マティアス付の侍女になり、そろそろ半年が過ぎようとしていた。
……そう半年……
「シャリー嬢。そろそろ我が故郷へ共に参りましょう」
「えぇ~…」
ここ最近、オリヴェルと顔を合わせる度に言われる台詞。
「皆が貴女を待っているんですよ。一度連れてこいと何度もせっつかれていますし……」
オリヴェルに渡した神像の効果もそろそろ切れる頃だと思うが、話を聞いていると、私の力がなくても町の人達の信仰心だけで十分効果を得ている。だから、私が行く意味がない。
「うちの両親も是非お会いしたいと言ってますし、もてなしは十分にさせていただきます」
笑顔の圧が強すぎる。
正直なところ、行ってみたい気持ちはある。折角なら違う町を観光してその土地特有の空気を楽しみたい。
でもなぁ、行ったら外堀をガッチガチに埋められそうで決心がつかない。
「すみません。お誘いは嬉しいんですけど、私は侍女です。外泊するには色々と手続きを踏まなければならないので時間がかかってしまいますし、今回はオリヴェル様だけで……」
「ああ、その辺の心配は無用です。私が手続きしておきました」
「は?」
そう言うなり目の前に一枚の紙を差し出してきた。それは、外泊申請書。震える手で書類を握り、隅から隅まで穴が空きそうなほど確認すると、ちゃっかり侍女長の印まで入ってる。
(嘘でしょ…この申請、許可が下りるまでに半月ぐらいかかるって聞いてたけど!?)
用意周到どころの話じゃない。最初から私の意見はガン無視じゃん。
「そう言う訳で、次の休日にお迎えに上がりますね」
「……分かりました……」
ここまでされたら覚悟を決めるしかない。まあ、折角許可も取ってもらったし、少しぐらいは付き合ってやってもいいかな。
感情を表に出すのが苦手なシャリーは、そんな風に思ってはいるが内心は楽しみなようで、口元が緩んでいた。
オリヴェルは柔らかな表情でシャリーを見つめていたが、急にピクッと眉を吊り上げた。そして、素早くシャリーを背に庇い警戒する姿を見せた。
「どうしたんですか?」
「シッ」
オリヴェルの強張った顔を見れば、何か危険が迫っていることは容易に察しがつく。張り詰めた空気が漂う中、カツンカツン……とこちらに近づく足音が聞こえた。
「声が聞こえるので何事かと思って来てみたら、エングウェルド副団長殿でしたか」
「……ダウヴィツ卿……」
(この人が……)
ニヤッと薄気味悪い笑みを浮かべながら姿を見せたのは、現国王の弟でもありマティアスの叔父でるラモン・ダウヴィツ。そして、オリヴェルの故郷を潰そうとした張本人。
「いやはや、どうです最近調子の方は?」
「ご心配いただかなくとも、見ての通りですよ」
「郷里の方も随分と調子がよろしいようで……」
「ええ、おかげさまで、一時はどうなるかと思っていましたけどね。良い出会いがありまして」
「ほお、それはようございましたなぁ」
口調は物凄い丁寧で穏やかなのに、隠し切れない威圧感と苛立ち。二人の間にバチバチと飛び散る火花が見える。
(この感じ、デジャブ?)
