや1人ではない。失敗すれば、相手にも迷惑をかける。
アナベルが歩み寄ると、彼は顔を上げた。いつもとは違う、滲む自信の無さ。その顔つきに、かつての自分の姿が重なった。
アナベルはイーサンの横に立つと、壁にもたれかかった。
「私…踊りの練習を始めた頃、よくドレスの裾を踏んでたの」
アナベルは足元に目を落とし、昔の話を始める。
子供も子供。5歳ごろの、自分の失敗談。
囁くように回顧するアナベルの声を聞き逃さないよう、イーサンは彼女の横に並び立ち、立ち耳を澄ませる。
「何度も転ぶから、おじいさまが新しいドレスを買ってくれて…。そのドレスを着て踊ると、上手くいったのよ」
「魔法?」
アナベルは首を横に振る。祖父に渡されたドレスは、前側の丈が少し短くなっていたのだ。
『お前の癖が治らないなら、ドレスを変えたほうが早い』
それから夜会用のドレスは、転ばなくなるまで全て前丈が絶妙に短いデザインを着ていた。何度も何日も必死に練習して、裾を踏まなくなったが、この年になっても度々家庭教師に見てもらっていた。踊りは1人ではない。相手に恥をかかせてはいけないプレッシャーもある。たとえ自分が踊ることがなくても、不安を拭うために確認を繰り返してきた。
「…転ばないように、相手に迷惑をかけないようにって踊るのって辛いのよね。本当に。どうせいくら練習しても緊張しない方が難しいのだもの」
叱られるのも笑われるのもアナベルには慣れていることでもある。転んで1人で注目を浴びるよりも、2人一緒だと思えば気負う必要もない。イーサンの言葉を借りるなら『できた』を共有したいし、楽しい方が良い。イーサンとなら、それも良き思い出になる確信がアナベルにはあった。
「だから、転けても良いじゃない」
アナベルは目線を上げ、イーサンの方に向ける。すると彼は虚を突かれたように目を丸くして固まっていた。
2人の間に沈黙が流れる。アナベルの背中にみるみる冷たい汗が伝わり始める。
(しまった。流石に失礼だったわ…)
転ばないように頑張っている相手に、無責任な言葉をかけてしまった。慌ててフォローの言葉を重ねようと口を開く、よりも先に、イーサンの掌がアナベルの頬を包み込んだ。親指で優しく撫でられ、くすぐったさにアナベルは思わず目を瞑った。
「ありがとう」
瞼を開けると、イーサンの顔が間近にあった。優しさで蕩けてしまいそうな彼の笑みに、アナベルは強く彼を意識してしまい顔を赤らめた。
「恐れてこぢんまりしているより、堂々としていた方がカッコいいし。『先生も楽しみなさい』って言ってたね」
イーサンは姿勢を正すと、頬に触れていた手をアナベルの前に差し伸べる。緊張は緩み、いつもの柔和な表情を浮かべて。
「1曲踊っていただけますか?」
「…はい。よろこんで」
2人はホールの真ん中へ移動した。
様子を見守っていたレティシアが合図を送ると、ポーラが蓄音機に針を落とす。蓄音機から音楽が奏でられる。
イーサンに導かれながら、アナベルはステップを踏む。
「つっと、ははは。今のは危なかった」
「私も。久しぶりに裾を踏みかけたわ」
途中足元がおぼつかなくなったり、裾を踏みかけたりした。それでも回る、巡る、笑い合う。次第に乱れもなくなり、再び息が合った踊りを披露する頃には2日前よりも優美な2人がそこにはいた。
広間には重厚な音楽と、軽やかな足音。そして楽しそうな声が聞こえてくるのだった。
✴︎
清々しい気持ちで練習を終えた2人の元に、時間通りに工房の主人がサイドハウス・ノアに訪れた。
「この度はご婚約おめでとうございます。私はボンド。これからはどうぞよろしくお願いします」
正装に身を包み、堅牢な革鞄を持って現れた工房の主人。
出迎えたアナベルとイーサンへ、彼はまず祝いの言葉を述べると、改めて名を名乗った。
ボンドは火と岩の種族、北山麓の出身だと言う。火と岩の種族とは、険しい岩肌で暮らし得た屈強な身体と分厚い手・足の裏が特徴。火山岩や宝石を、火を使って加工することを生業とし、街に工房を開くものが多い。
一般的にはドワーフと呼ばれている種族だ。
3人は挨拶を交わし終えると、ボンドは早速革鞄からシルバーリングを取り出した。5種のデザイン違いに、アナベルとイーサンのサイズそれぞれ用意されており、合計10個の指輪が机に並べられる。
アナベルはおずおずとボンドを見た。
「デザインを見せてもらうと伺っていたのですが…」
「そうさ。だから持ってきたろ?」
「……もう、出来ていませんか?」
