音のない世界

優花が学校へ来なくなって、一週間。

今日も後ろの席は空いたまま。

俺は授業なんて頭に入らなかった。

放課後。

いつもの四人で屋上へ上がる。

壱成がノートパソコンを閉じた。

「龍。」

「……あぁ。」

「調べた。」

俺は黙って続きを待つ。

「松永優花。高校のデータ以外、何も出ぇへん。」

「何も?」

陽介が眉をひそめる。

「小学校も、中学校も、卒アルも、表彰歴も、何もない。」

日向が首を傾げる。

「そんなことある?」

壱成は静かに首を横へ振る。

「普通はない。」

俺は黙っていた。

壱成が続ける。

「まるで高校入学の日に突然現れた人間みたいや。」

嫌な胸騒ぎがした。

優花は確かに生きている。

なのに過去がない。

「龍。」

壱成が俺を見る。

「これ以上は調べられへん。」

「……分かった。」

そう答えたものの、何も分かっていなかった。



夜。

組へ帰る。

玄関を開けると、若い衆が頭を下げる。

「若頭、お帰りなさい!」

軽く手を上げ、そのまま親父の部屋へ向かった。

コンコン。

「入れ。」

扉を開ける。

親父は書類を見ていた。

「何や。」

「相談。」

親父が顔を上げる。

「珍しいな。」

俺はソファへ座る。

「一人、気になる奴がおる。」

親父は煙草に火をつけようとして、俺の顔を見て笑った。

「女か。」

「……うるせぇ。」

「図星か。」

「茶化すな。」

親父は笑いながら煙草を置いた。

「それで?」

俺は少し考えてから話し始めた。

「学校に来なくなった。」

「ほう。」

「学校来る前から痣あって。」

「……。」

「男に近付かれたら怯える。」

「……。」

「家も分からん。」

親父は黙って最後まで聞いていた。

「親父。」

「何や。」

「俺、何したらええ。」

親父は椅子にもたれ、しばらく考える。

そして静かに口を開いた。

「龍。」

「ん。」

「お前は助けたいんか。」

「当たり前や。」

「惚れとるからか。」

……龍は親父を睨む。

親父は小さく笑った。

「なら覚えとけ。」

「助けるっちゅうんは、自分が満足するために動くことちゃう。」

俺は親父を見る。

「相手が助けてほしいと思った時に手ぇ差し伸べるんが、本当の助けや。」

「……。」

「無理やり踏み込めば、助けるどころか傷付ける。」

あの日の優花の顔が浮かぶ。

俺が手首を掴んだ瞬間。

震えていた。

「焦るな。」

親父は俺を真っ直ぐ見た。

「本当に守りたい女なら、待つ強さも覚えろ。」

俺は何も言えなかった。

親父の言葉が胸に刺さる。

帰り際。

「親父。」

「ん?」

「ありがとな。」

親父はニヤッと笑う。

「初恋くらい、ちゃんと実らせてこい。」

「……うるせぇ。」

照れ隠しにそう言って部屋を出ると、廊下の角で笑い声が聞こえた。

「若頭、初恋なんすか?」

若い衆が慌てて逃げる。

「おい、待てコラ!」

久しぶりに、組の中へ龍の怒鳴り声と笑い声が響いた。