公爵令嬢の首元にはピンクのマフラー。
なぜか恥ずかしそうに、ピンクしかありませんでしたの、と言われた。
別にピンクでも問題ないと思うのだが、本人の好みとズレてしまったのだろうか?
「で、お父様たちに報告したら反対されたんですの」
家庭教師になりたいとすぐに家族に伝えたらしい。
相変わらず行動が速い。
思い立ったらすぐ、だ。
「まぁそうなるだろうな」
「え?どうしてですの?」
目を真ん丸にされて驚かれるが、普通に考えてそうだろう。
高位貴族の令嬢が、卒業後に働くことを選ぶのは珍しい。
しかも家庭教師。家族が心配して反対するのは当然だ。
「……説得はできそうなのか?」
理由を説明するのは面倒で、そう訊けば彼女がふふっと得意げに笑った。
(これは意外だ)
もっと時間が掛かると思っていたのだが。
むしろ反対されたままで、勝手に家庭教師をするんじゃないかとさえ危惧していた。
「こうやって」
唐突に彼女は椅子から立ち上がり、アリステアの近くに来た。
しかも膝をつこうとする。
汚れる、と慌てたアリステアは彼女に手を伸ばしかけて、触れてはいけないと手を止めるという中途半端な状況に陥る。
しかし彼女は気にした様子もなく、にこりと笑った。
そして。
「上目遣いで、おねだりしてみたんです」
両手をぎゅっと胸元で組んで、首を傾けている。
(…………)
「どうです?効きます?」
『効いた』と返して欲しいのだろうか?
分からない。
というか、いったいどこでそんな技を?
彼女らしくない手法につい眉間に皺が寄る。
「……あ、不快でしたのね……」
申し訳なさそうにされるが、それにさえ舌打ちをしたくなる。
「不快というよりも……」
「ダメでした?」
「あまり気分のいいものではないな」
可愛いのかもしれないが、そんなことをしなくてもいいだろう、と思う。
もっとまっすぐにぶつかればいいだけだ。
「……アリスさんにはしませんわ」
「ああ……そう、だな」
自分で言っておきながら、いつか誰かにそうするのかと思うと、どす黒い感情が湧く。
(畜生……)
早く卒業したい。
この時間から解放されたい。
「アリスさん?」
「いや……なんでもない」
湧き上がるしょうもない嫉妬と、焦燥感。
そんなもの彼女に見せたくはない。
「良かったな。認められて」
なんとか無難な言葉を口にすると、彼女はこくりと頷いた。
けれどアリステアの不機嫌さは伝わってしまったらしい。少しだけ悲しそうな顔をしている。
(……最悪だな)
離れていく背中を眺めながら、やりきれない自分の思いに、息を吐いた。
* * *
お父様やお兄様に効いた戦法は、アリスさんには効かない。
なにより使ってはいけないらしい。
(難しいですわ……)
なんとなく今も不機嫌そうな空気を醸し出している。
(そんなに嫌でしたのかしら……)
小説の登場人物は上手に使っていた。
(でもそうですわね……アリスさんは、こういう小手先の手法は好きではなさそうですわ)
お父様やお兄様と一緒にしてしまった。
アリスさんの前に膝をついて、甘えるようにして。
(あら?……よく考えたらこれじゃ前のわがままと変わらないのでは?)
お父様たちを説得している時には気にならなかったのだが、アリスさんに拒絶されて、その可能性に気づいてしまった。
(……嘘でしょ!!またわたくし、わがままを!!)
お母様には成長したと言って貰えたけれど、そんなことはない。
はっとアリスさんを見る。
(どうしましょう……まだ怒ってらっしゃるわ……)
無言でお弁当を食べているアリスさんからは、いまだに怒りの気配が漂っている。
「あの……」
「……」
アリスさんがちらりとこちらを見た。
心臓がバクバクする。
つい胸元で手を組みそうになるが、それはアリスさんの嫌いな仕草と同じなので、膝の上でぎゅっと手を握りしめて我慢する。
「ご、ごめんなさい」
「……別に怒って」
「怒ってらっしゃいますわ。それに……わたくし、また浅はかな態度をとってしまいましたわ」
「……」
「自分のわがままを通してしまいましたわ」
アリスさんが口をへの字にした。
それから、はぁとため息を吐いた。
「それは我儘とは違う」
「え?でも……」
「まぁ大きく括ると我儘かもしれないが、そういうのとは違う」
「……え?」
「上手くは言えないが、絶対に違う」
あんなに不機嫌そうでしたのに、それでもアリスさんはクラリッサに誠実に応えてくれる。
「……ありがとうございます」
「なんのお礼なのか分からないが……。あと、父君と兄君を説得するには悪くない手法だったと思う」
「……そうですの?」
「ああ、まぁ逆効果の可能性もあったかもしれないが」
「逆効果?」
「ああ、でも説得できたんだろう?」
「ええ。お母様がなんとかしてくださいましたわ」
「……なんとか?」
アリスさんが不思議そうに訊いてきたので、手振り身振りに加え声色まで変えて、臨場感たっぷりに昨日の家族会議の様子を伝える。
ところが話が進むにつれ、元々少なかったアリスさんの相槌がなくなっていく。
そうして。
「……待て、そもそもなんで卒業後も会うことになってるんだ!!」
アリスさんが予想だにしないところで、声をあげた。
「え?会って下さらないんですの?」
「……必要はないだろう?」
まさかの返答にクラリッサの方が愕然とする。
「必要?……だって、わたくしアリスさんに会いたいのに?」
「……」
「アリスさんはわたくしに会いたくない……ということですの?」
思わずそう漏らしてしまった。
なぜか恥ずかしそうに、ピンクしかありませんでしたの、と言われた。
別にピンクでも問題ないと思うのだが、本人の好みとズレてしまったのだろうか?