アナベルはデザイン画を見せてもらうのだと思っていた。だが目の前には精巧なあしらいが施され、美しい宝石がはめ込まれたシルバーリングが並べられている。完成品だと言われた方が信じられるが、ボンドは緩く首を横に振る。
「いやいやまだまだ。ここからさらに調節していくんですよ。宝石も偽物です。これからもっと美しい物を作り上げていくんだ」
「えぇ…?」
ここから更にデザインが磨かれれば、一級品が出来上がるだろう。しかし、自分が指輪に釣り合うのか不安になってくる。すると彼女の気持ちを察したボンドは強く断言した。
「なに、身構えることはないよ。あんたを引立てる、それが装飾品。二人三脚だ。決して指輪だけが目立つなんて無粋なやつにはしないさ」
アナベルは渡された指輪青言われるまま、指に通す。するとたちまち指輪はピッタリと馴染んだ。指輪の美しさはアナベルと溶け合い、双方の魅力を引き立たせている。
細かな彫刻が施されているにも関わらず、厚みの違いも、凸部分が当たる違和感もない。手作業をしていても動きを一切邪魔しない。
イーサンも促されて身につけると、たちまち指輪は馴染み、ささやかながら新たな美しさを放っている。アナベルとイーサンはお互いの左手を見せ合った。スラリと長く白い指ながら少しゴツゴツした手と、桜色の整った爪も綺麗な柔らかな手。違う体に、お揃いの指輪がきちんと似合っている。
「すごい…」
「本当に」
アナベルとイーサンの言葉に、ボンドはにやりと笑う。拳を握り、自らの胸を叩くと厚い胸板からドンっと重い音がした。
「これが火と岩の種族が培って来た技術とセンスさね。な?信じておくれや」
「はい」
アナベルのしっかりとした返答に、ボンドは満足そうに立派な顎髭を撫でる。
「さぁお2人さん!感想要望注文わがまま願い期待、たっぷりと聞かせておくれ!」
5種類のデザインを吟味し、アナベルとイーサンは思い思いに述べていく。ボンドは意見を聞き、スケッチブックに描きまとめながら細部を詰めていく。
2時間近く話し込み、まとまった頃には空は黄金から紺へ、美しいグラデーションになっていた。
帰りの馬車に乗ろうと階段に足をかけたボンドは、勢いよく振り返った。
「忘れるところだった。イーサン、頼まれていた物は搬入しといたよ。ジャックたちにも確認してもらった。また存分に使ってやってくれ」
イーサンは顔を輝かせ、友人の大きな手を握り感謝を伝える。
「ありがとう…!急にお願いしたのに助かったよ。おかげで明日は存分に楽しめる」
「おう楽しめ楽しめ!そりゃじゃあ、またな」
馬車に乗り込んだボンドは夕闇の中、工房へと帰って行った。
「ねぇ何を頼んだの?」
「明日のイベント用の機材だよ」
イーサンは屋敷裏にある物置へアナベルを連れていく。そこには、上が金網になっている大きな箱型の機材があった。
「バーベキューに使う野外コンロだよ」
「これが…」
明日開かれることになったバーベキューで使う道具の手入れや調整をボンドにお願いしていたのが、戻って来たとイーサンは説明する。
アナベルにとっては初めてみる機材だ。触れても問題ないことを確認してから、アナベルはカバーを開けたり、網の側面をなぞったりした。
「明日は屋敷でお祭りだ。楽しみにしてて」
イーサンの言葉に、アナベルの心はたちまち踊る。
期待をもって、頷き返した。
スカイブルーの瞳の輝きが移ったように、まだ赤みの残る夕闇に浮かぶ星々は瞬いたのだった。
パーティーでは常に、1人でのんびり過ごしていたイーサン。
以前婚約者の存在を問われた際、今後1度でも誰かを伴えば、またはその手を取ればアナベルは自分との時間を避けると察した。想い人との時間も失いたくないイーサンは、必ず1人で出席していた。まあ元々、アナベル以外の令嬢を伴う気がなかったのもある。
彼の判断は間違っていなかったが、婚約者になれた今、未経験な状態は大きな不安へと変わった。
果たしてアナベルのパートナーとして、きちんと立ち回れるか。運動センスの皆無は痛感しているため、特に自信がないのだ。
昼食を挟み、今日の分の課題を終わらせた2人はダンスの練習のために広間へ移った。
練習には、レティシア夫人、またポーラとソフィア、執事見習いのレイモンドが付き添う。講師がいない身内だけの和気藹々とした時間だが、アナベルは離れたところで、1人佇んでいるイーサンの緊張が増していくのを感じていた。
2日前の練習は問題なく、いや完璧と言える出来栄えであった。
