レディ・クロックの夏休み〜働き者の令嬢は、婚約破棄により「お休み」いたします?!〜

「さあ!買い物よ!!散財よ!!!」

ソフィアも伴い、アナベルとイーサン、レティシアは街に繰り出した。
保養地区は、運河を挟んだ南北で街の様子は大きく違う。
サイドハウス・ノアがある北側は森林をそのままに、住居やアクティビティの施設が多い。
南側は大きな河や湖があり、他国から輸入した品々が集まる商業エリアが充実している。
今日は南側を中心に巡る予定だ。

買い物の大きな目的は夜会の準備。
具体的には『アナベルとイーサンが婚約者だとわかるアイテムを購入すること』だと、昨日、温室でレティシアによって買い物の目的を伝えられた。

『そのために2人にはお揃いのもの、またはお互いを想起させるものを身につけて欲しいのよ。ご両親とも必要だってお話になってね』

『そう、ですね。確かに…』

『私も良い考えだと思います』

アナベルの返答に、様子を伺うようにちらりとイーサンがアナベルに目線を送る。その表情は不安げだ。お揃いのアイテムを身につけるのは、古来からある婚約表示の方法。ささやかだがアピールにはなるはずだというのに、どうしたのだろう。

『本当?今まで…彼とお揃いを身につけたことなかっただろう?苦手じゃないかと思ったんだけど…』

『あら。そんなことないわ』

アナベルの両親は娘たちにサイズ違いの同じ服を買ってくることもあり、妹とお揃いコーデで出かけることもあるためには慣れている。
たった1度だけ、ロベールの瞳と同じ色のドレスを着たことがあったが大変嫌がられ『2度とやるな!』と釘を刺された。それからは自分に似合う衣装を追求してきただけのことであった。
この事は、イーサンと出会う少し前にあった事だ。気にしていなかったため、話した記憶がない。2人が知らないのも当たり前だ。

過去話を聞いたイーサンとレティシアの顔は酷いものだった。眉間に皺を寄せ、硬い表情を浮かべている。心なしか室温が下がっていくような気がした。
イーサンはまっすぐアナベルを見つめる。真剣な眼差しに、思わずアナベルは背筋を伸ばした。

『アナベル。ぜひ、私を想起させる装飾品をつけて欲しい』

『え。えぇ貴方がいいなら』

『ありがとう。とても嬉しいよ』

真剣な表情を一転させ頬を染めたイーサンに、アナベルは心の底からむず痒くなる。望んでくれるなら是非もないが、なんだか照れ臭くなりアナベルは頬を掻いた。

息子と義理娘の微笑ましいやり取りに、レティシアは目を細めたのだった。





まず4人が向かったのは、婦人服店だ。アナベルの夏用衣装の新調に着たのだが、本人よりもイーサンとレティシアが張り切って「アレが似合う」「コレも良い」と次々アナベルのドレスを選んでいく。着替える度に彼らに絶賛され、家族以外からは褒め慣れていないアナベルはみるみる顔を赤くした。「おしゃれも休暇を楽しむ方法の1つだから、ね?」なんて、全て買おうとする彼らをどうにか押し留め、選びに選び抜き、もう削ぎ落とせぬ10着を選んだ頃には、アナベルの体力の半分を削ったような気分になっていた。

笑顔の店員たちに見送られ、続いてはメインのアイテム探し、なのだが。

「護衛は邪魔しないよう姿を見せないが、側にいるから安心しなさい!それじゃ、ごゆっくり!」

昼食を食べ終わると、集合場所だけ決めてレティシアはソフィアと別に買い物に行ってしまった。暑さも気にせず盛大に両手を振り、なんならスキップして混雑へと姿を消した。
てっきり4人一緒に巡ると思っていたアナベルとイーサンは、目を点にして呆けていた。まじまじとお互いに顔を合わせ、見つめ合う。

ここからは2人きり。
つまりデートだ。

ぎこちなく差し出されたイーサンの手に、アナベルは己の手を重ねる。再び顔を見合わせると、どちらも緊張して硬い表情になっていた。

「……」

「……ふ」

慣れない状況に互いにヘンテコな態度をとってしまい、イーサンとアナベルは面白く感じてしまい、笑い合ってしまう。

「らしくないね。夏に合わない辛気臭い顔しちゃった。まったく」

「そうね。せっかく新しい街に来たんだもの。前みたいに巡れた方が楽しいわ」

「いい店知ってるよ」

「またお店選びはお願いしてもいい?」

「もちろん!」

2人は街歩きに繰り出した。
今日はジリジリと肌を焼く日差しが眩しい、清々しい夏日である。知らない街、暑い中を練り歩くにもいかないため、イーサンが提案する店に入っていく。髪飾りや指輪、ペンダントやスカーフなど。巡る店に置かれている商品は、どれも素晴らしいものであった。2人で気に入った銀の腕飾りやスカーフ、家族への手紙セットなどは買えたが肝心の、イーサンを想起させるアイテムとなるとピンとこない。 悩むばかりで一向に決まらず、無闇に歩かせてしまい申し訳なさが募るが、早急に決めたくもないためアナベルはグルグルと思考を巡らせる。

