王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

「どうしてダメなんですの!?」

クラリッサが決めた新しい進路はお父様とお兄様に反対された。

「ダメに決まっている!!」
「そうだ、家にいればいいだろう?」

お父様が頭ごなしに、お兄様は意味が分からないとばかりに言ってくる。

「わたくしは家にいたくありませんの」
「……家にいたくないだけなのかしら?」

お父様の隣でずっと静かにしていたお母様が、ゆったりと口を開いた。
わがままだと思われているのかもしれない。
いや、きっとわがままなのだ。
お忙しいお母様のお手伝いをするのが、淑女として、公爵家の娘として当然のことなのだろう。
けれど、クラリッサは夢を見た。

甘い夢だと言われれば、その通りだと思う。
今まで家庭教師なんてものに憧れも何もなかった。
だからこそ嫌いだと思えば勉強もしてこなかった。

そんなクラリッサに、アリスさんは教えてくれた。
嫌いだと思っていた勉強の面白さを。
もちろん数学は今もまだ嫌いなままだ。
でも、歴史や地理は違う。避けてきた部分にも興味が湧くようになった。

アリスさんは、クラリッサの光なのだ。
見えてなかったものを、見ずにいたところを、見せてくれたのだ。

「わたくし、アリスさんのようになりたいのです」

お父様とお兄様の目が大きくなった。
ぐっという謎の音が、どちらかからした。

「ダメだ、絶対にダメだ!!」
「そうだ!!あの男の影響だなんて認められん!!」

ふたりとも立ち上がって声を荒げる。
けれどクラリッサだって負けていられない。

わがままと諦めの悪さがクラリッサなのだ。

同じようにソファから立ち上がる。
淑女らしさなんて今は要らない。
声を限りに叫んだ。

「嫌です!!」

お兄様がクラリッサの元に来て、ガッと肩を掴んだ。

「クラリッサ!まさか卒業後もあの男と会うというんじゃないだろうな?」

話がおかしい。今は家庭教師の話をしていたはずなのに、どうしてアリスさんの話になっているのか?
それでも、クラリッサはきちんと返答した。

「当たり前です!アリスさんはわたくしの先生ですわ」

たとえ試験が終わろうが、卒業しようが。
クラリッサにとってアリスさんは大事な先生だ。

どうしてそんな大事な人との縁を切らなくてはいけないのか?
この先もずっと、アリスさんと一緒にいるのだ。

「……目を覚ませ!!」
「意味が分かりませんわ。わたくしが眠っているといいますの!?」

お兄様とこんな言い合いをしたことはない。
初めてだ。いつだって可愛がってくださって、甘やかしてくださった。
……そうですわ!甘やかしてもらえばいいのです!!

(たしか……上目遣いに、甘えるように……)

「……お兄様、わたくしのわがままを叶えてくださいませんの?」

お母様が貸してくださった小説に出てきた『可愛くおねだりする』という技を試してみる。

「うぐ……」

お兄様から変な音がした。
お父様は目を丸くして固まり、お母様はふっと息を吐いたかと思うと、素早く扇で口元を隠した。

お母様には通じなさそうだが、お父様にも効くかもしれない。

唸り声をあげたままのお兄様を放置して、今度はお父様の前に行く。
上目遣いをするためには、膝をつかなくてはいけない。
ドレスのまま膝をつき、じっとお父様を下から見る。
お父様の膝の上に置かれた手がなぜか震えていて、それが気になって、そっと手に触れた。

「お父様……」

そのままおねだりしようとしたのだが。

「ダメだ!!絶対にダメだ!!」

がっと立ち上がったお父様が、だっと部屋を出ていく。

「え?お父様!?」

慌ててお父様の後を追いかけようとしたのだが、お母様に手を取られた。

「クラリッサ」
「……はい」

お母様の隣に座る。
ふふっとお母様が笑った。
とても楽しそうに。

「色んな意味で成長したのね」
「……えっと、たぶん?」

色んな、と言われるとよく分からない。
けれどクラリッサは自分でも成長できたと思っている。
いまだにわがままで子供だけれど、でも、きちんと自制できていると思う。

「お父様とお兄様のことは気にしなくていいわ」
「え?」
「ただし、公爵家として仕事先を紹介することはしません。貴女の力で家庭教師になりなさい」

お母様の手がクラリッサの手を包み込む。

「お母様!!」
「母上!!」

クラリッサとお兄様の声が重なる。
後ろでお兄様がなにやら文句を言っているけれど、お母様がなんとかしてくださるのだろう。

「お母様、大好きですわ!」

ぎゅってお母様にしがみつけば。

「まぁ淑女らしくないわね」

そう仰るけど、お母様の声はとても嬉しそうだった。