ゆっくり紡ぐ、愛の言葉

知可子は愛斗と美登里と別れ、帰宅してからも昨日の出来事を篤に詳しく話し、何事もなかったように一日を終えた。   
だが、穏やかな夜が明け、次の日の朝が訪れると、思わぬ波紋が再び広がり始めていた。
愛斗はいつも通り会社へ出勤し、午前中の仕事を済ませて昼休みになると、社員食堂へ向かった。 
食事を取り始めたところへ、友人の隆が慌てた様子で近づき、スマートフォンの画面を差し出してきた。
「愛斗、悪いんだけど……これ、本当なのか? 澤田知可子さんと不倫してるって噂が出回ってるんだが」
愛斗は箸を持つ手を止め、隆の手元を見る。
そこにはまたもや、自分と知可子が並んで歩く様子を切り取った写真と、「不倫現場を目撃」などと書かれた投稿が並んでいた。
「またか……」
疑問を通り越して呆れと怒りがこみ上げる。隆は事態を説明する。
「今朝からSNSで一気に拡散されてるんだ。また前回と同じような内容で、あっという間に広まっちまってる」
同じ頃、知可子の自宅ではスマートフォンの通知音が鳴り続けていた。音無美紀子からLINEが届き、娘の麻由美がネットの情報を見て心配しているという内容だった。
「お母さん、ネットで知可子さんの不倫疑惑が出てるって本当ですか? 大丈夫ですか?」
また、美登里のもとにもファンから次々とメッセージが届いていた。「辛島さん、ネットに愛斗さんと知可子さんの噂が出ていますが、何か問題でもあったのですか?」といった問い合わせが、ファンレターやSNSのコメント欄を埋めていた。
事態が思った以上に大きくなっていることを感じた愛斗は、すぐに社内の相談室へ向かった。対応にあたる職員の田尻が席に座り、真剣な表情で問いかける。
「末山さん、今回のSNSの投稿について確認させてください。不倫関係にあるというのは、事実なのですか?」
愛斗が答えようと口を開きかけた瞬間、ドアが開いて昨日送迎を担当した中村が入室してきた。
「待ってください、田尻さん。私が証言します。二人にそんな関係なんて一切なかった」
中村は二人を見渡し、昨日の様子をはっきりと語り始めた。
「昨日、送迎バスから愛斗くんが降りたとき、偶然知可子さんが車で隣に停まっていました。知可子さんは『美登里さんの家に一緒に行きましょう』と声をかけただけです。その後三人でミニストップに入り、知可子さんが飲み物とお菓子をおごってくれましたが、二人の会話は最初から最後まで敬語で、まるで親しい友人同士というより、礼儀正しい知人同士の雰囲気でしたよ」
愛斗は深く頷き、自分の口からも一連の経緯を説明する。
「田尻さん、中村さんの言う通りです。この投稿を流しているのは、関ヶ原という男です。彼は私の高校時代の同級生で、昔から一方的に恨みを持っています。美登里にも何度も嫌がらせをし、私の友人である永井真理子さんに一方的に好意を寄せていて、私に対しても執拗な嫌がらせを続けてきました」
「昨日ミニストップを出た後、知可子さんと並んで歩いていたところに突然現れ、カメラで写真を撮りながら笑いながら『これをSNSにアップするからな』と言ってきました。私はすぐにそれが悪意のある捏造だと指摘し、事実を説明した上で、写真を削除するよう強く求めました。その場では削除したことを確認したはずなのに、また別のアカウントから投稿しているようです」
田尻は黙って話を聞き、証言と経緯が食い違わないことを確認すると、柔らかく頷いた。
「わかりました。中村さんの証言、そしてこれまでの経緯から判断して、末山さんの言葉を信じます。これは明らかな悪意による虚偽情報の拡散です。会社としても、必要に応じて対応を考えますので、今後も何かあればすぐに報告してください」
愛斗は胸をなでおろし、中村と共に相談室を後にした。だが、この悪意の種が再びまかれた以上、今度こそ根本から断ち切らなければ、同じことが繰り返されるだけだと、二人は心に強く決意するのだった。