レディ・クロックの夏休み〜働き者の令嬢は、婚約破棄により「お休み」いたします?!〜

 厚い雲が流れていく夏の空。
 目が痛くなるほど晴れたこの日、アナベルとイーサンは郊外にある動物園にに来ていた。

 動物園とは、一般的に魔力を持たない生物の研究、および保護施設である。
 大陸時代以前はあたりまえに繁栄していた彼らだったが、数千年前に突然起こった大陸プレートの変動により、人間も含めこの星の生態系は大変貌を遂げたと言われている。今でこそ普通と言える竜や人魚、精霊、妖精といった魔力を持つ生命体の登場により、改めて生態系が新定義された。生態系が変わったことにより絶滅した種もあるため、保護するのだという。レクリエーションや教育の一環として、動物園は一般開放されているのだ。

 園には友達同士や恋人と来ている者もいるが、多くは小さな子供を連れた家族連れ。子供たちは太陽に負けないぐらい元気に、そして嬉しそうに親の手を引きながら園に入っていく。

 そんな子どもたちと同じぐらい、いや以上に、アナベルはウキウキと胸を弾ませていた。
 この動物園はイーサンが昔から訪れている場所であり、アナベルはよく彼の思い出話を聞かせてもらっていた。アナベルにとって滅多に来られない動物園は、話や本、吟遊詩人が語って聞かせる物語の世界に等しいのだ。
今朝イーサンに「動物園に行こう」と提案された時には、驚きのあまり固まってしまった。
 動きやすいようメイドたちが用意してくれたパンツスタイルのオールインワンに着替え、園に向かう馬車の中でようやく現実なのだと、実感してからは嬉しさが爆発した。
 園に到着した今、感動のあまりアナベルの気分はすでに最高潮を迎えていた。



 チケットを買う列に並ぶ時でさえ笑みが絶えないアナベルに、イーサンは安堵していた。ここはイーサンにとって、沢山思い出が詰まった場所の1つ。アナベルがこうした場所に憧れている事や、平日には来れない場所へ行けば休暇感が強くなるのではないかと考えた。暑さが増せば、日中園内を巡るのは大変になる。夏休みは始まったばかりだが、早速予定に組み込んだのだ。

 一方で貴族の令嬢が望む場所か、疑う自分もいた。周りから聞こえる話ではオシャレなカフェや出来たばかりの店でのショッピングで盛り上がっている。アナベルとは10年付き合いがあるが、常に隣にいたわけではない。まして友人として関わってきた間柄だ。
 イーサンが知らない、アナベル・バーンズはいるのだ。

(断られたって良いじゃないか。彼女の夏休みなんだ。やりたいことを、したいことをして欲しい)

 邪念を振り払い、イーサンはアナベルを誘った。想像を遥かに超えて、彼女は喜んでいる。買った入園チケットを大事そうに胸に抱く想い人に、彼は笑顔を向けるのだった。

「さぁアナベル。中に入ろう」



 大きな門を通り、園内へ。
 途端「んめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」と羊の鳴き声が聞こえて来た。
 目の前は羊と山羊が飼育されているエリアで、彼らはエリア内を自由に歩き回りながら、じゃれついている。白い毛玉がコロコロしている可愛らしい様子に、顔の筋肉が緩んでしまう。

「ここの動物はずいぶん元気なのね」

「飼育員のレベルも高いし、徹底して飼育環境を整えているからね」

 大昔は檻の中で飼われていた動物たちも、専門家たちの長年の研究と研磨により様変わりした。
 動物が越えることができない堀や川で飼育エリアと観覧エリアを区切りながら、動物の習性や行動、能力を生かした自然に近い景観を作っている。さらに飼育されている動物たちがありのままに過ごせるように、魔術も施されている。
 創意工夫により、園内からは檻はほとんど取り払われた。観覧者は圧迫感や閉鎖感のない園内を、自由に巡れるのだ。
 アナベルは目を細める。よく見れば、あちらこちらに記号と文字を複雑に組み合わせた模様があり、檻の役割を果たす防衛壁になっていたり、動物たちが人目を気にしないよう姿隠しや目隠しの役割を果たしている。以前家庭教師に教えてもらった。

