君に届け


震災から、10年の月日が流れた。

2021年3月11日。

23歳になった私は、いま、自分の部屋の机に向かってペンを握っている。
窓の外からは、あの日の極寒とは違う、あたたかな春の風が吹き込んできていた。

私は便箋を開き、ずっと胸の中にしまっていた大好きな人たちへ向けて、手紙を書き始める。

『拝啓、愛する人達へ

お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そして優子。久しぶり。
みんな元気にしてる?私は、元気だよ!
実はね、みんなにすごく大切な報告があるんだ。
来月、私、結婚式を挙げることになりました!!
お相手は……みんなもよく知っている、神原 翔吾くんです。
あの震災の夜、すべてを失って空っぽだった私に、翔吾くんは本当にずっと寄り添って、もう一度生きる理由を教えてくれたの。式の日には、天国からぜひ二人を見にきてよね!

あの地震から、もう10年も経ったんだね。今でも、みんなのことを思い出すと、胸がギュッとなって涙が出てきちゃうよ。
私のせいで優子の手を離しちゃったこと、今でも一瞬も忘れたことはない。完全に傷が癒える日なんて、きっと一生来ないと思う。でもね、私は強く生きるよ。

あのとき、優子が『生きて』って言ってくれたから。
翔吾くんが『生きる理由を一緒に探す』って言ってくれたから。

みんなの分まで、私は翔吾くんと一緒に、これからの未来を精一杯生きていきます。
だから、ずっとずっと、天国で見守っていてね。
またいつか会える日まで、天国で待っててね!

世界一皆のことを愛してる相原 希子より』

――ポツン。

手紙の最後に名前を書き終えた瞬間、目からこぼれ落ちた大きな涙の雫が、便箋の上に落ちた。
ノートに青いインクで書いたばかりの文字が、みるみるうちに涙で滲み、不格好に歪んでいく。

「あはは……もう、結婚式前なのに泣いちゃダメじゃん、私」

袖でゴシゴシと涙を拭って、私は優しく笑った。

あの日、私の目の前で、街も、家族も、優子も、すべてが一瞬で奪われた。
あの圧倒的な恐怖と、大切な人の手を離してしまった痛みを、私は一生背負って生きていく。

机の上の、照れくさそうに笑う翔吾くんの写真を見つめる。
私は、あの悲劇を絶対に忘れない。
すべてを喰らい尽くした波の残酷さを、災害の恐ろしさを。
そしてあの日懸命に生きた人たちの命の輝きを。
私はずっと胸に刻み続ける。
そして、後世に伝えていくんだ。
私の言葉で、私の物語で。私たちから先の未来を生きる子どもたちが、もう二度と、あんなに悲しくて苦しい経験をしないように。
それが、あの理不尽な災害の中で、優子に手を振り払われて生き残った私の、本当の『生きる理由』だから。

私は書き終えた手紙をそっと折りたたみ、窓を開けて、あたたかな春の空へと掲げた。
私の手を振り払ってまで命を繋いでくれた大親友へ。
私をずーっと愛して大切にしてくれた、大好きな家族へ。
この溢れるほどの感謝が、どうか天国まで届きますように。

「優子、お父さん、お母さん……私、伝えていくよ。みんなの分まで、強く、強く生きていくからね」

見上げた青空は、どこまでも澄み渡っていて、私たちの想いを乗せた春の風が、優しく、優しく、空の向こうへと吹き抜けていった。

「君に届きますように」