冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

「改めまして、アルベルトの妻のローゼリアよ。宜しくね」
「よろしくです……」

 私達は施設の奥にある応接室へと通された。

 未だにこの綺麗な人がアルベルトの奥さんだという事実が信じられず、出されたお茶を口にしながらロゼの顔を凝視してしまう。別にアルベルトの外見が悪いとか、そういったことを言っているつもりはない。いい歳だし、結婚ぐらいはしているだろうと思ってはいたが、こんな美女を射止めていたとは予想外。

(世界の七不思議……)

 ここまで否定されるアルベルトも不憫に思うが、こればかりは致し方ない。

 そんな事を考えていると、ロゼと目がかち合った。

「本当に可愛いわね。……食べちゃいたい」
「え゛!?」

 うっとりと目を細め、舌をチラッと見せながら言う姿は妖艶であり、なんかいけない扉を開けちゃいそう……それに、この人が言うと冗談に聞こえないのでやめていただきたい。

「こら、シャリーを揶揄うな」
「ふふっ、ごめんなさい。あの人から聞いていたよりずっと可愛いんですもの」

 一体何を聞いていたんだ?とは思うが、とても怖くて答えを聞くにはならない。

 ポンッ

「ん?」

 笑顔を引き攣らせていると、ディルクが私の肩を掴んだ。

「シャリー、いいですか。もし彼女に何かされたらすぐに言いなさい。法的に罰することが可能です」

 満面の笑みで私に詰め寄ってくるが、目がまったく笑っていない。なんなら、瞳の奥は闇。

(怖い怖い怖い!)

 掴んでいる手にも力がこめられる。

「あら、可愛いものを愛でるのは人にとって一番の活力になるのよ?愛でるなんて言葉を知らない眼鏡には分かりやしないでしょうけど」

 また始まったと、私とマティアスは呆れながら落ち着くのを待つ。

「……私の名を覚えられない人に言われても説得力はありませんね」
「ヤダ。名前呼んで欲しかったの?強がっていても可愛い所があるのねぇ?」
「──!!」

 クスッと小馬鹿にされ、ディルクは顔を真っ赤にして言葉に詰まらせた。この時点で勝者が決まった。

(すごい……)

 あのディルクを言い負かせるだけじゃなく、表情まで変えさせる女性がいたことに感動と衝撃を受けた。

「僕らは喧嘩しに来たんじゃないが?」
「分かってるわよ。何しに来たのよ」
「まあ、一番の理由はシャリーを紹介する為ではあるが、子供たちの顔を見たかったのもある」

 子供たちの声のする方に視線を向けながら言うマティアス。

「……子供たちの事を思ってくれるのは有難いけど、連絡は寄こしなさい。こっちにも都合ってのがあるのよ」
「それは本当にすまなかった。以後気を付けるよ」

 鋭い目で睨まれると、苦笑いで返事を返していた。

 そして、一息ついたところでコンコン…と小さなノックが聞こえた。

「お話終わった?」

 少しだけ開かれた扉から顔を出したのは、小さな男の子。推定年齢は3~4歳といったところ。

「あ!こら!殿下たちはお話してるから駄目だって!」

 背後にいた高学年ぐらいの男の子が慌てて止めに入る。

「い~や~だ~!遊びたい!」

 幼い男の子は足をじたばたさせて抵抗している。必死な姿を見せられて申し訳ないが、その姿さえ可愛いと思ってしまう。

 まだどちらも甘えたい年頃なのに、わがままを言わずに自分より小さい子の面倒を見ている。この環境が悪いんじゃない。そうせざるを得ないと幼いながらに感じているのだ。

 仕方のない事なんだけど、甘えたいのに甘えられないのは辛い。私はもう甘え方なんて忘れてしまった。

 この子達も忘れてしまうの?私みたいに…?

