冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

 熱で倒れた私だったが、元々頑丈に出来ている事と、聖女と言う異次元な体質を持っていたので、その日の夜には熱は治まった。だが、過保護なマティアスの言いつけで三日は部屋で大人しなければならなかった。

 当然、私が大人しく出来るはずがない。隙を見て部屋を抜け出したが、その現場をディルクに見つかり、騎士達を巻き込んだ逃亡劇になってしまった。本来なら反省するべきところなんだろうが、思いのほか楽しくて、全力で遊んでしまった。

 しばらく逃げ延びた後、オリヴェルにあっけなく捕まってしまったが、悔しさはあれど気持ちは晴れ晴れとしていた。
 そのままオリヴェルに担がれるようにして、部屋に戻された時には、ディルクがソファーにもたれかかるようにして伸びていた。

「私は運動が苦手なんですよ。本当、勘弁してください」

 死にかけの魚のように喘ぎながら弱音を吐く姿はあまりにも意外で、自分の目と耳を疑ったほどだった。

(この人にも苦手なものあったんだ)

 誰にでも苦手なものはあるのが当然なのだが、この人にはそう思わせない冷静さと言うか貫禄があったので、驚きもひとしおだった。


 ──そんな経緯を経て、本日、仕事復帰一日目。


「シャリー出掛けるぞ」
「え」

 復帰早々、挨拶もそこそこに馬車に乗せられた。

「どこへ行くんです?」
「ん~?……まあ、付いてくればわかる」

 行先を聞いても愛想笑いではぐらかされてしまった。そのまま馬車は中心街を抜け郊外へと進んで行った。

「着いたぞ」

 着いた先は、孤児院。

 古い教会を改修して造られたもので、部屋数はあまりなく、お世辞にも広いとは言えないが、中は綺麗に保たれていて清潔感は十分にあった。

(私のいた部屋とは大違い)

 "教会"と聞くだけで自然と体が強ばってしまう。

(聖女なのにね)

 眉を下げ、苦笑しているシャリーをマティアスは黙って見つめていた。

「あ、殿下だ!」
「お兄ちゃん!」

 奥へと進み中庭へ出ると、マティアスに気付いた子供たちは駆け寄るようにして側へ寄ってきた。

「おう、みんな元気か?」
「うん!」

 駆け寄ってきた子を抱き上げ声をかける姿は、王太子と言うよりも、年の離れた兄弟といった感じで微笑ましい。

 他の子たちもマティアスを取り合うように、どんどん押し寄せてくる。その子供たちの顔つきを見れば、どんなに慕われているがよく分かる。マティアスも楽しそうに笑いながら相手をいている。

(この感じ、いいなぁ…)

 麗らかな昼下がりに、穏やかな気持ちで子供たちの笑い声を聞けるなんて、今まででは考えられなかった。

 この何気ない一時が私にはとても新鮮で貴重なものなのだ。

 パンパンッ!

「ほらほら、殿下に遊んでもらえて嬉しいのは分かるけど、少し落ち着きなさい」

 手を叩きながら現れたのは、綺麗な黒髪を一つに結った美しい女性。

「殿下から皆さんにプレゼントがあるみたいですよ。ホールへ行ってみなさい」

 優しく子供たちを諭し、その場から速やかに移動させた。

「やあ、ロゼ」
「お久しぶりです」

 子供たちが移動したのを見計らって、マティアスとディルクが声をかけた。

(あれ?)

 二人が声をかけた瞬間、彼女の雰囲気は一変。あからさまに眉を顰めた。
 この二人を前にして、嫌悪感全開で出迎える女性は初めてで、シャリーも困惑が隠せない。

「来るなら来ると事前に連絡をちょうだいって何度も言ってるわよね?」
「あははっ、すまないね」
()()()眼鏡は貴方の側近じゃないの?」
「……」
「まったく……連絡の一つも出来ない者が側に居てもしょうがないでしょ」

 苛立った様子で髪をかきあげながら言う。

 ディルクを指差しながら"眼鏡"と呼び、更に煽る彼女に見ているコチラの方がハラハラする。それよりも恐ろしいのは、笑顔で黙っているディルクの方。

(なに、この状況……)

 まるでコブラとマングースの戦いを見ているようだが、そんな可愛いものじゃない。
 殺伐とした空気が漂い、息が詰まりそうな程の威圧感。つい数分前まで子供の笑い声が聞こえていた場所とは到底思えない。

「二人ともそこまで。シャリーが困ってるだろ?」

 マティアスがのんびりとした口調で二人を止める。

 いや、そんなんで止まる?もっとしっかり叱りつけた方が……と心配したが、何だかんだ王太子の命令にはちゃんと従うらしい。

 落ち着いた所で、マティアスが私の肩を抱き寄せた。

「君に紹介しておこうと思ってな。先日、僕の侍女になったシャリーだ」
「え…、あ、あぁ!」

 あまりにも突然で、頭で理解するまでに少し時間がかかってしまった。

「お初にお目にかかります。先日、王太子付き侍女に就任いたしました、シャリーと申します」

 理解が追いつけば、その後は早い。45度に腰を折り、頭を下げた。社畜時代に培った完壁なお辞儀。取引先での第一印象は重要視すべき点。

「貴女がシャリーちゃん!?話は聞いてるわ!一度会ってみたかったの!ん~、噂通り可愛い子!」

 緊張しながら挨拶をしたが、そんな心配をよそに力一杯に抱きしめられ、頬擦りまでされている。

「え、え、え?」

 予想だにしなかった行動に、完全に思考が停止。されるがままベタベタ触られている。

 女性とはいえ、他人にここまで執拗に触られたことが無いシャリーはパンク寸前。

「ロゼ、その辺にしてやれ」
「あら?」

 腕の中でぐったりしながら目を回しているシャリーに気付き、ようやくその手から解放し、その身はマティアスへ。

「ごめんなさい。嬉しくてつい、やり過ぎちゃった」

 頬に手を当て、愛くるしい笑顔を向けられたが、この人の笑顔は信用ならないと学んだ。

「私はローゼリア・トルンクヴィスト。ここの管理者よ。ロゼって呼んでね」
「あ、よろしくおね……──ん?トルンクヴィスト?」

 差し出された手を握ろうとしたが、ふと頭の端に馴染みのある名前が浮かんだ。まさかな…と言う思いもあって、マティアスに視線を送った。

「あ~、彼女はアルベルトの奥方だ」
「!!!!」

 顎が外れんばかりに驚いた。