「魔術による展示…ね。不思議だわ」

 バーンズ家は一切魔力を持たない家系だ。キャンベル家は過去に魔力持ちが生まれたことがあるらしいが、もう200年前のこと。魔法とは縁遠い暮らしを送っている。
 アナベルの元婚約者、すなわちベルナルド家は魔力持ちの家系であった。ロベールの兄弟や、その妻もである。アナベルには要領の得ない未知の領域だったがベルナルド家に嫁ぐ者として、魔法や魔力について当然勉強した。魔力を持つ友人や使用人に色々教えてもらいながら知識を深めたものの、仕組みはわかっても想像は難しい。

「警備魔術と同じだってポーラは話してくれたけど」

「そうなの?」

 ポーラの亡き夫は魔術師であった。彼女にも素質はあったようで、初歩的な簡単な魔法も使うことができ、何度か見せてもらったことがある。『素人に毛が生えた程度の知識や力ですよ』などポーラは言うが、アナベルには憧れの才能だ。

「使用人たちはもちろん、父や母の友人や会社の人たち…。両親が忙しい時は色んな人が気を遣って一緒に来てくれたからね。飽きないように色んな話を聞かせてくれたよ」

「ふふ。私も色んな話を聞かせてもらったわ。…1番記憶に残っている話はある?」

「動物の習性から動物園のお土産までいろいろ聞いたけど…。1番インパクトがあったのは、檻の前でその動物の肉味や調理の方法を教えてくれたアイザックかな」

「……本当に料理が第一なのね」

 笑顔でイーサンに話すアイザックがありありと浮かんでくる。毎日楽しそうに料理や食事について語る姿を見るからだろうか。
 動物の前でそんな話をするものだから、身の危険を感じたのかアイザックには全く近寄らなかったと展開のオチを聞き、アナベルはたまらず吹き出してしまった。

「もう、笑わせないでよ。さて、どこから見ていこうかしら」

 気を取り直して、アナベルは動物園内地図を問題用紙のごとく睨みつける。園はさほど広くはないが、全てを見ようとすれば時間がかかる。効率よく、時間を区切れば閉園までにお土産店も巡れるだろう。だが折角イーサンが連れて来てくれたのに、そんなに足早に過ごしてはもったいない。

(そうね、まず目の前には、羊や山羊、アルパカやラクダの”もこもこエリア”。ここから近いのは”ふれあいエリア”。右にはイーサンの好きな鳥が集まる”さえずりエリア”。彼の好きな動物から見ていく方がいいわよね。そして…)

 頭を悩ませていると、アナベルの頬をイーサンが軽く指で突いた。はずみで息が抜ける。気づかないうちに頬を膨らませていたらしい。

「見れなかったら、また来ようよ」

彼の言葉に、アナベルは瞬きを繰り返す。
また。
そうだ。また、来ればいいのだ。

「そう、ね。そうよね」

 気が楽になったアナベルはもう1度地図に目を通す。
 この動物園にはアナベルがまだ知らない、イーサンの素敵な思い出話が眠っているに違いない。アナベルはイーサンが動物園に行く度に色濃いエピソードを話を聞かせてもらっていたが、中でもイーサンが好きな動物である鳥類関係はお気に入り。生まれたばかりの雛鳥を見せに親鳥がイーサンの元に現れたり、パフォーマンス中にイーサン目掛けて突撃されたり、など。ぜひ彼から直接、仲の良い鳥たちの事を紹介してもらいたくなった。

「なら…まずは鷹や鷲、鳥類を。次に馬を見にいきましょう」

 馬はアナベルが好きな動物の一種だ。馬なら少し知識はある。なにより乗馬体験もできると地図には書かれていた。
 久しぶりに馬に乗りたい気分だ。

「そうしよう。”さえずりエリア”はこっちだよ」

 イーサンに手を引かれ、アナベルは歩き出す。長年の経験で最短ルートを導くことができる彼について行けば、すぐに到着した。

 鷹、鷲、ハゲタカ、ツル、ニワトリ、キジ、クジャク、インコ、フクロウ…など、多種多様な鳥たちは、それぞれブースごとで飼育されている。
 アナベルとイーサンが近づくと、すぐに彼らは飛んで寄ってくる。姿を消した仲間を見つけたような勢いだ。隣に移動しても、そのまた隣に移動しても同じことが起きる。中には待ち構えていて、イーサンの服を引っ張ろうとする鳥もいるほどだ。
 イーサンから話を聞く限りでは、絵本の主人公のように肩や集まってくるだけだと認識していたアナベルは、止まり木を軋ませるほど激しく動き、鳴く様子に驚きが隠せなかった。
 目を丸くするアナベルに、イーサンは軽く鳥たちの紹介をする。彼らは言葉がわかるのかイーサンの説明に合った行動を取った。別れる際にイーサンが手を振ればひと鳴きするため、周囲の人はなにかのパフォーマンスかと拍手を送るほどだ。

