冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

「さて、聞かせてもらおうか?」

 落ち着いた声をかけてきたのはマティアス。その声色とは裏腹に、机に肘をつき、顔の前で手を組みながら鋭い眼光を向けてくる。

 一体、どうしてこんな事になっているかと言うと、数分前に起こったオリヴェルの暴走が原因。

「ですから、何度も言っているように、オリヴェル様のことは何とも思ってませんって!」
「それなのに顔を赤らめ、恥じらう姿を見せたのか?僕には見せた事ない姿だが?」

 苛立ちながら言い返すが、マティアスも不機嫌な顔で言い返してくる。

(このやり取り何度目?)

 好意と言う感情に耐性がないので、どうしても過剰に反応してしまうと何度も説明しているのだが、一向に理解を示さない。

 いい加減面倒になってきたので、否定するのは止めて肯定してやろうか……

「殿下。その辺りにしてあげてください」
「なんだ?珍しいな」
「ええ、シャリ―が嘘を付いているとは思いませんので」

 マティアスが驚いたのと同様に私も驚いた。まさか、ディルクが間に入ってくれるとは思いもしなかった。この人はマティアス(ご主人)に従順な人だと思っていたが、噛みつくこともあるのか……

 意外だと言わんばかりの顔を向けていると、ディルクの鋭い目が光った。

「何やら失礼なことを考えているようですが、貴方が思っているようなことではありませんよ。……そうですね。殿下に分かりやすく教えて差し上げましょうか?」
「──んあ!?」

 言うが早いかディルクは私の腰を抱き寄せ、自分の腕に閉じ込めた。無防備な状態で引き寄せられたので、ディルクの胸に飛び込む様な形になってしまった。
 何が起こったのか頭で理解する前に、鼻が当たりそうな距離での顔面ドアップにヒュッと息を飲みこんだ。

「シャリ―は、私の事どう思ってます?」
「……え、あ、は、え?」
「貴方から見て、私はどう見えます?いい子ですから教えてください」
「いや……え、あ……の……え……」

 今までに聞いたことのない優しい声で責められた。
 頭の片隅では試さてると分かってはいる。分かってはいるが、物理的な距離と耳を犯す激甘ボイスに脳と心臓はもはや限界値を振り切ってる。

(……あ、もう駄目……)

 案の定、そのまま気を失ってしまった。

「ほら、この程度で気を失うんですから。だらしないですねぇ」
「……僕はお前の方が心配になるが?」

 気を失ったシャリ―を腕に抱きかかえ、これ見よがしにマティアスを見た。

「おや、私以上に女性に尽くせる男性はおりませんよ」
「どの口が言ってるんだ?」
「ふふっ、でも腹の虫は収まりましたでしょう?」
「ああ、おかげさまでな」
「それはようございました」

 ディルクは気を失ったシャリ―をマティアスに預けると、何も言わずにそっと部屋を出て行った。

 空気が読める分、変なところで気を利かせて来るので、たまに対応に困る時がある。

 疲れを吐き出すように「はぁ」と息を吐き、腕の中で眠るシャリーに視線を向けた。

「……僕の事はどう思っているんだろうな……」

 呟くような独り言。

「命の恩人か?仕事を斡旋してくれる上司か?国を護る者か?それとも……一人の男としてか?」

 赤く熟れた実のように赤く形の良い唇に指先をなぞらせると「ん」と小さな吐息が漏れた。

「シャリー、僕は君の事が……──」

 今はまだ最後までは言わない。逸る気持ちはあるが、それでは駄目だ。今、気持ちを伝えれば君を困らせることになる。慎重かつ冷静に、迅速に外堀を埋め、彼女の興味を僕へ向ける。

 自分でも引くほどの執着と狂ったような愛情に苦笑いを浮かべた。

 こんな面倒な男に目をつけられて可哀想に…でも

「ごめんね。もう離してあげれない……」

 眠るシャリ―の前髪を撫でると、優しく額にキスを落とした。


 ***


 シャリーが目を覚ましたのは、日が沈みかけた頃だった。

「なんか、とんでもなく恥ずかしい夢を見た気がする」

 ボーとする頭で呟いたあと、おもむろに窓の外に視線を向けた。夕暮れの鮮やかなオレンジ色が群青色に染まる黄昏時、この時間が一番好きだった。
 日中の騒がしい音は色と共に消えていき、残るのは静けさと寂しさだけ。この夜の張りが下りる時間帯だけは、殺伐とした世の中がボヤけて見えて心が安心できた。でも──……

 今は違う。

 この時間が初めて寂しいと感じ、静けさが怖いと感じるようになった。それが良かったのか悪かったのかは、今の私にはまだ分からない。

(夜がくる…)

 ボンヤリとした頭で空を眺めていると「おはよう」なんて声が掛けられた。
 すぐに視線を下げると、マティアスと目が合った。

 よく見れば、ここは自室じゃない。マティアスの執務室だ。横になっていたのは、ベッドではなくソファー。

「あ、れ?」

 戸惑う私に、マティアスは黙って笑顔を向けているだけ。その瞬間、全身の血の気が一気に引いた。

「す、すいません!まさか、上司の部屋のソファーで寝てしまうなんて!」

 床に頭を擦り付ける勢いで頭を下げた。

「気にする事はない。僕は可愛い寝顔を見ながら仕事が出来たのだから、役得だと思っているが?」

 冷静な顔をしながら、私なんかに対しても『可愛い』なんて口に出せるとは恐れ入る。どうやら機嫌の方も良くなったらしい。

「……あの、何かお手伝い出来ることありますか?」

 日が暮れそうになっているのに、手をとめず書類に向き合ってるので、思わず声をかけてしまった。

「ん?あぁ、もうすぐ終わるから大丈夫だ」
「それなら良かったです」

 ホッとしながら腰をあげようとした。

「しかし、折角声を掛けてくれたんだ。()()()()頼めない事をお願いしても?」
「え、えぇ。構いませんが…」

 凄く嫌な予感しかしないが、断れる雰囲気でもない。

 そして──

「あの……こんな事でいいんですか?」
「こんな事だから君にしか頼めないんだろう?」

 恐る恐る訊ねると、突然だと言わんばかりの返事が返ってきた。

 マティアスのお願いとは『膝枕』

「疲れたから少し休む」と言って、私の膝の上に頭を乗せてきた。ベッドで眠った方が休めるはずなのに、逆に疲れないか?と心配しながら顔を覗き込むとマティアスと目が合った。

「なんだい?お休みのキスでもしてくれるのか?」
「──なッ!そ、そんな事しません!」
「それは残念」

 クスクスと揶揄ってくるが、疲れているのは本当らしく、目の下に隈が出来ている。
 まるで、少し前の自分を見ているようで胸が苦しくなる。

 私には助けてくれる人はいなかったけど、貴方には助けてくれる人も頼れる人もいる。休める時にちゃんと休まなきゃ。

「私みたいになっては駄目ですよ」

 目を瞑り、規則正しい寝息を立てるマティアスの頭を撫でながら呟いた。