きみと描く青い未来。

 最近、結衣の声は少しだけ遅れて届く。

 返事が遅いとか、そういう単純な話じゃない。

 言葉が出るまでに、一拍だけ“間”が増えた。

 病室の窓から見える空は、いつも同じように青い。

 でもその青が、今日はやけに遠く見えた。

「来るの、早いね」

 結衣が言う。

「いつも通りだろ」

「うん……そうなんだけど」

 そこで言葉が止まる。

 俺はスケッチブックを広げる。

 あの“二人で描いている絵”。

 もう形は、ほとんどできている。

 結衣はそれを見て、小さく息を吐いた。

「ねえ」

「ん」

「これ、もうすぐ終わるね」

 一瞬、意味が分からなかった。

「絵の話だろ」

「うん」

 でも、その“うん”が少しだけ違った。

 ただの完成の話じゃない気がした。

 俺は鉛筆を握り直す。

「終わらせればいいじゃん」

 結衣はすぐに返さない。

 窓の外を見る。

 少し長い沈黙。

「悠人」

「なに」

「もしさ」

 そこで止まる。

 まただ。

 この“もし”が出る時、いつも結衣は何かを言いかけてやめる。

「いや」

 結衣は首を振る。

「なんでもない」

 その“なんでもない”が、今までで一番重かった。

 午後の光が少しだけ揺れる。

 俺は気づいてしまう。

 結衣の“間”は、もう癖じゃない。

 何かを飲み込んでいる時間だ。

「なあ」

 俺は言う。

「最近さ」

 結衣がこちらを見る。

「お前、ちょっと無理してない?」

 一瞬だけ、空気が止まる。

 結衣は笑おうとする。

 でも、うまくいっていない。

「してないよ」

 その声は、やけに優しかった。

 だから逆に、嘘っぽかった。

 沈黙。

 結衣がぽつりと言う。

「悠人」

「ん」

「これさ」

 スケッチブックを見る。

「ちゃんと完成させてね」

 その言い方は、“お願い”でも“命令”でもなかった。

 ただの確認みたいだった。

 でも俺は、その違和感を見逃せなかった。

「当たり前だろ」

 結衣は少しだけ目を伏せる。

「そっか」

 その“そっか”は、前と同じ言葉なのに意味が違った。

 帰り際。

 結衣が言う。

「明日も来る?」

 俺は少しだけ迷う。

「来る」

 結衣はうなずく。

 でも、そのうなずきは“安心”じゃなかった。

 むしろ、“確認”に近かった。

 廊下に出る。

 俺は気づいてしまう。

 あいつはまだここにいる。

 でも、もう“ずっといる前提”ではなくなっている。

 そしてもう一つ。


 あの絵は、完成に近づくほど、何かを失っていく気がする。