救急車の高いサイレンの音が頭の奥でずっと鳴り響いていた
文化祭の華やかな喧騒から一転して私が行き着いたのは鼻を突く消毒液の匂いと無機質な静寂に満ちた総合病院の待合室だった
廊下のベンチに腰掛け、私は自分のスカートをじっと見つめていた
文化祭のために着た、クラシカルなエプロンドレス
その裾にはさっき彼を抱きしめた時についた、泥の汚れが黒く残っている
「森永、秋穂さん…だね?」
不意に声をかけられ、弾かれたように顔を上げた
そこに立っていたのは桜坂くんにどこか面影の似た、上品な大人の女性だった
ひどく疲れ切った表情を見れば彼女が彼の母親であることはすぐに分かった
「あ、はい… あの、桜坂くんは…!」
「今、処置室で点滴を受けているわ 落ち着いたから命に別状はないけれど…」
おばさまは力なく首を振ると私の隣に静かに腰掛けた
その目は赤く腫れており、これまで何度も同じような夜を乗り越えてきたのだと物語っていた
「春馬から聞いていたわ 図書室で一緒に過ごしてくれる女の子がいるって 『その子といると自分が病気だってことを忘れられるんだ』って本当に嬉しそうに話してくれたのよ」
おばさまの言葉に視界がまた激しく滲み始めた
彼は家でも私の話をしてくれていたんだ
「でもね、森永さん」
おばさまは私の手をそっと包み込んだ
その手は桜坂くんの手と同じようにどこか寂しく、冷たかった
「あの子の心臓はもう限界なの 今回の発作でいよいよお医者様からも『覚悟を』と言われてしまったわ 春馬はもう学校には戻れないと思う」
「そんな…っ」
「あの子、あなたには『普通』の姿だけを見せたかったのね でもこれからは辛い治療や苦しむ姿を見せることになる あの子のプライドがそれを許さないの だから……」
おばさまは言葉を詰まらせ、絞り出すように言った
「春馬がね『もう森永さんを病室には呼ばないでくれ』って あなたに自分の無様な最期を見せたくないって、そう言っているのよ」
頭を強く殴られたような衝撃だった
会いたくない。
私の前からこのまま消えようとしている。
彼がこれ以上傷つかないための彼なりの優しさなのだと分かっていても私の胸は引き裂かれそうだった
それから一ヶ月が経ち、季節は完全に冬へと移り変わった
学校の彼の席は主を失ったままぽつんと空いている
クラスの皆は最初こそ騒いでいたけれど時間が経つにつれてまるで最初からそんな人間はいなかったかのように日常の渦に飲み込まれていった
私だけがあの夕暮れの図書室に取り残されていた
放課後、一人でカウンターに座り、彼がいつも座っていた空席を見つめる
薬品の匂いも彼が教えてくれた景色の色彩も、すべてが色褪せていくようだった
「……バカだよ、桜坂くん」
私は誰もいない図書室でぽつりと呟いた
綺麗な思い出のままで終わらせようなんてそんなの自己満足だ
私はボロボロになったあなたでも、苦しんでいるあなたでもいいからただ会いたい。
生きていてほしい。
十二月のある日の放課後
私は意を決して彼が入院している病院へと向かった
面会を拒絶されているのは知っている
それでもこのまま何もせずに彼の寿命が尽きるのを待つなんて絶対に嫌だった
病院の受付を通り、彼の病室がある最上階のフロアへと向かう
「502号室」
ドアの前に立ち、ノックをしようと手を挙げたとき、中から激しい咳き込みと何かが床に落ちて割れるような音が聞こえた
「桜坂さん! 大丈夫ですか!?」
看護師さんの焦ったような声
私はドアの隙間から中を覗き込んでしまった
そこにいたのは私の知っている輝かしい桜坂くんではなかった
何本ものチューブに繋がれ、青白い顔で激しく肩を上下させている男の子
髪は少し乱れ、かつての面影が嘘のように痩せ細っていた
これが彼が私に見せたくなかった「現実」だった
私は恐怖で足がすくみ、ノックすることもできずにその場から逃げ出すように走り去ってしまった
冷たい冬の風が吹く街中を涙を流しながら走り続ける
彼の寿命が尽きるまであと100日。
私たちの間には決して超えられない「白い部屋」の境界線が横たわっていた
Orangeから
あなたの隣にいる人、大切な人、いつお亡くなりになるかなんて見当もつきません
ある日突然もあるだろうし地道にもあるでしょう
その人と言葉を交わせてるうちに感謝を
何かしてしまってもきっと謝れば許してもらえると思いますよ
勝手に話してすみません