経験のあるアナベルがリードしていたが、それでもイーサンは音楽に合わせてステップを踏み、アナベルに合わせて即座に歩幅を変えるなど対応ができていた。初めてだと思えないほど2人の息はピッタリと合い、練習に付き添ったダンス講師やレティシアたちを感嘆させた。
『いやぁ素晴らしい…!初めて合わせたとは思えない。まさに阿吽の呼吸とはこの事ですな』
浮かべる穏やかな表情に騙されるとトラウマが増える、なんてイーサンが苦々しい声で教えられたアナベルは、思わずその言葉の裏を探ってしまう。隣に立つイーサンも、より細かにダンス教師の仕草を図り、相手の言葉の本心を探っていたほどだ。
だが、お世辞でなく心の底から賛辞であった。
より良くなるように所々アドバイスを貰い、調整を繰り返す。最後は『追加授業すら必要ない』とお墨付きをもらったほどだ。
それでもイーサンの顔は晴れない。今も足元を見ながら1人、不安そうにステップを確認している。
アナベルにも痛いほど覚えがある。いくら太鼓判をもらっても、本番を終えるまで落ち着けない気持ち、不安。ましてや1人ではない。失敗すれば、相手にも迷惑をかける。
アナベルが歩み寄ると、彼は顔を上げた。いつもとは違う、滲む自信の無さ。その顔つきに、かつての自分の姿が重なった。
アナベルはイーサンの横に立つと、壁にもたれかかった。
「私…踊りの練習を始めた頃、よくドレスの裾を踏んでたの」
アナベルは足元に目を落とし、昔の話を始める。
子供も子供。5歳ごろの、自分の失敗談。
囁くように回顧するアナベルの声を聞き逃さないよう、イーサンは彼女の横に並び立ち、立ち耳を澄ませる。
「何度も転ぶから、おじいさまが新しいドレスを買ってくれて…。そのドレスを着て踊ると、上手くいったのよ」
「魔法?」
アナベルは首を横に振る。祖父に渡されたドレスは、前側の丈が少し短くなっていたのだ。
『お前の癖が治らないなら、ドレスを変えたほうが早い』
それから夜会用のドレスは、転ばなくなるまで全て前丈が絶妙に短いデザインを着ていた。何度も何日も必死に練習して、裾を踏まなくなったが、この年になっても度々家庭教師に見てもらっていた。踊りは1人ではない。相手に恥をかかせてはいけないプレッシャーもある。たとえ自分が踊ることがなくても、不安を拭うために確認を繰り返してきた。
「…転ばないように、相手に迷惑をかけないようにって踊るのって辛いのよね。本当に。どうせいくら練習しても緊張しない方が難しいのだもの」
叱られるのも笑われるのもアナベルには慣れていることでもある。転んで1人で注目を浴びるよりも、2人一緒だと思えば気負う必要もない。イーサンの言葉を借りるなら『できた』を共有したいし、楽しい方が良い。イーサンとなら、それも良き思い出になる確信がアナベルにはあった。
「だから、転けても良いじゃない」
アナベルは目線を上げ、イーサンの方に向ける。すると彼は虚を突かれたように目を丸くして固まっていた。
2人の間に沈黙が流れる。アナベルの背中にみるみる冷たい汗が伝わり始める。
(しまった。流石に失礼だったわ…)
転ばないように頑張っている相手に、無責任な言葉をかけてしまった。慌ててフォローの言葉を重ねようと口を開く、よりも先に、イーサンの掌がアナベルの頬を包み込んだ。親指で優しく撫でられ、くすぐったさにアナベルは思わず目を瞑った。
「ありがとう」
瞼を開けると、イーサンの顔が間近にあった。優しさで蕩けてしまいそうな彼の笑みに、アナベルは強く彼を意識してしまい顔を赤らめた。
「恐れてこぢんまりしているより、堂々としていた方がカッコいいし。『先生も楽しみなさい』って言ってたね」
イーサンは姿勢を正すと、頬に触れていた手をアナベルの前に差し伸べる。緊張は緩み、いつもの柔和な表情を浮かべて。
「1曲踊っていただけますか?」
「…はい。よろこんで」
2人はホールの真ん中へ移動した。
様子を見守っていたレティシアが合図を送ると、ポーラが蓄音機に針を落とす。蓄音機から音楽が奏でられる。
イーサンに導かれながら、アナベルはステップを踏む。
「つっと、ははは。今のは危なかった」
「私も。久しぶりに裾を踏みかけたわ」
途中足元がおぼつかなくなったり、裾を踏みかけたりした。それでも回る、巡る、笑い合う。次第に乱れもなくなり、再び息が合った踊りを披露する頃には2日前よりも優美な2人がそこにはいた。
広間には重厚な音楽と、軽やかな足音。そして楽しそうな声が聞こえてくるのだった。
✴︎
