冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

 この日は朝から外の空気がおかしかった。

 基本的に過ごしやすい気候のこの国は、空気はカラッとしていて心地よい風が吹き抜ける。──が、この日は違った。

 ジメッと肌がべとつくような感じに、生暖かい湿り気のある風が吹いている。

(嵐が来る)

 直感が言う。聖女だからなのか、私の直感は割と当たる。下手な天気予報より、正確だと自負するほどには自信がある。

(しかも大きい)

 こんな空気は今までに感じたことがない。災害級の嵐がやって来る。

「おや、窓にしがみついてどうしたんです?」
「ディルク様!」
「ん?」

 ちょうど良いタイミングで現れてくれたと、顔を輝かせた。
 すぐさまディルクに、大きな嵐がやって来るから人々の安全と避難経路の確認。食料や水の備えをお願いした。

「……なるほど?理由は分かりましたが、嵐ですか?」

 チラッと外に目を向ける。ただ今の空模様は晴天で、雲も一つない。疑うには十分すぎる天候だった。

「えっと…あの、実は私、山育ちだったんで天気の変化に敏感なんです」
「……」
「ほら、備えあれば憂いなしって言うじゃないですか?もし、杞憂に終わっても今後の備えとなりますし?」
「……」

 あまりにも苦しい言い訳に笑顔が引き攣るが、ここで折れる訳にはいかない。「負けるな!」と自分に言い聞かせ、目を逸らさず真っ直ぐにディルクを見つめながら必死にお願いした。

「はぁぁ~……分かりました」
「!!」
「貴方の野生の勘とやらを信じてみます。何より、このまま貴方の意見を捨て置き、実際に嵐がやって来た際に、何の対策も練らなかったと貴方に批難される方がよっぽど屈辱なので」

 根負けしたというより、後々のことを考えた結果と言うことらしい。正直、その結論に至った理由は釈然としないが、この際話を聞いてくれるならば何と思ってくれてもいい。

「ありがとうございます!私も使用人(先輩)達に声掛けてきます!」

 バタバタと忙しなく走り去る後ろ姿をディルクはその場で見送った。

「……いつまで正体を黙っているつもりなんでしょうか……」

 遠ざかる後ろ姿に問い掛けるように呟いた。

 最近の彼女は良く笑うようになった。顔色も良くなり、目の下に色濃く着いた隈も今はもう目立たない。

 拾われてきた猫が元気になった事は喜ばしい事だが、自分の立場を忘れるのは良くない。

 オリヴェルの一件は、常人の域を超えている。物知り程度ならまだしも、神像に聖力を込めるのはやり過ぎだった。

 元々の性格なのか、聖女としての使命感なのかは分からないが、過分なお節介は身を滅ぼす。

 彼女は気付かれていないと思っているようだが、正体を知ってしまっている我々の方がヒヤヒヤする。

 アルベルトも訝しんでいたが、あえて口にしなかったのは、長年騎士として培った洞察力と対応力のおかげだろう。

「あの娘は本当に隠す気があるんですかね…?」

 呆れるように息を吐きながら、マティアスの執務室へと足を進めた。


 ***


 天気が変わったのは、昼を過ぎた頃だった。

「本当に荒れ始めたな」

 マティアスは窓の外を眺めながら口にした。

 午前中の晴れ晴れとした空は黒く厚い雲に覆われ、激しい雨風が窓を叩きつけている。

「半信半疑だったのですがね」
「ははっ、それでも信用したのだろう?」
「…まあ、何かあっては困りますからね」

 不満気に眉間に皺を寄せて僕の元にやって来た時は何事かと思ったが……

 ディルクからシャリーの助言を聞いたマティアスは、すぐに海に近づかないように勧告を出し、店を営んでいる者には直ちに店を閉めるよう伝え、他の者達にも不要な外出はしないように注意喚起をお願いしておいた。
 城内にいる使用人達にはシャリーが声を掛けて回っていると聞いたので、何かあれば声をかけるように伝えた。

「この分では、暫く止みそうにありませんね」
「あぁ、シャリーが懸念していた通りにならなければいいがな」
「止めてくださいよ縁起でもない」

 この時はまだ二人とも軽口を叩き、笑いに変える余裕があった。その余裕が、ひっ迫するものに変わったのは、すぐのことだった……

「殿下!門番から連絡です!たった今、シャリーが森へ向かったらしいです!」
「は!?」