花囲い


「先生に呼ばれた?」

 少し掠れた穏やかな声だった。

「……まあ」
「怒られた?」
「別に」
「よかった」

 その笑顔は本当に安心したように見えた。演技には見えない。だから余計に分からない。

「ねえ沙羅さん」

 抑揚なく名前を呼ばれる。

「最近、僕を避けてるよね」

 私はなにも答えない。

「僕……なにかしちゃったかな」

 その言葉は至極誠実に聞こえた。少なくとも、ここに他人がいたら間違いなく井𡈽くんを庇うだろう。

 でも。

 本当に心当たりのない人は、そんな質問をしない。

「してない」

 私は井𡈽くんをにらみつけながら、小さく答える。

「避けてない」

 嘘だった。そう言うしかなかった。
 井𡈽くんは僅かに片眉を上げて、それからいつものように笑った。

「ならよかった」

 その一言で会話は終わった。そして私は決意した。この人から逃げなければいけないと。

 でも、どこへ。

 誰に何を説明すれば、この恐怖を信じてもらえるのだろう。

 その日の夢では、私は箱に入ったまま井𡈽くんに殴り殺された。