「…ね、アナベル。すこし方向性は変わるけどこっちの通りに行こうか」

イーサン曰く、比較的男性向けの装飾品や衣服店、散髪店などが多く並んでいることから、紳士通りと言われる大きな道が一本向こうにあるという。数日前の買い物で、アナベルが珍しそうにに店内を見て回ったのをしっかりと覚えているイーサンは、「アナベルの興味を引くものがあると思うよ」と推した。
一旦向かってみれば、通りには建物の影が落ちており、影の中に入ればとても涼しく、歩きやすい。アナベルの悩みを汲み取り、新しい提案とさりげなく道を変えるイーサンの配慮に流石だと、アナベルは深く感心した。

2人はゆったりと足取りで、涼しい風に心地よさを感じながら道を進む。
すると、一段と暗くなっている宝石店で、展示物にアナベルの目が止まった。

(あ)

見つけたのはブローチだ。
銀の枠に宝石がついたシンプルなもの。値段も高すぎず、実に凡庸に溢れたブローチと言える一品だが、彼女の心を引き留めたのはその色。

「これ…」

「ご覧になられますか?」

突然の声に顔を上げれば、口髭を蓄えた店員がアナベルに声をかけていた。横にいるイーサンを伺うと彼は笑顔で頷く。どうしてもブローチを手に取って近くで見たいアナベルは、意を決して、店の中へ足を踏み入れた。



奥の席に通され、女性店員がショーケースから取り出したブローチをアナベルの前に置いた。

(ああ、やっぱり…!)

アナベルは湧き上がる興奮を抑えきれなかった。
キラキラと光を受け輝く、明るい緑色の宝石。それはまるでイーサンの、彼の瞳のようだ。
店員に確認をとってから、アナベルはブローチを手に取り、胸元にあてた。鏡で姿を見る。
金貨よりも少し大きな正方形の宝石。しっかりとその色を魅せ、華やかな印象を持たせてくれる。この大きさなら、金具を組み合わせたらペンダントにもなりそうだ。
それに、きちんとアナベルに似合っている。

「男性用だけど変だと思われないかしら」

「全く。男性向けなだけで女性が身につけてはいないなどございませんから。このデザインなら女性が身につけていても特に違和感がありません。どなたが見ても、お連れ様の色だとわかりますわ」

店員はイーサンに目を向けた。
爽やかな笑顔で応えたイーサンだったが、その心中はアナベルに夢中で、頬が緩みそうなのを必死に取り繕っている。
宝石のように瞳を輝かせ頬を赤く染めながら、「イーサンの瞳と同じ色の宝石を見つけた」と、嬉しそうにしている想い人。嬉しくて、嬉しくて、幸せでしょうがない。イーサンは胸の奥底から嬉しさが込み上げる。

「アナベル。本当に似合ってるよ」

「そうよね!こちら、いただけますか?」

イーサンからの後押しもあり、アナベルは購入を決めた。請求書を自分宛に送るよう店員に伝える。イーサンは慌てて店員を呼び止めようとしたが、アナベルがやんわりと止めた。
ようやく見つけたのだ。きちんと自分で買いたい。
そう嬉しそうに話すアナベルに、イーサンはしぶしぶ頷いた。

「またのご来店をお待ちしております」

買ったばかりのブローチが入った紙袋を抱え、まるでプレゼントを貰った子供のようにアナベルは喜んだ。その場で少し跳ねている。

「宝石の色…が気に入ったの?」

「ええ。貴方って服がだいたい深い色でしょ?すごく瞳の色が印象的に見えるの。他の方からも言われたことないかしら」

「影とか闇とかは言われることあるな。瞳は母親も同じ色だからあまり…」

「そう…ね。けど、レティシア様とはまた少し違う印象を受けるわ」

ふむ。物語りの探偵が如く、イーサンは顎に指をかけ、思案している。ひとつ頷くと彼は最後に1箇所だけ寄りたいと言った。


✴︎


イーサンに連れられ向かった先は、エリアの奥にある工房であった。
金属を叩く、布を織る、木を削る様々な音がハーモニーを奏で、賑やかに聞こえてくる。イーサンは工房の入り口で人を呼ぶと、口元から顎下まである立派な髭を持つ、屈強な体格の年配の男性が現れた。

「久しぶりだな。元気にしとったか?」

イーサンに親しみの笑顔を浮かべた彼は、隣のアナベルを見るやキョトンとした顔になった。「彼女が婚約者の、アナベル・バーンズ伯爵令嬢だ」と紹介すると、厳つい顔はみるみる喜びに変わる。「この子が!いやおめでとう。よかったな」とイーサンに何度も祝いの言葉を送り、大きな手で肩を揺さぶる。イーサンも力強い揺さぶりに困った顔をしているが、彼も嬉しそうだ。このフランクな感じは、相当仲が良い証だ。

