仕事が終わり、夕暮れの色が街を染め始める頃、愛斗は会社の送迎バスを降りた。
するとそこには、知可子と篤、それに明子の姿が待っていた。
「愛斗くん、お疲れさま。関ヶ原にまた何かされないよう、迎えに来たの。一緒に帰りましょう」
明子は少し離れた場所で煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出していた。そのとき、一人の男性がコンビニに入ろうと歩いてくるのが見えた。彼は明子の持つ煙草の火を目にするなり、突然体を強張らせ、顔を真っ青にして後ずさり、恐怖に満ちた叫び声を上げた。
周囲の客たちも驚いて振り返り、明子も慌てて火を消し、「ごめんなさい、大丈夫ですか?」と声をかける。
愛斗は慌ててその男性のもとへ駆け寄り、顔を見て息を呑んだ。
「白山… 健二?」
それは高校時代の同級生だった。健二はまだ肩を震わせていたが、愛斗の声に反応し、涙ぐみながら顔を上げた。
「愛斗さん… 久しぶりです」
「久しぶりだな。落ち着いて、大丈夫だから」
愛斗が背中をさすりながら静かに声をかけると、健二はやがて呼吸を整え、申し訳なさそうに頭を下げた。
「実は… 母がネットで、愛斗さんと知可子さんの浮気現場だという写真を見たんです。関ヶ原さんの仕業なんですよね? もしかして私が昔何かしたせいで、愛斗さんにまで迷惑がかかっているのかと… 本当にごめんなさい」
愛斗は首を振り、柔らかく笑った。
「君のせいなんかじゃない。あいつが自分勝手に起こしていることだから、気にしなくていい」
健二は力強く頷き、続けた。
「そうですか… 私は高校を卒業して、父の跡を継いで弁護士になりました。昔からの夢だったんです」
「そうか、夢を叶えたんだな。すごいじゃないか。俺は今、辛島美登里という女性と付き合っている。だけど関ヶ原が彼女や彼女の周りの人たちにまで嫌がらせをし、ありもしない噂を流しているんだ。浮気の話なんて、全部でっち上げだ」
健二の瞳に決意が宿る。
「でしたら、その件の弁護は私が担当します。昔、私が原因で愛斗さんに火傷まで負わせてしまった責任がありますし、何より恩返しがしたいんです。もちろん費用は一切いただきません」
愛斗は思わぬ申し出に驚き、深く感謝した。
「ありがとう。そう言ってもらえると心強い。明日、詳しい話を聞かせてくれるか?」
「はい、必ず伺います」
二人は連絡先を交換し、健二は明子に対しても「突然怯えてしまって、ご迷惑をおかけしました」と丁寧に謝罪してから、静かに帰っていった。
その場に残った知可子たちは事情を聞き、愛斗は「高校時代の同期だよ」とだけ答えた。だが明子が疑問を口にする。
「愛斗くん、さっき『火傷を負わせた責任』って言っていたけど、どういう意味なの? あなたが何かされたの?」
愛斗は少し考え込み、「話すと長くなるから、家でゆっくり説明するよ」と言って、皆を車に乗せて自宅へと向かった。
家に着くと、玄関を開けた瞬間に温かい香りが漂ってきた。美登里がエプロンをつけて出迎えてくれる。
「おかえりなさい。ちょうどご飯ができたところだよ」 「ありがとう、美登里」
愛斗は一度席につくように促し、「実は話があるんだ」と、今日の出来事を一つずつ説明し始めた。高校時代の同級生に会ったこと、明日その弁護士が訪ねてくること。
美登里は話を聞きながら、先ほどの言葉が気になって問いかけた。
「火傷の責任って… どういうことなの?」
愛斗はため息をつき、遠い過去を思い出すように話し出した。
「健二は昔からとても気弱で、優しすぎるくらいの男だった。当時関ヶ原は校内で隠れて煙草を吸っていて、健二が注意したことがあったんだ。だけど関ヶ原は逆上して聞き入れない。たまたまその場に俺が通りかかって、同じように注意したら、あいつは『全部お前のせいだからな』と言って、健二が目の前で、俺の腕に火のついた煙草を押しつけてきたんだ。だから健二は今でも自分のせいだと思い込んでいて、煙草の火を見るとあんな風に恐怖に駆られてしまうんだ」
美登里は胸が締めつけられるような思いで聞き、愛斗の手を取った。
「そうだったの… 愛斗くんは本当に友達思いなんだね。悪いのは全部関ヶ原だよ」
知可子も篤も明子も、一様に「これで新しい味方ができた」と力強く言ってくれた。愛斗は皆の支えに心から感謝し、美登里の手料理を囲んで食事を楽しんだ。
やがて夜も更け、知可子たちが帰った後、家の中には愛斗と美登里だけが残った。
「愛斗くん、話してくれてありがとう。私も一緒に戦うからね」
愛斗は優しく笑い、「うん」と頷くと、ゆっくりと上着を脱ぎ、腕をまくって美登里の前に差し出した。
そこには、長い年月が経っても消えることのない、小さながっかりとした火傷の痕が残っていた。
「これが、あの日の証だ。だけど今は、この傷が俺にとって守ったものの証でもある。そしてこれからは、健二の力を借りて、関ヶ原の悪意を終わらせるときが来たんだ」
美登里はその傷跡にそっと指を触れ、柔らかく唇を寄せた。
「うん、一緒に乗り越えよう」
二人は静かに寄り添い、明日から始まる新たな戦いに備えるように、夜の時間を深く結びついて過ごした。