「昔に比べれば結構落ち着いたんだけど。飼育員さんを困らせてばかりだよ」

 イーサンが目を向けた先には、半笑いの飼育員が2人に手を振っている。片手は餌を持ち、鳥の注意を逸そうとしているが、全く見向きもしない。
 ぺこりと頭を下げ、隣のシロフクロウブースに移ると、スルスルと近寄ってきた。
 よほどイーサンを気に入っているらしい。何か特別な事をしたのかと聞けば、彼は首を傾げるばかり。

「人扱いされてないみたい」

「え?」

 普段は衣装に黒色を選ぶ事が多いイーサン。カラスにでも間違えられていると言うのか。それとも見えないだけで、イーサンの背中には翼が生えているのだろうか。
 ちらりと彼の背中を見る。当然、何も生えていないが、鳥ではないアナベルでは認知できない可能性がある。
 首を傾げていると「流石に翼は生えていないよ」とイーサンに言われてしまった。

「見えないだけかもしれないわ」

「見えても、あっても取るからね。アナベルと結婚できなくなる」

「異種間でも結婚の話は聞くわよ?」

 古来から語り継がれる馴染みの物語。そもそも幻獣種も住まう世界になってからは当たり前の常識になっている。よってイーサンに翼があろうと、例え人でなくとも気にすることではない。

「アナベルは私が人間でなくとも結婚してくれるの?」

「?貴方は貴方でしょう?」

「今すごい口説かれ方したな」

「???」

 レティシアがいたなら顔をニヤつかせそうな話を交わしながら、アナベルたちは鳥類飼育エリアの1番奥へと進んでいく。
 そこには園最高齢のカラスの展示ブースがある。絶滅危惧種で存在自体が珍しいのだが、半世紀以上生きており、しばらくすれば妖怪認定を受けると巷で話題の1羽なのだ。
 基本的にマイペースらしく、人前に姿を表すのは稀だとパンフレットにも書いてあったが、アナベルはすぐに顔を出すのではないかと思った。案の定、イーサンがブースの前に立つと、ひょこりと顔を出した。カラスはじっとイーサンとアナベルを交互に見つめる。

「生きてたかってさ」

「言葉までわかるの?」

「慣れてくると彼の言い分はわかるよ。目は雄弁に語るってやつかな」

 ふとイーサンが悲しげな顔になる。長く付き合いがあるが、初めて見る彼の表情にアナベルはそっと手に触れる。

「妖怪認定を受けたら、専門の施設に移す話が上がっててさ。ここで会えないと思うと、寂しくなるな」

「…彼にも、ここにも会いに行きましょ?じゃないと皆拗ねちゃいそう」

「そうだね。その通りだ」

 イーサンは手を振った。カラスはカァと鳴き、身体を振るわせると巣穴に戻っていった。

「また会いに来るわ、彼と一緒に」

 アナベルの呟きが聞こえたのか、巣穴から再び鳴き声が聞こえてきた。


 鳥類飼育エリアを離れた2人は、馬エリアに足を運んだ。
まずは乗馬体験に申し込みに行く。20分ほど広場や動物園横の森林を馬に乗りながら巡れる体験は人気で、すでに午前の体験枠は埋まっていた。日差しが和らぐ時間が過ごしやすだろうと、夕方16時の枠を抑えた2人は、ロバやアルパカ、ラクダのブースを見て回ることにした。木々が茂るブースの中、我関せずといった風体でもぐもぐと草を食べ、木陰で気持ちよさそうに寝ている。実に平和な光景に、2人はくすくす笑い合う。

 11時半。園内のカフェに入り、早めのランチを摂る。アナベルはパスタセットを、イーサンはサンドウィッチセットを注文した。どちらも夏野菜をたっぷり使った今季限定メニューだ。瑞々しい野菜の食感を堪能し、エネルギーを補給した2人は午後も元気よく園内を観覧する。

