「フレイア! お前には聖女の自覚がないのか!」
唸るような怒声が王室の一室に響き渡る。
鋭い金色の眼差しで私を射抜くのは、ロストン帝国皇太子エリック・ロストンだ。
「私がいつ聖女になりたいって頼んだというの? そんなの、こっちから願い下げよ! 聖女なら、そこの娘だけで十分でしょ? 私のことは放っておいて!」
私はエリック殿下の横に立つ女性に視線を滑らせ、鋭く睨みつける。
華やかな金髪を揺らしたレティシアは、私と目が合った瞬間、小さく肩を震わせ、怯えたように目を伏せた。
この部屋にはエリック殿下とレティシアの他に、数名の神官や従者、そして衛兵が控えている。
緊急の要件だ言われ、わざわざ王室まで足を運んできたというのに、蓋を開けてみれば、いつもの皇太子の我儘だった。
この男は私のことを、未だに自分の所有物のように見ているようだ。
彼は開口一番、私に戦地へ向かえと言い放ち、聖女の力である光魔法を使い、傷ついた兵たちを治し続けろと言った。
さすがに我慢の限界というもの。すぐに「嫌よ」と拒否すると、彼は待っていたと言わんばかりに「お前には聖女の自覚がない」と説教じみたことを言い放った。
元から、私が拒むことは分かっていたはずだ。
ただ、皇太子の自分に逆らったという前提のうえで、私を責め立てたかっただけで。
「聖女は光魔法を扱える数少ない存在だ。お前は、その価値を理解しているのか? 人々の命を救いたいとは思わないのか!」
「命を救う? 驚いたわ。剣を握っては戦いばかり考えている我儘な皇太子さまがそんなことを言い出すなんて!」
一歩前に足を踏み込んでそう言うと、愉快に笑う私とは反対に、エリック殿下の顔が怒りに歪んだ。
「調子に乗るのはいい加減にしろ。僕が何度お前の悪行に目を瞑ってきてやったと思っている?」
「私があなたに助けられたことは今のいままで一度もないけど? あなたは私の何がそんなに気に食わないの? 昔に擦り傷を治してあげなかったことを根に持ってるの? それとも、あなたとの婚約を断ったことを今でも――」
「黙れ!」
怒りに満ちた黄金色の目が大きく見開かれ、怒鳴り声が部屋中に響く。
「そう怒らないでよ。今のあなたには心優しい聖女さまがついているんだからいいでしょ?」
突然自分の話題が上がり、レティシアは覚えたように肩を震わせると、小さく身を縮めてエリック殿下の背へと隠れた。
「この、悪女が……!」
怒りに唇を震わせたエリック殿下が、私へ手を伸ばす。
その大きな手が、私の細い肩を乱暴に掴んだ。今にも骨が砕けてしまいそうな痛みに、思わず眉をひそめる。
私に恥をかかせるためだけにわざわざ王宮まで呼びつけた男は、自分の思い通りにならないことがよほど癪に障ったらしい。
「何よ。あんたって、まだ私のことが好きなの?」
わざと挑発気に笑ってみせると、肩へ食い込む指にさらに力が込められた。
それでも負けじと口を開こうとした、その時だった。
「アルスハイン公爵のお成りです!」
高らかな声に、その場にいた全員の視線が一斉に注がれる。
輝く銀髪をなびかせ、氷のような冷たさを宿す水色の瞳でこちらを見下ろす。
ルシアン・アルスハイン公爵。
どうしてここにあなたがいるの?