清々しい気持ちで練習を終えた2人の元に、時間通りに工房の主人がサイドハウス・ノアに訪れた。
「この度はご婚約おめでとうございます。私はボンド。これからはどうぞよろしくお願いします」
正装に身を包み、堅牢な革鞄を持って現れた工房の主人。
出迎えたアナベルとイーサンへ、彼はまず祝いの言葉を述べると、改めて名を名乗った。
ボンドは火と岩の種族、北山麓の出身だと言う。火と岩の種族とは、険しい岩肌で暮らし得た屈強な身体と分厚い手・足の裏が特徴。火山岩や宝石を、火を使って加工することを生業とし、街に工房を開くものが多い。
一般的にはドワーフと呼ばれている種族だ。
3人は挨拶を交わし終えると、ボンドは早速革鞄からシルバーリングを取り出した。5種のデザイン違いに、アナベルとイーサンのサイズそれぞれ用意されており、合計10個の指輪が机に並べられる。
アナベルはおずおずとボンドを見た。
「デザインを見せてもらうと伺っていたのですが…」
「そうさ。だから持ってきたろ?」
「……もう、出来ていませんか?」
アナベルはデザイン画を見せてもらうのだと思っていた。だが目の前には精巧なあしらいが施され、美しい宝石がはめ込まれたシルバーリングが並べられている。完成品だと言われた方が信じられるが、ボンドは緩く首を横に振る。
「いやいやまだまだ。ここからさらに調節していくんですよ。宝石も偽物です。これからもっと美しい物を作り上げていくんだ」
「えぇ…?」
ここから更にデザインが磨かれれば、一級品が出来上がるだろう。しかし、自分が指輪に釣り合うのか不安になってくる。すると彼女の気持ちを察したボンドは強く断言した。
「なに、身構えることはないよ。あんたを引立てる、それが装飾品。二人三脚だ。決して指輪だけが目立つなんて無粋なやつにはしないさ」
アナベルは渡された指輪青言われるまま、指に通す。するとたちまち指輪はピッタリと馴染んだ。指輪の美しさはアナベルと溶け合い、双方の魅力を引き立たせている。
細かな彫刻が施されているにも関わらず、厚みの違いも、凸部分が当たる違和感もない。手作業をしていても動きを一切邪魔しない。
イーサンも促されて身につけると、たちまち指輪は馴染み、ささやかながら新たな美しさを放っている。アナベルとイーサンはお互いの左手を見せ合った。スラリと長く白い指ながら少しゴツゴツした手と、桜色の整った爪も綺麗な柔らかな手。違う体に、お揃いの指輪がきちんと似合っている。
「すごい…」
「本当に」
アナベルとイーサンの言葉に、ボンドはにやりと笑う。拳を握り、自らの胸を叩くと厚い胸板からドンっと重い音がした。
「これが火と岩の種族が培って来た技術とセンスさね。な?信じておくれや」
「はい」
アナベルのしっかりとした返答に、ボンドは満足そうに立派な顎髭を撫でる。
「さぁお2人さん!感想要望注文わがまま願い期待、たっぷりと聞かせておくれ!」
5種類のデザインを吟味し、アナベルとイーサンは思い思いに述べていく。ボンドは意見を聞き、スケッチブックに描きまとめながら細部を詰めていく。
2時間近く話し込み、まとまった頃には空は黄金から紺へ、美しいグラデーションになっていた。
帰りの馬車に乗ろうと階段に足をかけたボンドは、勢いよく振り返った。
「忘れるところだった。イーサン、頼まれていた物は搬入しといたよ。ジャックたちにも確認してもらった。また存分に使ってやってくれ」
イーサンは顔を輝かせ、友人の大きな手を握り感謝を伝える。
「ありがとう…!急にお願いしたのに助かったよ。おかげで明日は存分に楽しめる」
「おう楽しめ楽しめ!そりゃじゃあ、またな」
馬車に乗り込んだボンドは夕闇の中、工房へと帰って行った。
「ねぇ何を頼んだの?」
「明日のイベント用の機材だよ」
イーサンは屋敷裏にある物置へアナベルを連れていく。そこには、上が金網になっている大きな箱型の機材があった。
「バーベキューに使う野外コンロだよ」
「これが…」
明日開かれることになったバーベキューで使う道具の手入れや調整をボンドにお願いしていたのが、戻って来たとイーサンは説明する。
アナベルにとっては初めてみる機材だ。触れても問題ないことを確認してから、アナベルはカバーを開けたり、網の側面をなぞったりした。
「明日は屋敷でお祭りだ。楽しみにしてて」
イーサンの言葉に、アナベルの心はたちまち踊る。
期待をもって、頷き返した。
スカイブルーの瞳の輝きが移ったように、まだ赤みの残る夕闇に浮かぶ星々は瞬いたのだった。

