冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

 カーテンの隙間から朝日が差し込み、眠るシャリ―の顔を照らす。

「……んん~……」

 眩しさと眠気に堪らず布団を頭まで覆いかぶせた。お日様の香るフカフカの布団に、ほどよい温もりと優しく包み込む逞しい腕がいい感じに眠気を誘ってくれる。その腕に顔をすり寄せ、再び眠りの世界へ向かおうとしていた。

(…………………ん?腕?)

 ふと我に返り、勢いよく布団を剥いだ。

「ヒッ──…ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 屋敷を揺らさんばかりの悲鳴が響き渡った。

 ドタドタドタ……バンッ!

「シャリー!どうした!?」

 ドアを突き破る勢いで部屋に入って来たマティアスが真っ先に目にしたのは、ベッドで布団に包まるシャリ―と目をこすりながら起き上がるオリヴェルの姿。

「なッ!?」

 オリヴェルは上半身裸で、一晩の過ちのテンプレのような状況にマティアスは震える拳を抑え、オリヴェルに詰め寄った。

「オリヴェル、この状況はなんだ。事と次第では容赦しないぞ」

 驚くほど冷静な対応。怒りが頂点に達すると、人は逆に冷静になれるらしい。

「おや、よく部屋を見てください。ここは()()部屋ですよ」
「え?」

 クスッと微笑みながら部屋を見ろと言う。改めて部屋を見渡すと、白を基調とした部分は同じだが、置かれている物が生活感に溢れている。一方で、私が与えられた部屋はザ・客室といった感じのシンプルな部屋だった。

 昨日は、町民とマティアスが和解?したところで、オリヴェルの屋敷に招待された。その後は、おもてなしという名目で飲めや歌えの宴会騒ぎだったところまでは覚えてる。

 食前酒として出された地酒が絶品で、香り舌ざわり喉越しに至るまで私好みで飲み過ぎた自覚はある。

 この世界で酒を飲んだのは今回が初めて。自慢ではないが、前世では酒での失敗は一度もない。私は俗いう所のザルで、いくら飲んでも酔った事がない。だからなのか、今世でも大丈夫だと過信していたのかもしれない。

(……ということは……?)

 一気に全身の血の気が引く音がした。

「寝ぼけて私の部屋と間違えたのでしょう」
「も、ももももも申し訳ありません!」

 ベッドの上で頭を擦り付け謝罪した。

 あやうく濡れ衣を着せてしまう所だった。いや、もうすでに着せていた。この人は自分の部屋で寝ていただけなのに、とんだとばっちりだ。

「はははっ、私は気にしてませんよ。どちらかと言えば、役得でしたからね。なんなら、滞在中は一緒に寝ますか?」
「え?」

 髪をかきあげて誘ってくる姿は艶っぽく、ドキッとしてしまう。

「オリヴェル!」
「冗談ですよ」

 私の視界を奪うようにマティアスの手が目を覆い、オリヴェルを叱りつけた。


 ***


 身支度を整え、向かった場所は私がオリヴェルに貸し出した神像が祀ってある祠。大丈夫だとは思うが、折角ここまで来たのなら確認しておこうと考えた。

「随分と楽しそうですね」
「そうですか?」

 付添人はディルク様です。

 マティアスとオリヴェルは、町の情勢について詰めた話をするからとお留守番。
 一人でも大丈夫だと言ったが、過保護なマティアスが渋るディルクを付き添わせてきた。

「なんて言うか、知らない土地へ来るとなんかウキウキしません?」

 小さな町でも見知らぬ土地というだけで新鮮。目に映るすべての物が珍しく見えて心が弾む。
 ここは王都とは違って華やかでもなければ賑わっている訳でもない。あるのは数件の民家と畑ぐらいだが、それがいい。前世のおばあちゃん家と近いものがあって落ち着ける。

 祠へ向かう途中、畑も見て回ったが、ちゃんと私の助言通りに作物を育ててくれている。
 ビニールハウスもガラスではコストがかかりすぎると、不織布を使って代用していた。いつの時代も生活の知恵は素晴らしい。

「貴方は変わっているとは思ってましたけど、やはり変わってますね。女性が躊躇なく土を触るところなんて初めて見ましたよ」
「えぇ?」

 土の状態を確認していたら驚かれてしまった。

「それは偏見ですよ。女性だって農作業する人はいます。現に私は農作業好きですよ?全身土にまみれて作業するなんて最高じゃないですか。貴方は貴族ばかりを相手にしているからそんな偏見が生まれるんです。もう少し視野を広く持った方が良いですよ?」

 この世界は女尊男卑意識が強い。女性は慎ましく謙虚に男に媚びるだけの生き物って考えているヤツが多い。現にプライドの高い令嬢なんかはその通りだから否定はしない。

「ディルク様がどう思っているかは知りませんが、貴方の常識を私に押し付けるのはやめてください」
「……」

 思わず言ってしまった。

 黙ったまま俯いているディルクを見て、言い過ぎたかな?とも思ったが、パワハラ予備軍は根が張る前に刈り取った方がいい。

「……貴方の言う通りですね。自分の価値観を相手に押し付けるのは失礼でした。申し訳ありません」
「え!?いや、別に謝るほどの事では……」

 まさか自分の非を認めて謝罪されるとは想定しておらず、しどろもどろで狼狽えてしまった。
 小言の多いディルクだが、なんだかんだ話は分かる人なんだよな。ちょっと見直したかも……

 そんなことを一瞬、本当に一瞬だけ脳裏に浮かんだが、次の言葉で吹き飛んだ。

「そうですね。謝るほどの事ではありませんね」
「は?」
「行きますよ」

 スンっと表情を戻し、背を向けて歩き出した。その姿を呆然と眺めるしか出来なかった。

 分かってはいたよ?こんな人だって事は。でもさぁ~、もうちょっとさぁ~……………………やめた。

 途中で考えるのをやめた。

 これもまた、自分の考えを他人に押し付ける行為。

(らしいっちゃ、らしいしね)

 困ったように眉を下げながら微笑むと、ディルクの背中を追った。