アナベルとも握手を交わす屈強な男性は、工房の主人であった。ここはドワーフが集まる工房でイーサンが子供の時に迷い込んでから交友は始まり、今ではキャンベル家のカトラリーや調理器具の開発や手入れは全て担っているという。工房の看板に見覚えがあったが、カトラリーに刻まれたマークと同じだとアナベルは思い出した。

「では貴方が、絵の先生ですか?」

「おや、コイツそんな話までしていたのか」

イーサンは絵を描くのが非常に上手く、木を彫り、粘土を捏ねて作り上げた素晴らしい作品を見せてもらった。『職人の友人に手解きを受けた』とデフォルメされた似顔絵を見せてもらった、その先生に会えて嬉しい限りだ。

主人はイーサンに頼まれ、棚からケースを持ってきた。中にはあらゆるデザインの指輪が仕舞われていた。緻密で繊細な造形が施された指輪に、アナベルはすっかり魅了されてしまう。
婚約者が指輪を気に入ったとわかると、イーサンはニヤリと笑ってみせた。主人は満更でない様子で顎髭を撫でる。

「ねぇアナベル。婚約…いずれは結婚の指輪も、彼に任せるのはどうだろう?」

「ゆびわ」

アナベルはその存在を、すっかり忘れていた。以前ロベールとの婚約指輪はあったが、普段あまりつけていなかった。存在が希薄になっていたが、イーサンと婚約したならその証に指輪をつけるのは当然だ。

「『年頃の娘は有名な店の方がいい』って彼は言うんだけどさ。アナベルは絶対に気にいると思った。彼の腕前は一級品。どんな無理難題も絶対叶えてくれる。加えて宝石の種類も潤沢」

そして…と言葉を続けようとするイーサンは、頬を赤く染めた。

「好きなデザインの指輪を作ってもらってさ。それで…スカイブルーとライトグリーンの宝石をはめてもらうのはどうかな?」

スカイブルーは、アナベルの瞳の色だ。そこまで考えてくれていたのか。

「素敵」

イーサンに釣られて、アナベルも顔を赤くした。
若いカップルの初々しい雰囲気に当てられ、急に照れくさくなった主人は頭を掻く。

「お前さんたちの指輪を作れるのは、すごく嬉しいけどな。いいんか?年頃の娘さんが身につけるから、有名なブランドの方が社交界のネタ的にもいいだろう」

「全然!ここで作られるものなら、どんなものも最高です」

勢いよくアナベルが答えると、主人はワハハと豪快に笑った。

「そんなに気に入ってくれたんなら、職人冥利に尽きるね。わかった。作らせてもらおう。好みや希望、普段の衣装とか教えとくれ。試作何個か用意して、今度屋敷に行く」

「ありがとう」

イーサンが礼を言うと、主人は深く頷いた。
好きなデザインや希望などを伝え、主人に見送られながら2人は工房を後にした。
待ち合わせのカフェには、既にレティシアとソフィアが待っていた。買ったブローチを見せ、指輪の件も話せば「最高よ!」と大絶賛される。彼女の横に控えるソフィアも何度も頷いていた。

買い物も終わり、4人は迎えにきた馬車に乗って屋敷へ戻る。

美味しい夕食も、心地よい入浴も堪能したアナベルは、自室でゆっくり過ごしていた。
買ったばかりのブローチを箱から取り出す。部屋の明かりを反射させる宝石。煌めきも、色も本当に美しい。イーサンが笑うと、似たように瞳が輝くのだ。

『似合わない。らしくない。わざとらしい』

元婚約はそう言い放った。12歳の時。ロベールの好きな色である薄紫色のドレスを纏ったアナベルに、引き攣った顔になった彼を今でも鮮明に思い出せる。
今日のイーサンは、どうだったろうか。
暑い中歩き回って疲れていたはずだ。悩みながら店を回る時でさえ、楽しそうだった。ブローチを選んで待っている間、婚約指輪の話す声、アナベルがレティシア夫人と話している時間。
その彼の輝きは増していた。自惚れではなく、本当に嬉しそうに、楽しそうにしていた。

(あれほどの熱を、私は元婚約者に向けたことなかったわ)

これまで隠してきただけで、イーサンは本当に自分のことが好きなのだと、側にいるだけで伝わってきた。

(イーサンは…私のことが好き。なら、私は?)

宝石が一瞬、強く光を放った。暗い気持ちをかき消すように光ったそれに、アナベルは頭を振った。

(疲れているのね。暗くなりすぎよ。イーサンが楽しませようとしてくれているのに失礼だわ)

ブローチを仕舞い、明かりを消すとベッドに潜り込んだ。
明日に備え、アナベルは眠るために固く固く目を閉じたのであった。