そんな疑問を口にするより先に、眩い美しさを誇る男が迷いない足取りでこちらに近づいてきた。
ルシアンの視線が、私の肩を掴むエリック殿下の手へと落ちる。
次の瞬間、彼の手が迷いなくエリック殿下の手首を掴んだ。
「殿下、これは何の真似ですか」
「公爵……お前こそ一体何の真似だ? なぜここに来た」
「夫が妻を迎えに来ることに、何かおかしなことがありますか」
当然のことのように返され、エリック殿下は眉間に深く皺を寄せた。
「僕は、この国の聖女殿と話をしていただけだ。この国の皇太子である僕が聖女と話をするのは至極当然のことだろう」
「彼女は聖女である前にアルスハインの公爵夫人です」
「……よくも、そのようなことを言えたものだな。他でもないお前が、僕に」
ルシアンは何も答えず、ただ冷え切った水色の瞳でエリック殿下を見据える。
「さっさと手を離せ。一体誰に許可なく触れているのだ?」
「先に手を離すのは殿下の方です。あなたこそ、誰の許可を得て彼女に触れているのですか」
「まさか。フレイアに触れることにお前の許可が必要とでも言うのか? 愛ある結婚でもないくせに、随分大きな口を叩けるものだ」
「残念ながら俺は、殿下のように情熱的ではありませんので」
二人の皮肉が真正面からぶつかり合い、息苦しい沈黙が広がった。
「さっさと離して」
身をよじってエリック殿下の手を振り払うと、背中に流れていた髪を胸元へ寄せて、高慢に顎を突き上げる。
「何をしにきたの? 迎えに来てほしいなんて頼んだ覚えはないわ」
私の言葉に、ルシアンは呆れたように方眉を吊り上げた。
私はそれに気づかないフリをして小さく鼻を鳴らすと、身を翻した。
腰まで届く淡いピンク色の髪がふわりと揺れる。
背後で何かを喚いているエリック殿下の声も、好奇に満ちた視線を投げかけてくる人々の視線も無視して、私は一度も振り返ることなくその場を後にした。
「フレイア」
背後から聞き慣れた声が追いかけてくる。
けれど私は、それを無視して歩き続けた。
どうしてここに来たのよ。あなたに黙っているよう、ちゃんと言いつけてきたのに……。
「いい加減にしろ」
次の瞬間、不意に腕を掴まれた。
思わず体勢を崩した私を支えるように、ルシアンの腕が背中へ回る。
気づけば、彼の胸元に閉じ込められるような格好になっていた。
驚いて顔を上げれば、すぐ目の前にルシアンの端正な顔があった。
淡い水色の瞳が真っ直ぐ私を見下ろしている。
「近づかないで!」
一気に顔に熱が昇り、私は慌てて両手を彼の胸板に押し当て、その身体を押しのけた。
唸るような怒声が王室の一室に響き渡る。
鋭い金色の眼差しで私を射抜くのは、ロストン帝国皇太子エリック・ロストンだ。
「私がいつ聖女になりたいって頼んだというの? そんなの、こっちから願い下げよ! 聖女なら、そこの娘だけで十分でしょ? 私のことは放っておいて!」
私はエリック殿下の横に立つ女性に視線を滑らせ、鋭く睨みつける。
華やかな金髪を揺らしたレティシアは、私と目が合った瞬間、小さく肩を震わせ、怯えたように目を伏せた。
この部屋にはエリック殿下とレティシアの他に、数名の神官や従者、そして衛兵が控えている。
緊急の要件だ言われ、わざわざ王室まで足を運んできたというのに、蓋を開けてみれば、いつもの皇太子の我儘だった。
この男は私のことを、未だに自分の所有物のように見ているようだ。
彼は開口一番、私に戦地へ向かえと言い放ち、聖女の力である光魔法を使い、傷ついた兵たちを治し続けろと言った。
さすがに我慢の限界というもの。すぐに「嫌よ」と拒否すると、彼は待っていたと言わんばかりに「お前には聖女の自覚がない」と説教じみたことを言い放った。
元から、私が拒むことは分かっていたはずだ。
ただ、皇太子の自分に逆らったという前提のうえで、私を責め立てたかっただけで。
「聖女は光魔法を扱える数少ない存在だ。お前は、その価値を理解しているのか? 人々の命を救いたいとは思わないのか!」
「命を救う? 驚いたわ。剣を握っては戦いばかり考えている我儘な皇太子さまがそんなことを言い出すなんて!」
