その静けさは、お昼休みになっても、放課後になっても破られることはなかった。
数日前までの、いつ男装が全校生徒にバレて全てが崩壊するか分からないという、息もできないほどの絶体絶命なハラハラ感。
それが、今はまるで遠い過去の出来事だったかのように、穏やかな時間が流れていく。
「なぁ、ツムギ。今日の放課後、ちょっと付き合えよ」
放課後のチャイムが鳴り響き、クラスの生徒たちが一斉に席を立ち始める中、一ノ瀬くんが私の机をコンコンと指先で叩いた。
「うん、いいよ! どこに行くの?」
「……購買の裏。あそこ、今の時間なら誰もいねぇから」
ぶっきらぼうにそう言い残し、一ノ瀬くんは先に教室を出ていく。
周りの女子たちが「一ノ瀬くんとツムギ様、本当に最近ずっと一緒だよね」「男子の友情って感じでエモい……!」なんてキャーキャー言っているのを笑顔でかわしながら、私は胸の鼓動を少しだけ速めて彼の後を追った。
夕暮れの光が斜めに差し込む、校舎の隅の自動販売機。
一ノ瀬くんの言う通り、部活動に向かう生徒たちの声が遠くから聞こえるだけで、ここには私たちの他に誰もいなかった。
「ほら、これ」
一ノ瀬くんが、カチャリと音を立てて出てきたイチゴオレの缶を私の手に握らせてくる。
じわりと手に伝わる冷たさに、私はパッと顔を上げた。
「これ、私が好きなやつ……」
「お前、疲れるとすぐこれ飲むだろ。……学校じゃいつも『完璧な王子様』やってて、気が張ってんだから。ここでくらい、ただの『紬』に戻れよ」
一ノ瀬くんは、自分の分の炭酸飲料の缶を開けながら、フイッと照れくさそうに視線を斜め下へと逸らした。
耳の端が、ほんのりと赤くなっている。
「一ノ瀬くん……」
誰もいない、静まり返った自販機の裏。
私は周囲の目を気にすることなく、いつもの王子様スマイルを消して、一人の女の子としての、本当の、とびきり幸せな笑顔を彼に向けた。
「うん! ありがとう、一ノ瀬くん」
イチゴオレを一口飲むと、甘さが体中に染み渡っていくみたいに胸がキュンと痛む。一ノ瀬くんはそんな私の姿を、呆れたような、だけどこれ以上ないくらい優しい瞳で見つめ、私の男装のウィッグの頭を大きな手でぽんと優しく撫でてくれた。
世界でたった一人、本当の私を知って、本当の私を愛してくれる恋人。
この嵐の前の静けさは、神様がくれた、私たちだけの特別なご褒美の時間のように思えたんだ。
数日前までの、いつ男装が全校生徒にバレて全てが崩壊するか分からないという、息もできないほどの絶体絶命なハラハラ感。
それが、今はまるで遠い過去の出来事だったかのように、穏やかな時間が流れていく。
「なぁ、ツムギ。今日の放課後、ちょっと付き合えよ」
放課後のチャイムが鳴り響き、クラスの生徒たちが一斉に席を立ち始める中、一ノ瀬くんが私の机をコンコンと指先で叩いた。
「うん、いいよ! どこに行くの?」
「……購買の裏。あそこ、今の時間なら誰もいねぇから」
ぶっきらぼうにそう言い残し、一ノ瀬くんは先に教室を出ていく。
周りの女子たちが「一ノ瀬くんとツムギ様、本当に最近ずっと一緒だよね」「男子の友情って感じでエモい……!」なんてキャーキャー言っているのを笑顔でかわしながら、私は胸の鼓動を少しだけ速めて彼の後を追った。
夕暮れの光が斜めに差し込む、校舎の隅の自動販売機。
一ノ瀬くんの言う通り、部活動に向かう生徒たちの声が遠くから聞こえるだけで、ここには私たちの他に誰もいなかった。
「ほら、これ」
一ノ瀬くんが、カチャリと音を立てて出てきたイチゴオレの缶を私の手に握らせてくる。
じわりと手に伝わる冷たさに、私はパッと顔を上げた。
「これ、私が好きなやつ……」
「お前、疲れるとすぐこれ飲むだろ。……学校じゃいつも『完璧な王子様』やってて、気が張ってんだから。ここでくらい、ただの『紬』に戻れよ」
一ノ瀬くんは、自分の分の炭酸飲料の缶を開けながら、フイッと照れくさそうに視線を斜め下へと逸らした。
耳の端が、ほんのりと赤くなっている。
「一ノ瀬くん……」
誰もいない、静まり返った自販機の裏。
私は周囲の目を気にすることなく、いつもの王子様スマイルを消して、一人の女の子としての、本当の、とびきり幸せな笑顔を彼に向けた。
「うん! ありがとう、一ノ瀬くん」
イチゴオレを一口飲むと、甘さが体中に染み渡っていくみたいに胸がキュンと痛む。一ノ瀬くんはそんな私の姿を、呆れたような、だけどこれ以上ないくらい優しい瞳で見つめ、私の男装のウィッグの頭を大きな手でぽんと優しく撫でてくれた。
世界でたった一人、本当の私を知って、本当の私を愛してくれる恋人。
この嵐の前の静けさは、神様がくれた、私たちだけの特別なご褒美の時間のように思えたんだ。