するとそこには、知可子と篤、それに明子の姿が待っていた。
「愛斗くん、お疲れさま。関ヶ原にまた何かされないよう、迎えに来たの。一緒に帰りましょう」
明子は少し離れた場所で煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出していた。そのとき、一人の男性がコンビニに入ろうと歩いてくるのが見えた。彼は明子の持つ煙草の火を目にするなり、突然体を強張らせ、顔を真っ青にして後ずさり、恐怖に満ちた叫び声を上げた。
周囲の客たちも驚いて振り返り、明子も慌てて火を消し、「ごめんなさい、大丈夫ですか?」と声をかける。
愛斗は慌ててその男性のもとへ駆け寄り、顔を見て息を呑んだ。
「白山… 健二?」
それは高校時代の同級生だった。健二はまだ肩を震わせていたが、愛斗の声に反応し、涙ぐみながら顔を上げた。
「愛斗さん… 久しぶりです」
「久しぶりだな。落ち着いて、大丈夫だから」
愛斗が背中をさすりながら静かに声をかけると、健二はやがて呼吸を整え、申し訳なさそうに頭を下げた。
「実は… 母がネットで、愛斗さんと知可子さんの浮気現場だという写真を見たんです。関ヶ原さんの仕業なんですよね? もしかして私が昔何かしたせいで、愛斗さんにまで迷惑がかかっているのかと… 本当にごめんなさい」
愛斗は首を振り、柔らかく笑った。
「君のせいなんかじゃない。あいつが自分勝手に起こしていることだから、気にしなくていい」
健二は力強く頷き、続けた。
「そうですか… 私は高校を卒業して、父の跡を継いで弁護士になりました。昔からの夢だったんです」
「そうか、夢を叶えたんだな。すごいじゃないか。俺は今、辛島美登里という女性と付き合っている。だけど関ヶ原が彼女や彼女の周りの人たちにまで嫌がらせをし、ありもしない噂を流しているんだ。浮気の話なんて、全部でっち上げだ」
健二の瞳に決意が宿る。
「でしたら、その件の弁護は私が担当します。昔、私が原因で愛斗さんに火傷まで負わせてしまった責任がありますし、何より恩返しがしたいんです。もちろん費用は一切いただきません」
愛斗は思わぬ申し出に驚き、深く感謝した。
「ありがとう。そう言ってもらえると心強い。明日、詳しい話を聞かせてくれるか?」
「はい、必ず伺います」
二人は連絡先を交換し、健二は明子に対しても「突然怯えてしまって、ご迷惑をおかけしました」と丁寧に謝罪してから、静かに帰っていった。
その場に残った知可子たちは事情を聞き、愛斗は「高校時代の同期だよ」とだけ答えた。だが明子が疑問を口にする。
「愛斗くん、さっき『火傷を負わせた責任』って言っていたけど、どういう意味なの? あなたが何かされたの?」
愛斗は少し考え込み、「話すと長くなるから、家でゆっくり説明するよ」と言って、皆を車に乗せて自宅へと向かった。
家に着くと、玄関を開けた瞬間に温かい香りが漂ってきた。美登里がエプロンをつけて出迎えてくれる。
「おかえりなさい。ちょうどご飯ができたところだよ」 「ありがとう、美登里」
愛斗は一度席につくように促し、「実は話があるんだ」と、今日の出来事を一つずつ説明し始めた。高校時代の同級生に会ったこと、明日その弁護士が訪ねてくること。
美登里は話を聞きながら、先ほどの言葉が気になって問いかけた。
「火傷の責任って… どういうことなの?」
愛斗はため息をつき、遠い過去を思い出すように話し出した。
「健二は昔からとても気弱で、優しすぎるくらいの男だった。当時関ヶ原は校内で隠れて煙草を吸っていて、健二が注意したことがあったんだ。だけど関ヶ原は逆上して聞き入れない。たまたまその場に俺が通りかかって、同じように注意したら、あいつは『全部お前のせいだからな』と言って、健二が目の前で、俺の腕に火のついた煙草を押しつけてきたんだ。だから健二は今でも自分のせいだと思い込んでいて、煙草の火を見るとあんな風に恐怖に駆られてしまうんだ」
美登里は胸が締めつけられるような思いで聞き、愛斗の手を取った。
「そうだったの… 愛斗くんは本当に友達思いなんだね。悪いのは全部関ヶ原だよ」
知可子も篤も明子も、一様に「これで新しい味方ができた」と力強く言ってくれた。愛斗は皆の支えに心から感謝し、美登里の手料理を囲んで食事を楽しんだ。
やがて夜も更け、知可子たちが帰った後、家の中には愛斗と美登里だけが残った。
「愛斗くん、話してくれてありがとう。私も一緒に戦うからね」
愛斗は優しく笑い、「うん」と頷くと、ゆっくりと上着を脱ぎ、腕をまくって美登里の前に差し出した。
そこには、長い年月が経っても消えることのない、小さながっかりとした火傷の痕が残っていた。
「これが、あの日の証だ。だけど今は、この傷が俺にとって守ったものの証でもある。そしてこれからは、健二の力を借りて、関ヶ原の悪意を終わらせるときが来たんだ」
美登里はその傷跡にそっと指を触れ、柔らかく唇を寄せた。
「うん、一緒に乗り越えよう」
二人は静かに寄り添い、明日から始まる新たな戦いに備えるように、夜の時間を深く結びついて過ごした。

