孤独な先輩と空しか撮れない私の話。

桜の花弁が散り、青葉へ生え変わりを見せた頃、私は写真部への本入部手続きを踏んでいた。
雲一つない青く透き通った空。
「凪ちゃん、入ったんだね。よろしく~」
一条先輩は相変わらず、ウザイ。
そして、首にかけていたカメラを「よいっ」と軽くぶつけてくる。
部長の高橋さんも横で笑って流している為、先輩なりのコミュニケーションらしい。
だが、カメラに傷がつく。
「壊れます。止めてください」
自分のカメラを入念に確認するが、今回は傷はついていない。
「え~、大丈夫そうだよ」
「壊れるケースもあるので」
今、壊れてないからって、そんなに乱暴に扱ったら、いつかは傷がつく。
「そんじゃあ」
彼は自分のカメラのストラップを掴み、優しく擦り付けた。
「これなら、大丈夫だろ」
小さく吐き出した溜息。
そういう事じゃない。
まあ、でも、どうせ私じゃ納得させられない。
それに、反論するのも面倒臭い。
「まあいいです」
全然折れてくれなくて、厄介、極まり無い。

新入部員として最初の活動日は、春の光が柔らかく差し込む心地よい日だった。
パソコン室の窓から見える薄い水色の空。
雲が糸のように細く伸びていて、どこか頼りない。
「凪ちゃん。今日のテーマは好きなものだってさ」
一条先輩がいつもの調子で話しかけてくる。
イケメンパワーは効かないって分かっているはずなのに、どうして飽きないのだろう。
軽い声。
だけど、何処かこちらの反応を探るような目。
「好きなものなんて、別に」
「また『別に』~」
先輩は笑う。
けれど、その笑いはいつものチャラさとは少し違って、柔らかいというか温度が低いというか。
私の言葉を否定しない種類の笑いだった。
「じゃあ、空でも撮れば?」
「どうしてですか?」
「凪ちゃんの写真、全部空だったから」
先輩はそう言って、私のカメラを覗き込むように身を寄せる。
距離が近い。
息が触れそうで、私は思わず一歩引く。
「ごめんごめん」
先輩は少しだけ真面目な顔になっていた。
「でも、空、好きなんでしょ?」
「別に、好きってのじゃないです」
そう、私は空が好きな訳じゃない。
「違うの?じゃあ、俺のこと撮ってよ」
冗談みたいな言い方なのに、目だけが笑っていない。
真剣というより、探るような、試すような。
「別に、撮りたくないです」
「そっか」
そう言って、先輩は窓の外の空を見上げた。
空が顔に映りこみ、その横顔が思っていたより、静かだった。
もう人は撮らないと決めたはずなのに、私はその横顔を一瞬、撮りたいと思ってしまった。