「で、お父様たちに報告したら反対されたんですの」
家庭教師になりたいとすぐに家族に伝えたらしい。
相変わらず行動が速い。
思い立ったらすぐ、だ。
「まぁそうなるだろうな」
「え?どうしてですの?」
目を真ん丸にされて驚かれるが、普通に考えてそうだろう。
高位貴族の令嬢が、卒業後に働くことを選ぶのは珍しい。
しかも家庭教師。家族が心配して反対するのは当然だ。
「……説得はできそうなのか?」
理由を説明するのは面倒で、そう訊けば彼女がふふっと得意げに笑った。
(これは意外だ)
もっと時間が掛かると思っていたのだが。
むしろ反対されたままで、勝手に家庭教師をするんじゃないかとさえ危惧していた。
「こうやって」
唐突に彼女は椅子から立ち上がり、アリステアの近くに来た。
しかも膝をつこうとする。
汚れる、と慌てたアリステアは彼女に手を伸ばしかけて、触れてはいけないと手を止めるという中途半端な状況に陥る。
しかし彼女は気にした様子もなく、にこりと笑った。
そして。
「上目遣いで、おねだりしてみたんです」
両手をぎゅっと胸元で組んで、首を傾けている。
(…………)
「どうです?効きます?」
『効いた』と返して欲しいのだろうか?
分からない。
というか、いったいどこでそんな技を?
彼女らしくない手法につい眉間に皺が寄る。
「……あ、不快でしたのね……」
申し訳なさそうにされるが、それにさえ舌打ちをしたくなる。
「不快というよりも……」
「ダメでした?」
「あまり気分のいいものではないな」
可愛いのかもしれないが、そんなことをしなくてもいいだろう、と思う。
もっとまっすぐにぶつかればいいだけだ。
「……アリスさんにはしませんわ」
「ああ……そう、だな」
自分で言っておきながら、いつか誰かにそうするのかと思うと、どす黒い感情が湧く。
(畜生……)
早く卒業したい。
この時間から解放されたい。
「アリスさん?」
「いや……なんでもない」
湧き上がるしょうもない嫉妬と、焦燥感。
そんなもの彼女に見せたくはない。
「良かったな。認められて」
なんとか無難な言葉を口にすると、彼女はこくりと頷いた。
けれどアリステアの不機嫌さは伝わってしまったらしい。少しだけ悲しそうな顔をしている。
(……最悪だな)
離れていく背中を眺めながら、やりきれない自分の思いに、息を吐いた。
* * *
お父様やお兄様に効いた戦法は、アリスさんには効かない。
なにより使ってはいけないらしい。
(難しいですわ……)
なんとなく今も不機嫌そうな空気を醸し出している。
(そんなに嫌でしたのかしら……)
小説の登場人物は上手に使っていた。
(でもそうですわね……アリスさんは、こういう小手先の手法は好きではなさそうですわ)
お父様やお兄様と一緒にしてしまった。
アリスさんの前に膝をついて、甘えるようにして。
(あら?……よく考えたらこれじゃ前のわがままと変わらないのでは?)
お父様たちを説得している時には気にならなかったのだが、アリスさんに拒絶されて、その可能性に気づいてしまった。
(……嘘でしょ!!またわたくし、わがままを!!)
お母様には成長したと言って貰えたけれど、そんなことはない。
はっとアリスさんを見る。
(どうしましょう……まだ怒ってらっしゃるわ……)
無言でお弁当を食べているアリスさんからは、いまだに怒りの気配が漂っている。
「あの……」
「……」
アリスさんがちらりとこちらを見た。
心臓がバクバクする。
つい胸元で手を組みそうになるが、それはアリスさんの嫌いな仕草と同じなので、膝の上でぎゅっと手を握りしめて我慢する。
「ご、ごめんなさい」
「……別に怒って」
「怒ってらっしゃいますわ。それに……わたくし、また浅はかな態度をとってしまいましたわ」
「……」
「自分のわがままを通してしまいましたわ」
アリスさんが口をへの字にした。
それから、はぁとため息を吐いた。
「それは我儘とは違う」
「え?でも……」
「まぁ大きく括ると我儘かもしれないが、そういうのとは違う」
「……え?」
「上手くは言えないが、絶対に違う」
あんなに不機嫌そうでしたのに、それでもアリスさんはクラリッサに誠実に応えてくれる。
「……ありがとうございます」
「なんのお礼なのか分からないが……。あと、父君と兄君を説得するには悪くない手法だったと思う」
「……そうですの?」
「ああ、まぁ逆効果の可能性もあったかもしれないが」
「逆効果?」
「ああ、でも説得できたんだろう?」
「ええ。お母様がなんとかしてくださいましたわ」
「……なんとか?」
アリスさんが不思議そうに訊いてきたので、手振り身振りに加え声色まで変えて、臨場感たっぷりに昨日の家族会議の様子を伝える。
ところが話が進むにつれ、元々少なかったアリスさんの相槌がなくなっていく。
そうして。
「……待て、そもそもなんで卒業後も会うことになってるんだ!!」
アリスさんが予想だにしないところで、声をあげた。
「え?会って下さらないんですの?」
「……必要はないだろう?」
まさかの返答にクラリッサの方が愕然とする。
「必要?……だって、わたくしアリスさんに会いたいのに?」
「……」
「アリスさんはわたくしに会いたくない……ということですの?」
思わずそう漏らしてしまった。

