「完璧な崩壊」へと続くカウントダウンが、私達の足音と共に、静かに始まっているのを知る由もないまま、私はただ彼の温もりを隣で感じていた。
「じゃあな」
とぶっきらぼうに告げて去っていった一ノ瀬くんの大きな背中を見送ってからも、私の胸のバクバクはしばらく収まらなかった。
男装のイケメン『ツムギ』として完璧な学園生活を送る私にとって、正体を知る一ノ瀬くんの存在はあまりにも大きくて、そして、あまりにも危うい。
しかし、その「すれ違い」は翌日から、目に見える形で私たちの間に溝を作り始めた。
学校に着くと、私はいつものように女子たちに囲まれる。
「ツムギくん!おはよう!」
「今日もかっこいいね!」
王子様スマイルを崩さずに応えながら、ふと人混みの向こうを見ると、一ノ瀬くんがこちらをじっと見つめていた。
だけど、目が合った瞬間、彼は酷く冷めたような、どこか寂しそうな瞳で私から視線を逸らし、そのまま通り過ぎていってしまったのだ。
え……? 一ノ瀬くん……?
昨日あんなに切なく抱きしめてくれたのに、学校ではまるで赤の他人のような態度。
彼が私の正体を守るためにあえて距離を置いているのか、それとも女子たちにチヤホヤされる私に愛想を尽かしたのか。
声をかけたくても周りの目が邪魔をして近づけない。隣の席にいるはずなのに、心が果てしなく遠くすれ違っていく感覚に、胸がぎゅっと締め付けられた。
――そして、そんな私たちの微妙な距離感を、冷酷に観察している存在がいた。
その日の放課後。一ノ瀬くんとのギクシャクした関係に落ち込みながら、私は女子たちのカラオケの誘いをなんとか断り、一人で足早に昇降口へと向かっていた。早く家に帰って、この重いウィッグを外してしまいたかった。
「ねえ、ちょっと待ちな、ツムギくん?」
背後からかけられた鋭い声に、心臓が跳ね上がる。
振り返ると、そこには私に対していつも冷ややかな視線を送っていた、同じクラスの意地悪な女子が立っていた。
彼女の口元は、勝ち誇ったように歪んでいる。
「あんたさ、いっつも一ノ瀬と怪しい雰囲気だけど……本当は男のフリしてるだけなんじゃないの?」
「――っ!?」
頭の中が真っ白になった。
彼女の手には、私の顔と、昨日一ノ瀬くんに抱きしめられていた時の後ろ姿がはっきりと写ったスマートフォンの画面が握られている。
「この写真、全校生徒のグループラインに流されたくなかったら……今すぐここで、その服脱いで証明してみせなよ」
すれ違ってしまった一ノ瀬くんは、ここにはいない。助けを呼ぶこともできない。
逃げ場のない廊下で、私の『完璧な学園生活』が音を立てて崩れ落ちるような、まさに息もできないほどの絶体絶命のピンチが、今ここで幕を開けようとしていた――。