「シャリー?」

 ガタンと席を立ち上がると、子供たちの元へ。

「お姉ちゃんと遊びましょ」
「え」
「いいの?」
「もちろん」

 よく分からない女に遊ぼうと言われて警戒するお兄ちゃん役の子。それは生きて行く上では大正解な反応。でも3~4歳の子にその常識は通用せず、警戒している子をすり抜け、顔を輝かながら男の子が私の胸に飛び込んできた。

「君も行こう?」
「え、僕は……」

 お兄ちゃんの方にも声をかけるが、どうしていいのか分からず、戸惑いながらロゼに視線を向けた。

「いってらっしゃい」
「──ッうん!」

 ロゼから許可を貰うと、やっと子供らしい笑顔になり私の手を握った。


 ***


 ──私の一番の誤算。それは、子供の底なしの体力と自分の年齢を考えていなかった事。

「おねぇちゃん!」
「ちょ、ちょっと、まっ……」
「早くーーー!」
「子供の体力、やば……」

 体感的に5時間くらい遊んだ感じするが、実際には1時間も経っていない事を知り、ここだけ時間が狂っているのでは?と真剣に考えた。

 無垢な笑顔ほど残酷なものはないと、初めて知った。

「おねぇちゃん大丈夫?」

 膝に手を置いて息を整えていると、お兄ちゃん役のエイデンが心配して声をかけて来てくれた。

 この孤児院の一番の年長者で、お兄ちゃんとして頼りになる子だとロゼが言っていた。

「大丈夫だよ。少しだけ疲れちゃったかな?」

「はは」と苦し紛れに笑って見せると、エイデンは急に走り出した。すぐに戻ってきたが、その手に水の入ったコップが握られていた。

「飲んで」
「エイデン~……!」

 天使か?天使だろ!?天使がいる!

 本気で天使と見間違うほど輝いて見えた。

「ありがとう。今までで一番おいしかったよ」

 頭を撫でながらお礼を言うと、顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。こういう姿は子供だなって思う。

 空になったコップにエイデンが手をかけた時──

「わぁぁぁぁん!」

 突如、響き渡る大きな泣き声に、室内にいたマティアス達も何事かと飛び出してきた。

「どうしたの!?」
「マリーが……!」
「あらあら」

 慌てて泣き声がした方へ駆け寄ってみると、どうやら木登りをしていて木の枝に足を引っかけてしまったようだ。驚いて体勢を崩し、木から落ちたのだろう。怪我の具合を見るが、骨に以上はない。枝を引っ掛けた太腿も、血が滲む程度で大した事はない。

 良かったっていうのは違うと思うけど、大きな怪我じゃなくて良かった。

「痛い~~~~~!!!」

 大した事ないとはいえ、本人からした立派な事故。痛みもあるし、木登りがトラウマになるかもしれない。

(ん~……)

 私は、子供たちに気付かれないようにマティアス達に目を向けた。三人は他の子達に囲まれていて気が逸れている。

(これなら…)

「よし、今からお姉ちゃんが魔法の言葉を教えてあげる」
「魔法?」
「そう」

 マリーはキョトンとした顔で私を見ている。こういう時は、百聞は一見にしかず。

 そっとマリーの傷を撫でるようにしながら「痛いの痛いのとんでいけ~」と魔法の言葉を唱えた。

 前世でおばあちゃんから習ったおまじない。私が怪我するとよくやってくれたっけ……

「わぁ!凄い傷が治った!お姉ちゃんって魔法使いなの?」

 おまじないに傷を治す効力なんてない。私がおまじないに混ぜて治癒したってだけ。

「そうよ。だからね、これはみんなには内緒。お姉ちゃんが魔法使いだって事も内緒よ?」
「うん!分かった!」

 マリーは無邪気な笑顔を向けると、みんなの元へ戻って行った。

「エイデンも内緒にしてね」
「え、あ、はい」

 隣で一部始終を見ていたエイデンにも釘を刺しておいた。