冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

 本日の天気は雲ひとつない晴天。文句なしの旅行日和。自分の知らない土地、知らない風景……何だかんだ言っても、やっぱり浮き足立ってしまうもの。

 そう。今日はオリヴェルの里帰りの日です。

「──で?なぜ、殿下も一緒なんです?」
「僕がいては不満か?」

 眉間に皺を寄せ、邪険に扱うオリヴェルもなんのその。マティアスはニコニコと笑顔を崩さない。

 本来なら、私とオリヴェルの二人で向かう予定だったのに、出発間際で「僕も行こう」なんて突然乱入してきた。

「シャリー嬢は()()お連れするはずだったのに……」

 ブツブツと文句を口にしながら睨みつける視線の先には、馬に乗る私……を腕に抱くようにして手網を握るマティアスだ。

 馬に乗れない私は、オリヴェルの馬に乗馬して行く予定だったのだが、何故かマティアスの馬に乗せられている。
 王太子の馬に乗るわけにはいかないと言ったのだが……

「君は()()侍女だろ?主を差し置いて、他所の男の馬に乗るはずないよなぁ?」

 脅しとも取れる言葉を吐きながら詰め寄られたら、そりゃぁ頷くしかない。

 王太子が行くなら当然護衛が必要になるが、今回は副隊長という最強の護衛がいるので、メンバーはオリヴェル、マティアス、私、そして……

「殿下が行くのならば、私もお供致しますよ」

 ディルクの四人となった。

(お前も来るんかぁい!)

 ──と、ツッコミを入れるのをグッと我慢した私は偉いと思う。

 そんなこんなで出発前からゴタついてしまい、予定の時刻を大幅にオーバーしてしまった。

「そもそも、何故殿下まで来ることになったんです?」
「ん?何故も何も、今回の件は元を正せば僕らの責任だろ。その僕らが行かなくてどうする?」
「そうですよ。あれから色々と調べましたが、所詮は紙の情報。現地へ赴きこの目で確認するには絶好の機会ですから」

 笑顔で語らうマティアスとディルクをオリヴェルは恨めしそうな目で睨みつけ、ポツリと一言

「……今じゃなくて良いですよね?」


 ***


 オリヴェルの故郷の町へ到着したのは、日が沈みかけた夕刻時だった。

「お待ちしておりました、女神様!」

(ん?)

 聞き間違いかな?

「女神様だ!」
「女神様!」

 うん。聞き間違いじゃないなこれ。

 その声を合図に、町中の人が一斉に顔を出してきた。私の姿を目に止めると、波が押し寄せるように人が押し寄せてきた。
 その勢いと熱量に圧倒され、たじろいでしまう。隣には王太子であるマティアスがいるのに、そのマティアスが押しのけられるほど……そんなマティアスは自分がまったく眼中に入っていないと知り、呆然としている。

「女神様のおかげで、我が町は救われました」
「ありがたや…ありがたや……」
「あぁ…これで思い残すことは無い」

 拝み始める人や遺言を残し始める人まで出てきた所で我に返った。

「あ、あの!落ち着いてください!私は女神なんかじゃありません!」

 慌てて否定しながら町の人らの熱を冷まそうとした。

「あのですね、よ~~~く聞いてくださいね。私は()()()()()()()()()。少々物知りなただの侍女です。出迎えていただけたのは嬉しいですが、拝まれるほどの者じゃありませんよ」

 待ち焦がれていた人物がこんなヤツで申し訳ないが、嘘は言っていない。これから先ずっと女神として崇められるより、幻滅されるぐらいが丁度いい。

「なんと奥ゆかしい…」

 あれ?

「オリヴェルから聞いていた通りのお方だ……自分の功績をひけらさず、我々の事を第一に考えてくれる」
「いや、あの……」
「こんな辺鄙な町までやって来てくれたのがなによりの証拠」
「いや、ですから……」
「貴女様からいただいた恩恵は生涯忘れはしません」
「……」

 流石、オリヴェルの生まれ故郷。どいつもこいつも人の話をまったく聞きゃしない。

「そこまでにしておけ。君らの女神様が困っているのが分からないのか?」

 どうしようかと頭を悩ませている私を見かねたマティアスが間に入ってくれた。

「おや、殿下もいらしていたのですか?」
「あらヤダ、本当だ」

 王太子相手にこの塩対応。期待を裏切らないと言えばその通りなんだが、温度差で風邪ひきそう……

「殿下は何用でこの町へ?こんな小さな町、視察へ来るような場所でもありますまい」
「そうだよな。俺らが大変な時には寄り付きもしなかった癖に今更だ」

 皮肉混じりに言ってくる。

 まあ、不信感を持たれるのは仕方ない。叔父であるタウヴィツ卿が手を回していたにせよ、王太子が知らなかったでは済まされないだろう。それはマティアス自身も分かっているはず。

「君らが不満に思うのはもっともだ。弁解はしない。本当に申し訳なかった」

 マティアスは町民に向けて深々と頭を下げた。

 王太子が頭を下げたとならば、暗にこの話は終わりだと言っているようなもの。不満や憤りを感じていようが、謝罪を受け取る以外の選択肢は無い。

 どの世界も弱い者は我慢ばかり……

(本当、嫌になる)

 普通ならここで話を終えるはずだが、マティアスは更に続ける。

「僕は恨まれて当然だし、恨むなとは言わない。ただ、この町のことは教えて欲しい。僕にもこの町の振興に携わして欲しい。……頼む」

 もう一度深く頭を下げた。

 この人は、そこら辺の上司や王子とは違う。身分や地位なんて関係なく、ちゃんと自分のミスを受け止め、謝罪した上でチャンスが欲しいと町民に訊ねている。

(なんか、この人がモテる理由が分かった気がする)

 外見は勿論、中身まで男前じゃ惚れない方がおかしい。
 まあ、私は自分の上司に色目を使うような女に成り下がりたくないので、職場恋愛はご法度だと思ってるけど。

 町の人らはしばらく話し合っていたが、意見が固まったのかこちらへ向き直した。

「殿下にそこまで言われては受け入れざるを得ませんな。()()()頂戴します」
「……感謝する」

 棘のある言い方だが、マティアスはホッと安堵する笑みを浮かべていた。これでマティアスの抱えていた憂いも取れ、一件落着だろう。

 ──そう思った瞬間、一人の男が前に出てきた。

「一言だけ忠告しとくぜ。ここまで持ち直したのは女神様のおかげで、アンタの力じゃない。俺らの忠誠も信用も全ては女神様にあるって事だけは忘れないでくれよ」
「あぁ、当然だ。信頼を取り戻せるように精進しよう」

 牽制するようにマティアスの胸に指を突き立てながら言うが、マティアスは素直に言葉を受け取った。
 この人は器の大きさが違うので、嫌味も皮肉も全て受け入れる。
 そんな事とは知らない男は、悔しそうに舌を打っていた。