でもいついなくなるかわからない、それは事実です
文化祭の華やかな喧騒から一転して私が行き着いたのは鼻を突く消毒液の匂いと無機質な静寂に満ちた総合病院の待合室だった
廊下のベンチに腰掛け、私は自分のスカートをじっと見つめていた
文化祭のために着た、クラシカルなエプロンドレス
その裾にはさっき彼を抱きしめた時についた、泥の汚れが黒く残っている
「森永、秋穂さん…だね?」
不意に声をかけられ、弾かれたように顔を上げた
そこに立っていたのは桜坂くんにどこか面影の似た、上品な大人の女性だった
ひどく疲れ切った表情を見れば彼女が彼の母親であることはすぐに分かった
「あ、はい… あの、桜坂くんは…!」
「今、処置室で点滴を受けているわ 落ち着いたから命に別状はないけれど…」
おばさまは力なく首を振ると私の隣に静かに腰掛けた
その目は赤く腫れており、これまで何度も同じような夜を乗り越えてきたのだと物語っていた
「春馬から聞いていたわ 図書室で一緒に過ごしてくれる女の子がいるって 『その子といると自分が病気だってことを忘れられるんだ』って本当に嬉しそうに話してくれたのよ」
おばさまの言葉に視界がまた激しく滲み始めた
彼は家でも私の話をしてくれていたんだ
「でもね、森永さん」
おばさまは私の手をそっと包み込んだ
その手は桜坂くんの手と同じようにどこか寂しく、冷たかった
「あの子の心臓はもう限界なの 今回の発作でいよいよお医者様からも『覚悟を』と言われてしまったわ 春馬はもう学校には戻れないと思う」
「そんな…っ」
「あの子、あなたには『普通』の姿だけを見せたかったのね でもこれからは辛い治療や苦しむ姿を見せることになる あの子のプライドがそれを許さないの だから……」
おばさまは言葉を詰まらせ、絞り出すように言った
「春馬がね『もう森永さんを病室には呼ばないでくれ』って あなたに自分の無様な最期を見せたくないって、そう言っているのよ」
頭を強く殴られたような衝撃だった
会いたくない。
私の前からこのまま消えようとしている。
彼がこれ以上傷つかないための彼なりの優しさなのだと分かっていても私の胸は引き裂かれそうだった
それから一ヶ月が経ち、季節は完全に冬へと移り変わった
学校の彼の席は主を失ったままぽつんと空いている
クラスの皆は最初こそ騒いでいたけれど時間が経つにつれてまるで最初からそんな人間はいなかったかのように日常の渦に飲み込まれていった
私だけがあの夕暮れの図書室に取り残されていた
放課後、一人でカウンターに座り、彼がいつも座っていた空席を見つめる
薬品の匂いも彼が教えてくれた景色の色彩も、すべてが色褪せていくようだった
「……バカだよ、桜坂くん」
私は誰もいない図書室でぽつりと呟いた
綺麗な思い出のままで終わらせようなんてそんなの自己満足だ
私はボロボロになったあなたでも、苦しんでいるあなたでもいいからただ会いたい。
生きていてほしい。
十二月のある日の放課後
私は意を決して彼が入院している病院へと向かった
面会を拒絶されているのは知っている
それでもこのまま何もせずに彼の寿命が尽きるのを待つなんて絶対に嫌だった
病院の受付を通り、彼の病室がある最上階のフロアへと向かう
「502号室」
ドアの前に立ち、ノックをしようと手を挙げたとき、中から激しい咳き込みと何かが床に落ちて割れるような音が聞こえた
「桜坂さん! 大丈夫ですか!?」
看護師さんの焦ったような声
私はドアの隙間から中を覗き込んでしまった
そこにいたのは私の知っている輝かしい桜坂くんではなかった
何本ものチューブに繋がれ、青白い顔で激しく肩を上下させている男の子
髪は少し乱れ、かつての面影が嘘のように痩せ細っていた
これが彼が私に見せたくなかった「現実」だった
私は恐怖で足がすくみ、ノックすることもできずにその場から逃げ出すように走り去ってしまった
冷たい冬の風が吹く街中を涙を流しながら走り続ける
彼の寿命が尽きるまであと100日。
私たちの間には決して超えられない「白い部屋」の境界線が横たわっていた
Orangeから
あなたの隣にいる人、大切な人、いつお亡くなりになるかなんて見当もつきません
ある日突然もあるだろうし地道にもあるでしょう
その人と言葉を交わせてるうちに感謝を
何かしてしまってもきっと謝れば許してもらえると思いますよ
勝手に話してすみません
でもいついなくなるかわからない、それは事実です