一歩前に足を踏み込んでそう言うと、愉快に笑う私とは反対に、エリック殿下の顔が怒りに歪んだ。
「調子に乗るのはいい加減にしろ。僕が何度お前の悪行に目を瞑ってきてやったと思っている?」
「私があなたに助けられたことは今のいままで一度もないけど? あなたは私の何がそんなに気に食わないの? 昔に擦り傷を治してあげなかったことを根に持ってるの? それとも、あなたとの婚約を断ったことを今でも――」
「黙れ!」
怒りに満ちた黄金色の目が大きく見開かれ、怒鳴り声が部屋中に響く。
「そう怒らないでよ。今のあなたには心優しい聖女さまがついているんだからいいでしょ?」
突然自分の話題が上がり、レティシアは覚えたように肩を震わせると、小さく身を縮めてエリック殿下の背へと隠れた。
「この、悪女が……!」
怒りに唇を震わせたエリック殿下が、私へ手を伸ばす。
その大きな手が、私の細い肩を乱暴に掴んだ。今にも骨が砕けてしまいそうな痛みに、思わず眉をひそめる。
私に恥をかかせるためだけにわざわざ王宮まで呼びつけた男は、自分の思い通りにならないことがよほど癪に障ったらしい。
「何よ。あんたって、まだ私のことが好きなの?」
わざと挑発気に笑ってみせると、肩へ食い込む指にさらに力が込められた。
それでも負けじと口を開こうとした、その時だった。
「アルスハイン公爵のお成りです!」
高らかな声に、その場にいた全員の視線が一斉に注がれる。
輝く銀髪をなびかせ、氷のような冷たさを宿す水色の瞳でこちらを見下ろす。
ルシアン・アルスハイン公爵。
どうしてここにあなたがいるの?
そんな疑問を口にするより先に、眩い美しさを誇る男が迷いない足取りでこちらに近づいてきた。
ルシアンの視線が、私の肩を掴むエリック殿下の手へと落ちる。
次の瞬間、彼の手が迷いなくエリック殿下の手首を掴んだ。
「殿下、これは何の真似ですか」
「公爵……お前こそ一体何の真似だ? なぜここに来た」
「夫が妻を迎えに来ることに、何かおかしなことがありますか」
当然のことのように返され、エリック殿下は眉間に深く皺を寄せた。
「僕は、この国の聖女殿と話をしていただけだ。この国の皇太子である僕が聖女と話をするのは至極当然のことだろう」
「彼女は聖女である前にアルスハインの公爵夫人です」
「……よくも、そのようなことを言えたものだな。他でもないお前が、僕に」
ルシアンは何も答えず、ただ冷え切った水色の瞳でエリック殿下を見据える。
「さっさと手を離せ。一体誰に許可なく触れているのだ?」
「先に手を離すのは殿下の方です。あなたこそ、誰の許可を得て彼女に触れているのですか」
「まさか。フレイアに触れることにお前の許可が必要とでも言うのか? 愛ある結婚でもないくせに、随分大きな口を叩けるものだ」
「残念ながら俺は、殿下のように情熱的ではありませんので」
二人の皮肉が真正面からぶつかり合い、息苦しい沈黙が広がった。
「さっさと離して」
身をよじってエリック殿下の手を振り払うと、背中に流れていた髪を胸元へ寄せて、高慢に顎を突き上げる。
「何をしにきたの? 迎えに来てほしいなんて頼んだ覚えはないわ」
私の言葉に、ルシアンは呆れたように方眉を吊り上げた。
私はそれに気づかないフリをして小さく鼻を鳴らすと、身を翻した。
腰まで届く淡いピンク色の髪がふわりと揺れる。
背後で何かを喚いているエリック殿下の声も、好奇に満ちた視線を投げかけてくる人々の視線も無視して、私は一度も振り返ることなくその場を後にした。
「フレイア」
背後から聞き慣れた声が追いかけてくる。
けれど私は、それを無視して歩き続けた。
どうしてここに来たのよ。あなたに黙っているよう、ちゃんと言いつけてきたのに……。
「いい加減にしろ」
次の瞬間、不意に腕を掴まれた。
思わず体勢を崩した私を支えるように、ルシアンの腕が背中へ回る。
気づけば、彼の胸元に閉じ込められるような格好になっていた。
驚いて顔を上げれば、すぐ目の前にルシアンの端正な顔があった。
淡い水色の瞳が真っ直ぐ私を見下ろしている。
「近づかないで!」
一気に顔に熱が昇り、私は慌てて両手を彼の胸板に押し当て、その身体を押しのけた。
