夏休み1日目。
つまりアナベルが保養地区に連れ去られた翌日のこと。彼女は、ベッドの上で顔を真っ青にしていた。
前日、サイドハウス・ノアに到着すると、先に待っていた使用人達から盛大に迎えられたアナベル。レティシアがイーサンとアナベルが正式に婚約者になったと報告するや否や、歓声と拍手が沸き起こった。
『これからよろしくお願いします!毎日食事をより楽しんでいただけるよう励みます』『ようやく…!イーサンさまおめでとうございます!』『ようやく想いが叶いましたな。よかったです』『アナベル様。どうか末永くよろしくお願いいたします』
彼らはアナベルを受け入れ、またイーサンの恋の成就を、自分ごとのように喜んでいる。キャンベル家の使用人達もイーサンの想いを知っていたのだとわかり、彼の想いが本物なのだとアナベルは改めて実感した。
落ち着かない場をソフィアが収め、まずはサイドハウス・ノアに用意されたアナベルの部屋へ案内された。王都の屋敷同様、アナベル好みの最高のボタニカル調の部屋であった。
『それでは、後ほど夕食に呼びに参りますね』
老メイドが下がると、アナベルは部屋に1人になった。終日予想がつかない展開と長距離移動で、流石にアナベルの心身は疲れ果てていた。
((ほんのすこし、すこしだけ休もう…))
そう心に決め、彼女はベッドに腰をかけた。目を休めるために、瞼を下ろす。
そして、アナベルはぐっすり眠ったの出会った。
大誤算である。今までの経験上、この休み方ならば寝ても意識が浅くなる。呼ばれればすぐに起きられたはずだが、翌朝メイドが起こしに来るまでアナベルは熟睡していた。
早急に身支度を済ませ、足早に食堂に向かう。イーサンとレティシア夫人はすでに席についていた。
2人に駆け寄ったアナベルは早速、頭を下げた。
「申し訳ありません…」
連行という表現が正しくても、わざわざ侯爵家の人間が伯爵家に出向き、アナベルを迎えに来てくれたのだ。そんな2人を放置してしまった上、使用人達の好意も無下にしてしまった。深々と頭を下げるアナベルに、レティシアとイーサンは慌てて声をかける。
「何を言っているの。謝らないで。修了式もあったの。疲れていて当たり前だわ」
「むしろこちらの気遣いが足らなかった。アナベル、だから頭を下げないで。ね?」
おずおずと顔を上げると、イーサンの顔が近くにあった。思わずアナベルは目線を逸らしてしまう。
彼と婚約者になったが、昨日まで、いや告白を受ける瞬間までイーサンを友人だと思っていた。突然惚れていたと言われても、正直どんな顔をすればいいのかわからない。
なにより胸に抱いた罪悪感も燻っている。
イーサンはアナベルの態度に、一瞬見定めるような目つきになったが、すぐにいつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
「さ、まずは朝食を食べよう。その後は、サイドハウス・ノアを案内するよ」
アナベルはゆっくりイーサンに目線を戻す。にこりと笑う彼に、ゆっくり頷いた。
✴︎
サイドハウス・ノア。
身体が弱すぎる息子が健やかに過ごせるように、年間気候が穏やかな保養地区に屋敷を求めた。
放置された屋敷を、本邸同然に改築した。本邸との1番の違いは、ホテルのような内装だ。部屋はー使用人の部屋や馬小屋、倉庫に至るまでーどこも広々と造られ、木彫の暖かみを感じられる。
周囲は自然が豊かで、時々小動物たちが姿を見せる。街からも近いため、土地の利便性も素晴らしいの一言に尽きる。
まさに休息にふさわしい屋敷だ。
「そりゃぁ、休むための場所ですからねぇ」
アナベルの感想をそう断じたのは、ノアの管理人兼メイドを務めるポーラである。今年70歳になる彼女は、20代からキャンベル家で働いており、かつては王都屋敷のメイド長を務めていた、元気いっぱいなおばあちゃんである。イーサンが11歳の時に、夫妻とイーサンは本格的に王都屋敷を主な生活拠点にするために保養地区から引っ越した。ポーラは頼もしい後輩にメイド長の座を継がせ、ノアで管理人として生活することを選んだ。
『相変わらず気難しいお顔をされてますねぇ、おひいさま』
昨晩、6年ぶりに会ったアナベルをポーラは相変わらずの態度で出迎えた。彼女の饒舌さが懐かしい。子供の時はムキになる時もあったが、アナベルもいい歳だ。『貴方もね』と返せば、ポーラはキョトンと目を丸くした。