先日、ロゼとディルクの睨み合いを見せられたばかりなのに、今回のはそんなの非じゃないほどの緊迫感。
庇ってくれるオリヴェルの背後からチラッと顔を覗かせてラモンの顔を観察する。
歳は50前半といったところか?髭を生やしたイケオジといった感じ。叔父というだけあって、マティアスに似ている部分もあるが、明らかに違うのは顔つきと雰囲気。張り付けたような笑顔に全身の毛が逆立つような威圧感。現在は大臣として他国との親交がある。当然、エルヴマ国とも……
(これは絶対関わっちゃダメな人)
「ところで、そこにいるのはどなたかな?」
「!」
私を指さしながら言われ、ビクッと肩が震えた。
「……彼女はただの侍女ですよ」
「ほお?ただの侍女……その割には大事にしているようですなぁ?」
何かを見透かすような口調にオリヴェルは「チッ」と小さく舌を打つ。
これは非常にまずい。庇われたのが裏目に出た。この状況で私がオリヴェルに手を貸したのがバレたら完全に終わる。
こういう場合、どうするべきか……
「大変申し訳ございません。侍女風情がお二人のお話を耳するのはマナーに反する行為でした」
スッとオリヴェルを押し退け、ラモンの前で頭を下げた。
オリヴェルは止めようとしてくれたが、気付かれた以上下手に隠すより前に出て無関係だと証明した方がいい。特に、こういうパワハラ気質な上司は一度目を付けた獲物には粘着質な態度を取る性質がある。
「オリヴェル様は具合の悪くなった私を介抱してくれてたのです。お手間を取らせて申し訳ありませんでした」
「あ……いや、何ともなくてよかった」
オリヴェルに向かって頭を下げると、オリヴェルは私に合わせるように芝居を打ってくれた。瞬時に察して行動してくれるこの人の対応力は本当に羨ましくも思うし、感謝の一言。
「それでは、私は仕事に戻りますので…失礼いたしました」
もう一度頭を深々と下げ、踵を返した。後は立ち去るだけだと思い、内心ホッとしていた。
「待たれよ」
その声にピタッと足を止めた。
「名を教えてもらえますかな?いや、なに、深い意味はないが……隣国で聖女が逃げ出したと噂を耳にしたものでね。丁度、君ぐらいの年齢だったか……背丈もそのぐらいだったと記憶していましてね」
背を向けていてもラモンの視線が刺さる。
ドキドキと心臓が痛いぐらいに脈打ってくる。噴き出した汗が頬を伝う。
(ど、どうしよう……)
早く違うと言わないと……私は関係ないと……
何度も自分に言い聞かせても肝心の体が動かない。
早く言うんだ……言え……!動け……!
グッと拳を握りしめた。
「彼女の名はシャリー。私の侍女ですよ、叔父上」
そんな声と共に、慣れ親しんだ優しくて安心できる匂いに包まれた。顔を上げるとやはりそこにはマティアスがいた。
「……殿下」
マティアスは私を腕に抱いたまま優しく微笑み返してくれた。
「マティアス……そうか、王太子殿下の側仕えでしたか。それは失礼した」
「叔父上に伝えるまでもないと思いまして、伝えていなかった私のミスです。申し訳ありません」
「いやいや、構いませんよ」
ラモンはそれ以上は何も言わず、黙ってその場を後にして行った。
「大丈夫か?」
「え、はい……」
大丈夫……そう大丈夫なはず。なのに、何故だろう……胸のざわつきがおさまらない……
……そう半年……
「シャリー嬢。そろそろ我が故郷へ共に参りましょう」
「えぇ~…」
ここ最近、オリヴェルと顔を合わせる度に言われる台詞。
「皆が貴女を待っているんですよ。一度連れてこいと何度もせっつかれていますし……」
オリヴェルに渡した神像の効果もそろそろ切れる頃だと思うが、話を聞いていると、私の力がなくても町の人達の信仰心だけで十分効果を得ている。だから、私が行く意味がない。
「うちの両親も是非お会いしたいと言ってますし、もてなしは十分にさせていただきます」
笑顔の圧が強すぎる。
正直なところ、行ってみたい気持ちはある。折角なら違う町を観光してその土地特有の空気を楽しみたい。
でもなぁ、行ったら外堀をガッチガチに埋められそうで決心がつかない。
「すみません。お誘いは嬉しいんですけど、私は侍女です。外泊するには色々と手続きを踏まなければならないので時間がかかってしまいますし、今回はオリヴェル様だけで……」
「ああ、その辺の心配は無用です。私が手続きしておきました」
「は?」
そう言うなり目の前に一枚の紙を差し出してきた。それは、外泊申請書。震える手で書類を握り、隅から隅まで穴が空きそうなほど確認すると、ちゃっかり侍女長の印まで入ってる。
(嘘でしょ…この申請、許可が下りるまでに半月ぐらいかかるって聞いてたけど!?)
