冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

 グォォォォォォ!

 咆哮が空気を揺らし、鋭い爪を生やした足で地面を揺らしながら襲い掛かってくる。狼よりも大きく、漆黒の毛色をしたものや、蛇のような軟体のものに巨大な蜘蛛らしきものなど種類や大きさは様々。

 何頭、何十頭の魔獣が向かってくる光景は圧巻……その表現があっているのか分からないが、この状況に足が竦んでいる。

 エルヴマ国では魔獣の襲撃なんて日常だったが、ここまで種類の異なるものが一気に押し寄せてくることはなかった。あっても同じ種類が数頭やって来る程度。

「これは、思った以上にキツイ……」

 いくら剣が立つ副団長とはいえ、これだけの相手には弱音も出る。

 マティアスもオリヴェルに引けを取らない剣捌きで、確実に仕留めていく。それ以上に驚いたのが、ただのインテリ眼鏡だと思っていたディルク。運動が苦手だと知っていたので期待はしていなかったが、二人に後れを取っていない。

「ディルク残念だな。長期戦だ。気張れよ」
「……死んだら呪ってやりますから」

 息が上がり過ぎて、肩で息を吸うディルクにマティアスが励ますように声をかけると、恨めしそうな目で睨みつけていた。当に限界は超えているのだろう。滴る汗を拭うのもやっとの状態に見える。それでも剣は離さない。

「……ディルク様、少し休んだ方が……」

 声をかけずにはいられなかった。

「貴方に心配される筋合いはありません」
「いや、どう見たって無理でしょ。強がるだけが正義じゃないっての!」
「……」

 現状は酷くなるばかりで、心配なのは分かる。でも、このまま戻ったところで状況が一変するかと言えばそうじゃない。

「足手まといになりたくないのなら、三…いや、二分だけでも休憩してください」

 ディルクは黙ったままだったが、その場から動こうとはしなかった。体を支えるように剣を地面に突き立て、息を整えている。

 マティアスとオリヴェルも限界が近い。だいぶ動きが悪くなり、振るう剣に乱れが出てきた。

 このままじゃ全滅どころか、近隣の町にも被害が及ぶ。

(……私ならなんとか出来る……)

 聖女の力を使えば、鎮圧は可能。だが、その代償は大きい。
 聖女である事がバレれば、私はもうこの人達とは一緒にいられない。一緒にいれば必ず迷惑がかかる。願うことなら、ずっと一緒にいたい。

 でも、それは私の我が儘。

 このまま他人を護るために捨て行く命の灯火を消させる訳にはいかない。

 仕事の楽しみを教えてもらった。人との関わりも苦じゃないと知った。護られる喜びも教えてもらった。それだけで充分……大丈夫。一人になっても生きていける。

(あ~ぁ、楽しかったなぁ……)

 天を仰ぎながら口元を緩めた。

 覚悟は決めた。未練がないと言えば嘘になるけど、後悔はしない。

「……ディルク様、お世話になりました」
「は?」

 最後の言葉を残し、血なまぐさい戦場へ。

「待ちなさい!」

 背後からディルクの引き止める声が聞こえるが、振り返ったら決心が鈍る。

「シャリー!?」
「ここは危険です!早く安全な場所へ!」

 丸腰の私を見るなり、周囲を固めて護ろうとしてくれる。

「大丈夫です。ここからは私が相手になります」
「なッ!?」
「貴女は、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

 明らかに狼狽えだすオリヴェル。マティアスの方は理解が追いついていないようで、ただ呆然としている。
 その方が好都合。下手に心配を掛けたくない。理解できないまま終わらせてしまうから……

「少しだけ黙っていて下さいね」

 二人を押し退け、魔獣らの前へ出た。

「ふぅ」と小さく息を吐くと、全身の神経を一点に集中させ、呪文を唱え始めた。

 ポゥ…と淡い光がシャリーを包み込む。美しく幻想的な光景だが、どうしてか寂しさも感じる。

「シャリー嬢…?」

 このまま消えてしまいそうで、無意識に手を伸ばした。だが、その手はシャリーに触れること無く、マティアスによって遮られた。

「殿下」
「黙って観とけ。シャリーにそう言われただろ」

 オリヴェルは不服そうだったが、シャリーの願いだと言われたら黙るしかない。それはマティアスとて同じこと。

(まさか、僕らの前で力を使うとは……)

『想定外』その一言。

 あれだけ誤魔化し続け、隠していた真実をこうもあっさり……僕らを助ける為なのだろうが、君はその力を見せた後、どうするつもりだ?もう誤魔化すことは出来ないぞ?

 不安と心配がマティアスの心を騒つかせた。

 そのすぐ後、眩い光が視界を覆う。あまりの眩しさに顔を腕で隠した。

「──くっ!」

 まだ光の残る視界の中、悲しげで今にも泣き出しそうな笑みを浮かべたシャリーと目が合った。

「殿下、ごめんなさい。今までありがとうございました。………お元気で」
「──ッ!!」

 シャリーの思惑が分かり、手を伸ばしその手を掴もうとしたが、目が眩むほどの閃光に遮られてしまった。

「……シャリー……?」

 顔を上げ、目にした先には、魔獣の姿もシャリーの姿もなかった……