屋敷の案内が終わり、植物室へ移動した2人にポーラはお茶を淹れた。アイザックとジャック特製のハーブティーとお茶菓子だ。
「では近くにおりますので。何かありましたらお呼びくださいよ」
ポーラが下がり、アナベルは早速イーサンに詰め寄る。
他の家の夏休みの過ごし方などアナベルには皆目検討つかない。侯爵の言っていた"恋仲"の件もある。なにかするべき事や、期待されている事があれば今知っておくべきだ。
「夏休み中遊びに出掛けたり、屋敷で過ごす時間で少しでも仲が深められたらと思ってる。中央よりも保養地区の方が遊ぶ場所は豊富だし、ゆっくりも過ごせるから」
「なるほど。確かにこちらの方が目的に合ってるわね。…『少しでも』って消極的過ぎない?」
話に聞く限り、惚れた相手には同じぐらい好きになって欲しいものではないのか。好きの重さで恋人たちが拗れる世界だ。初恋を叶えておきながら想像と違ったなどとなれば目も当てられない。それに大事件でも起こり、離れ離れになってしまったら?イーサンの片思い期は報われなくなってしまう。
彼に婚約者探しの話をしたのはキャンベル家での休暇2日目、つまり終了式前日の夕方から数時間で彼は両親を説得し、行動に移した。
それだけアナベルを想ってくれたということだ。
両親や侯爵夫妻も、イーサンとアナベルが仲良くすることを望んでいる。なにより自身の都合を1番に考えてしまった分、イーサンの求めているものに応えたい。応える義務がある。
鬼種のような気迫を漂わせるアナベルに、イーサンは優しく微笑んだ。
「友人として接して来た相手に想いを抱けなんて。身勝手で怖い話じゃないか。君の感情を動かせるかは私の努力次第。アナベルは気にしないで今まで通りに接してよ。なにより夏休みを楽しもうじゃないか」
「…ありがとうイーサン。どんな時も気を遣ってくれる貴方は素敵だわ。けど関係が変わったの。私だけいつも通りなんて」
許されない。
最後の言葉をアナベルは飲み込み、代わりに首を振る。口に出せば絶対にイーサンは眉を顰める。彼はアナベルに自責の念を抱いて欲しい訳ではないと、彼女は理解している。
イーサンは少しの間黙っていたが、ゆっくりと頷いた。
「無理はしないでね。嫌なことや不快なことがあれば必ず言って欲しい。改めるから」
イーサンが嫌がることをするとは微塵も思っていないが、婚約者が気にしているのなら配慮すべきことだ。アナベルも「気になることがあれば素直に言って欲しい」と伝えれば、イーサンは「わかった」と答えた。
「それではアナベル。軟弱者ではありますがどうぞよろしくお願いします」
アナベルの手を取ると、甲に唇を落とした。柔らかな唇の厚みが伝わる。まるで王子ー実際の王子を知っているが、彼とはまた違った物語に出てくるようなーのように優雅な動作に、アナベルは釘付けになった。
他で見る機会はあるが、まさか自分の立場になるとは思っていなかった。いっそ感動してしまう。
「…気持ち悪い?」
「全然」
少し気恥ずかしさはあるが不思議と嫌悪感はない。触れる彼の手が自身のよりも大きいことに、アナベルは初めて気がついた。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
ほっと胸を撫で下ろしたイーサンにアナベルは微笑む。己のやるべき事が定まり、ようやく気持ちが少し落ち着いた。
安堵の色が浮かんだ想い人に、イーサンは内心複雑な思いになったが、後は自身の行動次第だと気持ちを切り替える。
「さ、アナベル!この夏の計画を立てよう」
イーサンは空気を変えるように、明るく切り出した。強制になってしまったが、アナベルを保養地まで連れてきた大きな理由はここにある。
「学園の課題はあるけどさ。アナベルの自由に…あちらこちら遊びにいっても、一日中屋敷でゴロゴロしてもいい」
ショッピング、一日読書、スイーツ巡り、遊園地、二度寝、散歩、アクティビティ、観劇、ピクニック、川遊び…。
イーサンが上げていく候補に、不覚にもアナベルの心はみるみる高鳴っていく。どれも遊んでみたい。
一方で、夏休みは2ヶ月半もあり、その間遊んでばっかりいたらどうなってしまうのか未来が読めず、不安が募る。アナベルは誘惑と現実の天秤にぐらついた。