 猛獣飼育エリアでトラやゴリラが氷で作られたおもちゃで遊んでいる様や、暑さの中でも悠然と歩くキリン。巨大な身体を揺らすサイや象。
気温が最も高まる時間帯は、建物の中にある展示エリアに入り、両生類や爬虫類、小型の水中生物を観覧する。水の中を泳ぐ動物たち。暑さを一切感じない。見ているだけで気持ちが良い。

「もっと暑くなったら…川遊びにでも行こうか」

 イーサンの提案に、初めて釣りをした時間を思い出した。できれば釣りもしたいと伝えれば、イーサンは大きく頷く。先の予定に楽しみがさらに増え、アナベルの気分は高揚した。

 園内を歩き回った2人は、アイスを買い、ベンチで休憩を取ることにした。飼育している牛のミルクで作られたアイスは、きめが細かく濃厚であった。甘く、冷たいアイスを舐める度に身体の熱が引いていく。夏を本格的に迎えるのだと、アナベルはしみじみ思いを馳せる。

「もうすぐ時間だね。アナベル、馬エリアに行こうか」

 時計を見れば、あと10分で16時を迎える。乗馬体験の時間だ。
2人はゆっくりと馬飼育エリアへ歩き出した。



 時間を告げる鐘が鳴り響く中、アナベルとイーサンは馬に乗りながら広場を悠々と散策する。
ぬるい風が頬を撫でる。硬い背中に、身体が揺れる感覚。随分久しぶりだ。

「お嬢さん上手いねぇ」

 付き添いの係員の褒め言葉に、アナベルははにかんだ。アナベルが唯一、自ら得意だと言い切れる特技が乗馬である。
 幼い頃、父親と一緒に馬に乗った際に想像がつかないほど高くなった視界に、世界が広く見え気分が高揚した。歩く時に蹄鉄が道を踏む音や、馬が駆けて風で髪が靡く感覚が癖になり、アナベルは乗馬が好きになった。日々の生活で忙しく、世話ができないため自分の馬は飼っていない。バーンズ家で飼っている4頭を出来る限り触れ合う時間がささやかな楽しみの1つだった。それも『落馬して身体を壊した面倒は誰が見るのか』とベルナルド侯爵に言われてから、彼らの様子を見るばかりになっていたが。

(そうか…馬に乗ればよかったのだわ)

 両親から休むように言われた時。婚約が解消されたのなら、好きなだけ馬に乗ればよかった。すっかり忘れていた。本当好きならば真っ先に思い浮かんだはずなのに。結局その程度だったか、とアナベルは1人呆れる。

「お兄さん!もう少し自信を持って乗って!馬に任せればいいから」

 飼育員の声と唸るイーサンの声に、アナベルは我に帰る。後ろに目を向けると、必死に身体を正そうと奮闘するイーサンの姿が見えた。彼は馬が苦手でも、乗馬が嫌いでもない。むしろ好きな方だ。
 しかし揺れる身体をまっすぐ立たすことができず、馬が歩く度に上半身が左右に揺れてしまう癖があると嘆いていた。
 イーサンに何度かアドバイスを求められコツを教えたことはあるが、口頭の説明では足らなかったようだ。

「いや。お陰で前よりかは、よくなってるんだけど…!」

 言っている側から身体が揺れる。馬も不安げな顔を浮かべ、付き添いの飼育員は苦情を隠しきれずにいた。

「イーサン、足が前に行きすぎてる。鐙をしっかり踏めてないわ。あと、手綱はもっと短く持ってみて」

「…………ん、おお」

 イーサンの身体の揺れが少なくなった。乗る時は正しい姿勢でも、馬の背中はかなり揺れる。焦って身体を動かせば、ますます崩れてしまうのだ。馬が悪いと叩く人もいるが、乗る側が正しくあれば必ず寄り添ってくれる賢い動物だ。

「お兄さん。折角上手な人が身近にいるんだから、もっと教えてもらうといいよ」

すると、イーサンは一層真剣な眼差で、切実にアナベルへ懇願する。

「今度ちゃんと教えてもらってもいい?」

「もちろんよ」

「ありがとう…!」

 サイドハウス・ノアにも馬は数頭飼育されている。屋敷に戻れば直ぐにでも、今度は実践しながら教えることができる。いつも助けてもらってばかりいるイーサンに、アナベルが些細なことでも何か与えられることに嬉しくなる。
 ヒヒィンと馬が嘶いた。

