菫色の署名が導く悪女の契約。甘い悪夢は終わらない

「おはようございます~」

今日はきっちり起きれて、レネが来る前には顔も洗っていた。

「おや、顔色が優れませんね」
「だって……」
「どうなさいました?」
「知ってた?昨日のあれ!!」
「あれ?」
「ドレス三着、二百万リア」
「お買い上げ成功、残り三百万リアですね」
「……セラフィーヌ様の私費なんですって」
「無駄遣い!! 契約外の出費ですか?」
「そうなのよ!!こんなのただの無駄遣い。金食い虫よ……」

レネに抱きつけば、今日も『よしよし』と頭や背中を撫でてくれる。

「でも、すごいですね~。侯爵家って本当にお金持ちなんですね。これはわたしの給与も期待できるのでは!?」

キランと目を光らせるレネ。

「ごめんなさいね。安月給で働かせて」
「いえいえ……お嬢さまは一生懸命頑張ってくださってますって」

にっこりと笑うレネに本当に申し訳なくなってくる。

(そうよね……五百万もあったら……レネだけじゃなくて……)

領地のみんなの顔が次々と浮かぶ。
苦しい中、助け合ってきた仲間だ。

「お嬢さま……戻ってきてください」
「……あ」

領地のことを考えるとついつい意識を遠くにしてしまう。
ミレーニアの悪い癖だ。

「お嬢さま、さっそく新しいドレスを着ましょうか?」
「……え?だってサイズ直しが必要だって?」
「なんか特別便?とかで、爆速でサイズ直しがされたみたいですよ?」
「……それも込みの二百万リアってこと?」
「おそらく」
「ふえーん……要らないよ~。そんなサービス要らない……。セラフィーヌ様のお小遣い……すごいな、お小遣いって小さくもなんともないじゃない!!」
「そうですよ。だから気になさらないでください」
「無理。無理よ……でも働いて返すこともできない……」
「立派な悪女になればいいんですよ」
「……そう。そうよね。頑張る」

決意を新たにレネと一緒にクローゼットを覗く。

「で、お嬢さま。どれにします。三着きっちりクローゼットに入ってますよ」
「すごいわ。爆速すごい。でも……どれでもいいんだけど。可愛くなかったし」
「だから言ったじゃないですか。わたし何回も言いましたよね?」
「……う」
「せっかくだから可愛いのにすればよかったんですよ」
「だって安かったんだもん……めっちゃ高かったけど」
「どっちなんですか? まぁ分かります。あの中では安い方でしたもんね」
「怖い。お貴族様怖い」
「お嬢さまもお貴族様なんですって。そういう顔してなくっちゃ」
「……分かったわ。とりあえず一番高いのにしようかしら?」
「この一番似合わない赤いドレスですね」
「……目に痛い」
「だからなんで買ったんですか?」
「同じ話になるからやめましょう」

深紅の薔薇のようなドレスがクローゼットから出てくる。
セラフィーヌ様が着たらさぞかしお似合いになるかと思われるが……着用するのはミレーニアだ。
似合うどころの話ではない。

「セラフィーヌ様に贈りたい……」
「セラフィーヌ様のお金なんですよね? 代理でお買い物したいみたいになりますね」
「……うう……泣きたい」

本日も二人でドレスを着る。
コルセットは無しだ。
昨日よりは手際よく着られて満足ではあるが、鏡の前に立って眺めれば眺めるほど、残酷な光景が広がっていく。

「ドレスは綺麗……」
「そうですね。とっても綺麗ですね」
「この胸元の薔薇みたいなの……すごいわ」
「すごいですね……」
「なんか……悲しい」
「……これ、さすがに豪華すぎません?」
「いいの。とにかく買ったんだから」
「あ、そうだ。お化粧隊をお呼びしますから、そこで待ってください」

示されたのは、豪華な化粧台。
金ぴかの装飾を見て、ミレーニアはついつい数字へと変えようとしてしまう。

(……一体いくらなのかしら?)

「じゃ、行ってきますね」
「え? なに?」

レネに問いかけたのに、急いでいたのか返事はなかった。
大人しく化粧台の椅子に座り、待つこと数分――

レネを先頭にマルグリット様、他二名がやってきた。
お仕着せがとっても洗練されていて、可愛い。
レネにも着せてあげて欲しいなぁと思う。レネは小柄で可愛いから何でも似合う。

(いや……さすがにこの薔薇のドレスは、レネでも似合わないか)

「ヴェルナレット嬢」

マルグリット様はにこりと微笑んだ。
でも目がなんだかギラギラしている気がする。
一緒に来た二人の侍女は表情が読めない。

(……ご主人様に似るのかしら?)

二度ほどしか顔を合わせていないルシアン様と、その侍女たち。
そして、元気いっぱいのレネと自分自身を重ね合わせて、妙に納得する。

「それでは、お化粧をさせていただきます」

マルグリット様の唐突な申し出に、ミレーニアは助けを求めるようにレネを見るも、レネは興味津々と目をキラキラとさせているだけだった。