続けて、イーサンが言いづらそうに伝えたのは、彼の外出について。身体が強くなったとはいえ、無理を重ねると疲労で1日中動けなくなるらしい。そのため、イーサンは2日に一度、または夜出かける次の日は屋敷で休まなければいけない。彼は「アナベルは気にせず過ごしていい」と言ってくれたが、流石に申し訳ない。ならば、一緒に屋敷で学園の課題を進めようと提案した。これなら頭を使う日もできる。話題はそのまま課題について移る。あまり量はないものの、自由テーマのレポート提出が難問だ。
「なら、この夏休みの中で題材を探すと良いよ。いっそ"休みの取り方"ってテーマはどう?」
思わず眉を顰めたものの、考えたこともないテーマだ。はたしてレポートに仕上げられるか検討つかないが余地はある。他と合わせて考えたいと伝えれば、予定に博物館や美術館、資料館も加わった。
他にしたいことはあるかとイーサンに聞かれ、アナベルは思案する。ここまでイーサンに任せきりだ。せめて1つぐらい案を出したかったが、他のアイデアも魅惑的すぎて、休暇初心者のアナベルは迷ってしまう。
(こんなに何か決めるのが下手だったかしら)
首を傾ければ、なら任せてと言うイーサンに、アナベルは素直に頼る事にした。
あらかた話がまとまった2人の元に、レティシア夫人とソフィアがやってきた。ソフィアは封筒がいくつか乗った銀トレイを持っている。
「さて、2人にお話があります」
席についたレティシア夫人は封筒の1つを手に取る。まるで女神が降臨したかのごとき、優雅さでその中身、招待状を掲げた。
「キャッキャウフフと過ごしたいところだけど、夜会の招待も来ています。こちらとしても、アナベルの婚約者はイーサンであることを見せつけておきたいの。参加する夜会は厳選するけど、3回ほどは要参加」
そして高らかに、国の安寧を誓う女王がごとく言い放つ。
「なので!明日は夜会への準備をかねた街散歩と行きましょう!」
御用商人を屋敷に呼ぶのもいいが、宝物は探した方が楽しい、また保養地区の街も見ることができるとレティシアは話す。
「どうせキャンベル家は変人の家と言われているのだから存分にやりましょ。あ、きちんと2人の護衛は付けるから安心してね」
イーサンと夫人と街巡り。楽しそうな予感にアナベルは目を輝かせる。
ようやくアナベルの張り詰めた表情が抜け、キャンベル親子は顔を見合わせ微笑みあった。
つまりアナベルが保養地区に連れ去られた翌日のこと。彼女は、ベッドの上で顔を真っ青にしていた。
前日、サイドハウス・ノアに到着すると、先に待っていた使用人達から盛大に迎えられたアナベル。レティシアがイーサンとアナベルが正式に婚約者になったと報告するや否や、歓声と拍手が沸き起こった。
『これからよろしくお願いします!毎日食事をより楽しんでいただけるよう励みます』『ようやく…!イーサンさまおめでとうございます!』『ようやく想いが叶いましたな。よかったです』『アナベル様。どうか末永くよろしくお願いいたします』
彼らはアナベルを受け入れ、またイーサンの恋の成就を、自分ごとのように喜んでいる。キャンベル家の使用人達もイーサンの想いを知っていたのだとわかり、彼の想いが本物なのだとアナベルは改めて実感した。
落ち着かない場をソフィアが収め、まずはサイドハウス・ノアに用意されたアナベルの部屋へ案内された。王都の屋敷同様、アナベル好みの最高のボタニカル調の部屋であった。
『それでは、後ほど夕食に呼びに参りますね』
老メイドが下がると、アナベルは部屋に1人になった。終日予想がつかない展開と長距離移動で、流石にアナベルの心身は疲れ果てていた。
((ほんのすこし、すこしだけ休もう…))
そう心に決め、彼女はベッドに腰をかけた。目を休めるために、瞼を下ろす。
そして、アナベルはぐっすり眠ったの出会った。
大誤算である。今までの経験上、この休み方ならば寝ても意識が浅くなる。呼ばれればすぐに起きられたはずだが、翌朝メイドが起こしに来るまでアナベルは熟睡していた。
早急に身支度を済ませ、足早に食堂に向かう。イーサンとレティシア夫人はすでに席についていた。
2人に駆け寄ったアナベルは早速、頭を下げた。
「申し訳ありません…」
連行という表現が正しくても、わざわざ侯爵家の人間が伯爵家に出向き、アナベルを迎えに来てくれたのだ。そんな2人を放置してしまった上、使用人達の好意も無下にしてしまった。深々と頭を下げるアナベルに、レティシアとイーサンは慌てて声をかける。
「何を言っているの。謝らないで。修了式もあったの。疲れていて当たり前だわ」