用意周到どころの話じゃない。最初から私の意見はガン無視じゃん。
「そう言う訳で、次の休日にお迎えに上がりますね」
「……分かりました……」
ここまでされたら覚悟を決めるしかない。まあ、折角許可も取ってもらったし、少しぐらいは付き合ってやってもいいかな。
感情を表に出すのが苦手なシャリーは、そんな風に思ってはいるが内心は楽しみなようで、口元が緩んでいた。
オリヴェルは柔らかな表情でシャリーを見つめていたが、急にピクッと眉を吊り上げた。そして、素早くシャリーを背に庇い警戒する姿を見せた。
「どうしたんですか?」
「シッ」
オリヴェルの強張った顔を見れば、何か危険が迫っていることは容易に察しがつく。張り詰めた空気が漂う中、カツンカツン……とこちらに近づく足音が聞こえた。
「声が聞こえるので何事かと思って来てみたら、エングウェルド副団長殿でしたか」
「……ダウヴィツ卿……」
(この人が……)
ニヤッと薄気味悪い笑みを浮かべながら姿を見せたのは、現国王の弟でもありマティアスの叔父でるラモン・ダウヴィツ。そして、オリヴェルの故郷を潰そうとした張本人。
「いやはや、どうです最近調子の方は?」
「ご心配いただかなくとも、見ての通りですよ」
「郷里の方も随分と調子がよろしいようで……」
「ええ、おかげさまで、一時はどうなるかと思っていましたけどね。良い出会いがありまして」
「ほお、それはようございましたなぁ」
口調は物凄い丁寧で穏やかなのに、隠し切れない威圧感と苛立ち。二人の間にバチバチと飛び散る火花が見える。
(この感じ、デジャブ?)
先日、ロゼとディルクの睨み合いを見せられたばかりなのに、今回のはそんなの非じゃないほどの緊迫感。
庇ってくれるオリヴェルの背後からチラッと顔を覗かせてラモンの顔を観察する。
歳は50前半といったところか?髭を生やしたイケオジといった感じ。叔父というだけあって、マティアスに似ている部分もあるが、明らかに違うのは顔つきと雰囲気。張り付けたような笑顔に全身の毛が逆立つような威圧感。現在は大臣として他国との親交がある。当然、エルヴマ国とも……
(これは絶対関わっちゃダメな人)
「ところで、そこにいるのはどなたかな?」
「!」
私を指さしながら言われ、ビクッと肩が震えた。
「……彼女はただの侍女ですよ」
「ほお?ただの侍女……その割には大事にしているようですなぁ?」
何かを見透かすような口調にオリヴェルは「チッ」と小さく舌を打つ。
これは非常にまずい。庇われたのが裏目に出た。この状況で私がオリヴェルに手を貸したのがバレたら完全に終わる。
こういう場合、どうするべきか……
「大変申し訳ございません。侍女風情がお二人のお話を耳するのはマナーに反する行為でした」
スッとオリヴェルを押し退け、ラモンの前で頭を下げた。
オリヴェルは止めようとしてくれたが、気付かれた以上下手に隠すより前に出て無関係だと証明した方がいい。特に、こういうパワハラ気質な上司は一度目を付けた獲物には粘着質な態度を取る性質がある。
「オリヴェル様は具合の悪くなった私を介抱してくれてたのです。お手間を取らせて申し訳ありませんでした」
「あ……いや、何ともなくてよかった」
オリヴェルに向かって頭を下げると、オリヴェルは私に合わせるように芝居を打ってくれた。瞬時に察して行動してくれるこの人の対応力は本当に羨ましくも思うし、感謝の一言。
「それでは、私は仕事に戻りますので…失礼いたしました」
もう一度頭を深々と下げ、踵を返した。後は立ち去るだけだと思い、内心ホッとしていた。
「待たれよ」
その声にピタッと足を止めた。
「名を教えてもらえますかな?いや、なに、深い意味はないが……隣国で聖女が逃げ出したと噂を耳にしたものでね。丁度、君ぐらいの年齢だったか……背丈もそのぐらいだったと記憶していましてね」
背を向けていてもラモンの視線が刺さる。
ドキドキと心臓が痛いぐらいに脈打ってくる。噴き出した汗が頬を伝う。
(ど、どうしよう……)
早く違うと言わないと……私は関係ないと……
何度も自分に言い聞かせても肝心の体が動かない。
早く言うんだ……言え……!動け……!
グッと拳を握りしめた。
「彼女の名はシャリー。私の侍女ですよ、叔父上」
そんな声と共に、慣れ親しんだ優しくて安心できる匂いに包まれた。顔を上げるとやはりそこにはマティアスがいた。
「……殿下」
マティアスは私を腕に抱いたまま優しく微笑み返してくれた。
「マティアス……そうか、王太子殿下の側仕えでしたか。それは失礼した」
「叔父上に伝えるまでもないと思いまして、伝えていなかった私のミスです。申し訳ありません」
「いやいや、構いませんよ」
ラモンはそれ以上は何も言わず、黙ってその場を後にして行った。
「大丈夫か?」
「え、はい……」
大丈夫……そう大丈夫なはず。なのに、何故だろう……胸のざわつきがおさまらない……