「お姉さんの気持ちが伝わったみたいだ」

 飼育員の呟きに、アナベルは照れ臭くなる。

「どうしたの?」

「な、なにもないわ」

顔の赤みを隠そうと、アナベルは空を仰ぐ。
少し太陽が傾き、色が薄くなった空はすこし高く感じた。



 少しばかり緊張感があったが、充実した乗馬体験を終えた2人は最後にお土産店へと立ち寄った。レティシア夫人と使用人たちへ新発売されたお菓子を数種類、妹たちへ鳥のぬいぐるみを選んだ。
 閉園時間も近く、店内も会計も多くの人で混雑していた。
イーサンが支払いを済ませると言うので、アナベルは店の外で待つことにした。お店の中だと邪魔になってしまう。
 店から出ると、むわりと熱気を感じる。夕方でも暑さを感じるようになって来た。

 ゴーン…ゴーン…。
 17時だ。動物園は閉園時間を迎えた。



「アナベル。プレゼント」

「何?ぬいぐるみ…?」

 帰りの馬車の中、アナベルはイーサンに包みを渡された。袋の中には、ミラたちに買った"小さな動物園シリーズ"のカラスと、馬が1つずつ入っていた。
 イーサンを見れば、色違いの馬のぬいぐるみが彼の手の中に収まっている。

「お揃い。可愛かったから買っちゃった」

 頬の近くにぬいぐるみを寄せ、あどけなく笑うイーサン。
 支払いの列に彼が1人並んだのは、アナベルへのプレゼントをひっそり買うためだったのか。
 じんわりと胸の中が温かくなる。

「ありがとうイーサン。大切にするわ」

 ぬいぐるみたちを頬に寄せる。ふわふわとした手触りは、1日の思い出を優しく包み込んでくれるようだ。

「また…行きたいわ」

「…ぁ、あぁ!絶対行こう!」

 冬の動物園も景色が変わって見応えがあると話すイーサンに、アナベルは興味を示した。
 2人は動物園の話で盛り上がりながら、屋敷までの道のりを帰るのであった。


✴︎


 サイドハウスに戻ったアナベルとイーサンは、出迎えたメイドに購入したお土産を渡すと、とても喜んでくれた。
 入浴を済ませたアナベルは使用人たちがお土産を広げていると聞きつけ、彼らの部屋に足を運んだ。
 覗くと、彼らは早速新商品のお菓子を嬉しそうに食べている。
アナベルも彼らの輪に混ぜてもらった。途中からイーサンも加われば、話はどんどんと広がっていく。保養地区の名産から、夏のスイーツに話題は移った。

「おいしそう…」

「興味があるのならアナベル様、坊ちゃん。よろしければスイーツ巡りでもしますか?」

 バナナ味のクッキーを食べていたジャックが、アナベルの呟きを聞き、考えてもいなかった遊びの提案をしてきた。
 ザワリ。周囲が騒がしくなるのも全く気にせず、ジャックは話を続けた。彼は、明後日は休みで、1日アナベルたちをゆっくり案内できると言う。

(1日中スイーツづくし?)

 そんな魅惑な日があっていいのだろうか。すでにおいしすぎる食事を毎日いただいているのに、これ以上摂取したら心の贅肉が増えてしまう。ジャックも日頃食材の管理や料理人の指導で忙しくしている身だ。わざわざ休みの日に面倒をかけさせても申し訳ない。
 アナベルは丁重に断ろうとしたが、イーサンはジャックの提案に興味を示した。

「いいね!ねぇアナベル、1日ぐらい甘い物に満たされるのも良いと思わない?」

「イーサン、誘惑しないで…」

 傾いてはいけない。アナベルはグッと腹に力を入れた。しかしジャックが夏のスイーツの魅力と周囲のお店を誦じ、イーサンが「1日だけ、ね?」と悪魔のような囁きを繰り返す。夏の果物、ケーキにゼリー、クッキー、ブランマンジェ…。頭の中にあらゆるスイーツが思い浮かび、みるみる力が抜けてしまう。
 アナベルの天秤は欲望に傾いた。
 小さく頷いたアナベルに、イーサンはいたずらが成功した黒猫のように笑う。

「ジャック!明後日は案内を頼んだよ」

「任せてくださいな。選りすぐった新しい世界へご案内しましょう」

「て、手加減してちょうだいね…」

 アナベルのささやかな抵抗は、やる気に満ちたジャックには届いていなさそうであった。