「むしろこちらの気遣いが足らなかった。アナベル、だから頭を下げないで。ね?」
おずおずと顔を上げると、イーサンの顔が近くにあった。思わずアナベルは目線を逸らしてしまう。
彼と婚約者になったが、昨日まで、いや告白を受ける瞬間までイーサンを友人だと思っていた。突然惚れていたと言われても、正直どんな顔をすればいいのかわからない。
なにより胸に抱いた罪悪感も燻っている。
イーサンはアナベルの態度に、一瞬見定めるような目つきになったが、すぐにいつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
「さ、まずは朝食を食べよう。その後は、サイドハウス・ノアを案内するよ」
アナベルはゆっくりイーサンに目線を戻す。にこりと笑う彼に、ゆっくり頷いた。
✴︎
サイドハウス・ノア。
身体が弱すぎる息子が健やかに過ごせるように、年間気候が穏やかな保養地区に屋敷を求めた。
放置された屋敷を、本邸同然に改築した。本邸との1番の違いは、ホテルのような内装だ。部屋はー使用人の部屋や馬小屋、倉庫に至るまでーどこも広々と造られ、木彫の暖かみを感じられる。
周囲は自然が豊かで、時々小動物たちが姿を見せる。街からも近いため、土地の利便性も素晴らしいの一言に尽きる。
まさに休息にふさわしい屋敷だ。
「そりゃぁ、休むための場所ですからねぇ」
アナベルの感想をそう断じたのは、ノアの管理人兼メイドを務めるポーラである。今年70歳になる彼女は、20代からキャンベル家で働いており、かつては王都屋敷のメイド長を務めていた、元気いっぱいなおばあちゃんである。イーサンが11歳の時に、夫妻とイーサンは本格的に王都屋敷を主な生活拠点にするために保養地区から引っ越した。ポーラは頼もしい後輩にメイド長の座を継がせ、ノアで管理人として生活することを選んだ。
『相変わらず気難しいお顔をされてますねぇ、おひいさま』
昨晩、6年ぶりに会ったアナベルをポーラは相変わらずの態度で出迎えた。彼女の饒舌さが懐かしい。子供の時はムキになる時もあったが、アナベルもいい歳だ。『貴方もね』と返せば、ポーラはキョトンと目を丸くした。
屋敷の案内が終わり、植物室へ移動した2人にポーラはお茶を淹れた。アイザックとジャック特製のハーブティーとお茶菓子だ。
「では近くにおりますので。何かありましたらお呼びくださいよ」
ポーラが下がり、アナベルは早速イーサンに詰め寄る。
他の家の夏休みの過ごし方などアナベルには皆目検討つかない。侯爵の言っていた"恋仲"の件もある。なにかするべき事や、期待されている事があれば今知っておくべきだ。
「夏休み中遊びに出掛けたり、屋敷で過ごす時間で少しでも仲が深められたらと思ってる。中央よりも保養地区の方が遊ぶ場所は豊富だし、ゆっくりも過ごせるから」
「なるほど。確かにこちらの方が目的に合ってるわね。…『少しでも』って消極的過ぎない?」
話に聞く限り、惚れた相手には同じぐらい好きになって欲しいものではないのか。好きの重さで恋人たちが拗れる世界だ。初恋を叶えておきながら想像と違ったなどとなれば目も当てられない。それに大事件でも起こり、離れ離れになってしまったら?イーサンの片思い期は報われなくなってしまう。
彼に婚約者探しの話をしたのはキャンベル家での休暇2日目、つまり終了式前日の夕方から数時間で彼は両親を説得し、行動に移した。
それだけアナベルを想ってくれたということだ。
両親や侯爵夫妻も、イーサンとアナベルが仲良くすることを望んでいる。なにより自身の都合を1番に考えてしまった分、イーサンの求めているものに応えたい。応える義務がある。
鬼種のような気迫を漂わせるアナベルに、イーサンは優しく微笑んだ。
「友人として接して来た相手に想いを抱けなんて。身勝手で怖い話じゃないか。君の感情を動かせるかは私の努力次第。アナベルは気にしないで今まで通りに接してよ。なにより夏休みを楽しもうじゃないか」
「…ありがとうイーサン。どんな時も気を遣ってくれる貴方は素敵だわ。けど関係が変わったの。私だけいつも通りなんて」
許されない。
最後の言葉をアナベルは飲み込み、代わりに首を振る。口に出せば絶対にイーサンは眉を顰める。彼はアナベルに自責の念を抱いて欲しい訳ではないと、彼女は理解している。
イーサンは少しの間黙っていたが、ゆっくりと頷いた。
