桜坂くんの余命が尽きるまで。

桜坂くんが逝ってから三年という月日が流れた
私は高校を卒業し、都内の大学へと進学した
かつて「その他大勢」の地味な一人だった私は今では大学のサークルに所属し、新しい友人に囲まれ、ごく普通のどこにでもいる大学生としての毎日を送っている
四月、キャンパスへと続く並木道は満開の桜で淡いピンク色に染まっていた
時折吹き抜ける春の風が無数の花びらを舞い散らせる
すれ違う学生たちが「綺麗だね」と言い合いながらスマートフォンのカメラを空に向けていた
「本当、綺麗だね、桜坂くん」
私は歩みを止め、満開の桜並木を見上げながら心の中でそう呟いた
カバンの中から一冊の古い黒いノートを取り出す
それは彼が私に遺してくれた、あの手帳だ
ノートの後半にはあの日以来、私が書き足し続けた言葉で埋め尽くされている
彼に見せたかった景色、彼と食べたかったもの、大学でできた友達のこと
彼がいなくなってからの世界は最初のうちは何もかもが灰色に見えた
何をしても、どこへ行っても彼の「冷たい手の感触」が忘れられなくて一人で夜中に布団を被って泣いたことも何度もあった
けれど時間が経つにつれて、彼の遺した言葉が私の凍りついた心を少しずつ溶かしてくれたのだ
『僕の分までこの世界を鮮やかに生きて』
その約束があったから私は立ち止まらずに歩くことができた
私が世界を美しいと感じるたび、美味しいものを食べて笑顔になるたび、私の中にいる桜坂くんも一緒に笑っているような、そんな気がするから
「あ、秋穂! 探したよー!」
後ろから大学の友人が私の肩をぽんと叩いた
「何見てるの? あ、桜? 本当、今年は満開になるのが早いよね」
「うん、すごく綺麗だなって思って」
私はノートを大切にカバンに仕舞い、友人に笑いかけた
「ねえ、この後、みんなで購買の焼きそばパン買いに行かない? 今日、なんだか無性に食べたくて」
「えー、焼きそばパン? 秋穂、たまにありきたりなの食べたがるよね」
友人がおかしそうに笑う
その笑顔を見ながら私の胸の奥はじわっと温かいもので満たされていった
『購買の焼きそばパン、紅生姜が多いと当たりなんだよ!』
そんな彼の声が今でも耳の奥で心地よく響いている
桜坂くんの寿命は三年前の春に尽きた
彼のタイマーはゼロになり、彼の身体はこの世界から消えてしまった
けれど彼が私に教えてくれた「今を生きる愛おしさ」と二人で過ごした365日の記憶は今も私の中で決して色褪せることなく生き続けている
私はサックスブルーのワンピースはもう着ていない
大人びた少し違う服を着て、違う靴を履いて歩いている
それでも私の目から見える世界は彼と出会う前よりもずっと、ずっと鮮やかだ
「私の寿命が尽きるまであなたの分もこの世界を全力で生きるからね」
もう一度だけ、満開の桜を見上げる
ひらひらと舞い落ちてきた一枚の花びらが私の手のひらの上でほんの一瞬だけ、優しく揺れた
それはまるであの日の彼の、冷たくて優しい指先が触れた時のように私を未来へと後押ししてくれているようだった
私は花びらをそっと風に還すと友人たちの待つ、眩しい春の光の中へと、力強く歩き出した

Orangeから
桜坂くん死んじゃったァァァァァ
死なせるのは嫌なんですけどね?
物語的に殺さなきゃじゃねっすかァァァァ!
てか9話秋穂ちゃんの「桜坂くん、見て……! 桜が咲き始めたよ……!」が自分で書いてて死刑宣告でちょっとツボです
秋穂ちゃんが幸せになれる物語を私がまた築くのでその時はよろしくお願いします
ご観覧ありがとうございました
                                                 2026.7/8.00:00 【完結】
                                                       作者:Orange