「無理はしないでね。嫌なことや不快なことがあれば必ず言って欲しい。改めるから」
イーサンが嫌がることをするとは微塵も思っていないが、婚約者が気にしているのなら配慮すべきことだ。アナベルも「気になることがあれば素直に言って欲しい」と伝えれば、イーサンは「わかった」と答えた。
「それではアナベル。軟弱者ではありますがどうぞよろしくお願いします」
アナベルの手を取ると、甲に唇を落とした。柔らかな唇の厚みが伝わる。まるで王子ー実際の王子を知っているが、彼とはまた違った物語に出てくるようなーのように優雅な動作に、アナベルは釘付けになった。
他で見る機会はあるが、まさか自分の立場になるとは思っていなかった。いっそ感動してしまう。
「…気持ち悪い?」
「全然」
少し気恥ずかしさはあるが不思議と嫌悪感はない。触れる彼の手が自身のよりも大きいことに、アナベルは初めて気がついた。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
ほっと胸を撫で下ろしたイーサンにアナベルは微笑む。己のやるべき事が定まり、ようやく気持ちが少し落ち着いた。
安堵の色が浮かんだ想い人に、イーサンは内心複雑な思いになったが、後は自身の行動次第だと気持ちを切り替える。
「さ、アナベル!この夏の計画を立てよう」
イーサンは空気を変えるように、明るく切り出した。強制になってしまったが、アナベルを保養地まで連れてきた大きな理由はここにある。
「学園の課題はあるけどさ。アナベルの自由に…あちらこちら遊びにいっても、一日中屋敷でゴロゴロしてもいい」
ショッピング、一日読書、スイーツ巡り、遊園地、二度寝、散歩、アクティビティ、観劇、ピクニック、川遊び…。
イーサンが上げていく候補に、不覚にもアナベルの心はみるみる高鳴っていく。どれも遊んでみたい。
一方で、夏休みは2ヶ月半もあり、その間遊んでばっかりいたらどうなってしまうのか未来が読めず、不安が募る。アナベルは誘惑と現実の天秤にぐらついた。
続けて、イーサンが言いづらそうに伝えたのは、彼の外出について。身体が強くなったとはいえ、無理を重ねると疲労で1日中動けなくなるらしい。そのため、イーサンは2日に一度、または夜出かける次の日は屋敷で休まなければいけない。彼は「アナベルは気にせず過ごしていい」と言ってくれたが、流石に申し訳ない。ならば、一緒に屋敷で学園の課題を進めようと提案した。これなら頭を使う日もできる。話題はそのまま課題について移る。あまり量はないものの、自由テーマのレポート提出が難問だ。
「なら、この夏休みの中で題材を探すと良いよ。いっそ"休みの取り方"ってテーマはどう?」
思わず眉を顰めたものの、考えたこともないテーマだ。はたしてレポートに仕上げられるか検討つかないが余地はある。他と合わせて考えたいと伝えれば、予定に博物館や美術館、資料館も加わった。
他にしたいことはあるかとイーサンに聞かれ、アナベルは思案する。ここまでイーサンに任せきりだ。せめて1つぐらい案を出したかったが、他のアイデアも魅惑的すぎて、休暇初心者のアナベルは迷ってしまう。
(こんなに何か決めるのが下手だったかしら)
首を傾ければ、なら任せてと言うイーサンに、アナベルは素直に頼る事にした。
あらかた話がまとまった2人の元に、レティシア夫人とソフィアがやってきた。ソフィアは封筒がいくつか乗った銀トレイを持っている。
「さて、2人にお話があります」
席についたレティシア夫人は封筒の1つを手に取る。まるで女神が降臨したかのごとき、優雅さでその中身、招待状を掲げた。
「キャッキャウフフと過ごしたいところだけど、夜会の招待も来ています。こちらとしても、アナベルの婚約者はイーサンであることを見せつけておきたいの。参加する夜会は厳選するけど、3回ほどは要参加」
そして高らかに、国の安寧を誓う女王がごとく言い放つ。
「なので!明日は夜会への準備をかねた街散歩と行きましょう!」
御用商人を屋敷に呼ぶのもいいが、宝物は探した方が楽しい、また保養地区の街も見ることができるとレティシアは話す。
「どうせキャンベル家は変人の家と言われているのだから存分にやりましょ。あ、きちんと2人の護衛は付けるから安心してね」
イーサンと夫人と街巡り。楽しそうな予感にアナベルは目を輝かせる。
ようやくアナベルの張り詰めた表情が抜け、キャンベル親子は顔を見合わせ微笑みあった。

